STAGE 3-42;狼少女、帝国軍大佐と戦う!【前編】


のアストさんは、今どちらにいらっしゃるのです?」

 

 背後に漆黒の炎をたぎらせながら。

 帝国特別軍大佐・シンテリオが言った。


「っ!」リルハムが気まずそうに尻尾を揺らす。「うあー、バレちゃったー……?」


 そんなであるアスト――の姿形を取った鏡の逸脱種エクストラ・ミラが目を膨らませる。


「リルハムの姉貴……は、ちいとヤバすぎますぜ……! あっしがおとりになりやす、その間にチェスカカあっちの嬢ちゃんを連れて逃げてくだせえ!」


 そう言ってミラは地面を蹴り、シンテリオへと飛びかかっていく。


「はてさて。見目だけはアストさんを真似ているようですが……その中身じつりょくはいかがでしょうか――ね!」


 シンテリオが上半身をらし、ミラの蹴りをなんなくかわした。


「隙ありでさあっ!」


 ミラは続いて魔法陣を展開し波動を飛ばす。

 激しい光に包まれた後――シンテリオは。


「いやはや――想像よりはお強いようで」


 などという皮肉を。

 完全なる〝無傷〟の状態で言いのけたのだった。


「っ⁉」ミラは口をあけて驚愕する。「あっしの勘は当たってやした……あんたはヤバい……!」


「――≪ 黒炎弾ダークフレイム・バレット ≫」


 シンテリオが放った黒い炎の一撃で、ミラが吹き飛ばされた。

 地面を抉り取るように転がった先で反り立つ岩壁に激突し止まる。

 

「うっ……すまねえ……アストの姉御あねごとの戦いで、あっしも魔力を使い果たしてやした……今のあっしじゃ、足止めにもなりやせんで……」


 がくり、とミラがうなだれ意識を失った。 

 体が光り出すと元の〝鏡〟へと戻り、そのままうんともすんとも言わなくなった。

 

「ミラー!? うあー、何するのさー!」


 続いてリルハムがシンテリオに立ち向かっていく。

 一瞬のうちに激烈な肉弾戦を繰り広げた後に――リルハムは魔法を起動した。


ゆるさないよー……!」

 

 出現した炎の弾がシンテリオに向かって襲い掛かる。

 

「これはこれは。貴女も炎術系の魔導職ですか。しかし――そのような威力では、私に届くことはありません」


 シンテリオが外套を翻すと動きに合わせて黒炎が立ち昇り、リルハムの火弾をなんなく飲み込んだ。


「……っ! リルの攻撃が、消えたー……⁉ 」

 

 その一連の炎の噴出に紛れて、リルハムはシンテリオの姿を見失う。


「こちらですよ――」


 そして。

 急に背後に現れたシンテリオに、リルハムは思い切り蹴りとばされた。


「う、あ゛っ⁉」と彼女はうめき声をあげ、後方にあった建物に激突する。


「――≪ 黒炎球ダークフレイム・スフィア ≫」


 さらに畳みかけるように、シンテリオが〝巨大な黒い炎球〟を叩きつけてきた。

 

 轟音。衝撃。明滅。

 いくつもの壁を砕き破って――


「うあー……ここは……?」


 リルハムは建物の深部にまで吹き飛ばされたようだった。

 傷ついた身体を庇うようにゆっくりと立ち上がり、周囲を見回す。


 そこで彼女は絶句し、叫んだ。

 

「――クリスケッタ⁉」


 そこはシンテリオの拠点の最奥部。

 例の〝植物化したエルフたち〟が飾られている半地下の空間だった。


「どうです? 美しいでしょう?」


 かつかつと靴音を不気味に響かせながら、シンテリオがやってきた。


「ちょうどいいことを思いつきました。よろしければ――貴女もコレクションに加えて差し上げましょう」


「お前が、やったのかー……!」


 凄惨であり、なおかついびつな妖艶さも兼ね揃えた異質な光景を前に、リルハムの毛が逆立っていく。


「お前、やっぱりだなー」


「ふふ、ふふ。悪いやつ、ですか……まさしく。神を裏切り【魔人】となった今の私の職業は『邪炎魔導師』――地上職で言えばA級職ランクを遥かに凌駕する力を持っています」


 彼の話を無視して、リルハムは空に魔法陣を展開するが……。


「無駄ですよ。ただの獣人風情に――ましてや同じ〝炎系統〟で、屹度きっと貴女は私よりも下位でしょう? そんな貴女が、私に勝てるわけがありません」


 シンテリオは両手を大げさに空に広げて言った。

 続いて彼も魔法陣を空に描き、黒い炎を紡ぎ始めたところで。

 

「……リ、リルハムさんっ!」


 帝国軍に所属する探索家・チェスカカがやってきた。

 

「……何をするのです? チェスカカ」

 

 彼女はシンテリオの足を押さえつけるようにしながら叫ぶ。

 

「今のうちに逃げるっす! こ、これは帝国軍の内部の問題っす! このあと、シンテリオ様とも話をしておくっす……!」


「やれやれ」シンテリオは余裕ある表情は崩さないまま、ゆっくりと首を振る。「まったく愚かですね。上長に逆らうとは――これは立派な職務規定違反ですよ?」


「関係ないっす! ……シンテリオ様、気を確かに持つっす……! 自分を助けてくれた、あの時の優しいシンテリオ様はどこにいってしまったっすか……⁉」


 チェスカカは眉毛を下げ、悔しそうに顔を歪めながらシンテリオの足元にしがみついている。

 そんな彼女を。


 シンテリオは、ひとつの容赦もなく振り払って、

 

「ああ、ああ。……鬱陶しいですね」


 その小さな体に――思い切り〝蹴り〟を叩き込んだ。


「ぐ、あ゛っ……⁉」

 

 鈍い音が周囲に響き渡り、チェスカカが吹きとんだ。

 壁際に並んでいた棚に激突して書物や小物が飛散する。

 

「シ、シンテリオ、様……?」


 瓦礫と化した中で、チェスカカが血を吐きながら呟いた。

 震える唇で続きの言葉を発しようとしているが、それ以上は語られることはなかった。


「チェスカカー!」


 リルハムはきっ、とシンテリオを睨みつけ、喉の奥から絞り出すような声で問う。


「何、してるのー……?」

 

「いえいえ。大したことではありません。少々うるさかったものですから大人しくさせました」


 シンテリオは飄々ひょうひょうと答える。

 

「仲間じゃ、なかったのー……? チェスカカはお前のこと、信用してたんだぞー……!」


「仲間! これはこれは。傑作ですね――安心してください、チェスカカ。間違いなく貴女は私の優秀な部下でした」


 シンテリオは演技がかった大袈裟な身振り手振りで続ける。

 

「なにせ我々【帝国軍】は〝良からぬ噂〟を世間で流布るふされ警戒されることが多いのです。しかし――」


 そこで彼は、息も切れ切れになっているチェスカカに視線を向けて言った。


「このように無邪気で純粋な〝馬鹿〟が一人でもいてくれたおかげで、クリスケッタ姫殿下をはじめ――随分と皆さんは帝国軍われわれに心を許し、油断をしていただけました」

 

「……っ!」


 リルハムが信じられないように唇を噛む。


 チェスカカの存在を、とシンテリオは言っている。

 それでも。チェスカカは何かにすがるような視線をシンテリオに向けて。

 震える腕を伸ばしてどうにか空に上げた。


 しかし。

 シンテリオは。

 

「はてさて。そういえば言い忘れていました。チェスカカ――貴女に〝呪い〟をかけたのは、他ならぬこの私です」


 追い打ちをかけるように。

 チェスカカの希望を打ち砕く言葉を吐いた。


「それを貴女は〝命の恩人〟と錯覚し、随分と私をしたってくれましたね。ああ、ああ――なんと優秀な部下なのでしょう!」


「……~~~~~っ!」


 開かれたチェスカカの瞳から。

 ぽたり。涙が零れた。

 

 シンテリオは彼女の首にかかった【呪文外しの首飾り】に視線をやって続ける。

 

「ああ、そうでした。貴重な神遺物アーティファクトを回収しておかなければなりませんね。――貴女はもう用済みです」


 シンテリオはそう断言して、チェスカカに近付いていった。


「いやはや。私もゆっくりはしていられないのですよ。とっとと下位職の獣人をほふり、計画の不穏分子であるアストという少女を片付けなくてはなりません。――うん?」

 

 シンテリオが手を伸ばそうとしたところで――


 チェスカカの体が、その場から


「……やはり愚かですね。無駄な真似を」


 振り向いたシンテリオが舌を打った。

 視線の先には、チェスカカを両手に抱きかかえた狼少女・リルハムの姿がある。


「ごめんねー、あいつを倒すまで……ちょっとだけ待っててー」


 彼女はチェスカカを近くのテーブルの上に寝かせて、シンテリオが立つ方角に向き直った。


「ふふ、はは。私を倒す? 貴女風情が?」


 シンテリオがいやらしい笑みを強めて言う。


「さきほど実際に相まみえて理解されたと思っていたのですが……貴女と私では、どう足掻こうが埋めることのできない〝力の差〟があります。文字通りが異なるのです! このまま一戦を交えても、無駄に命を散らすだけでしょう」


 そんなシンテリオの、余裕ある〝上位者宣言〟を。

 

「うんー、そうだねー。その通りだよー。今のリルじゃ――きっとお前に勝てない」


 リルハムは素直に受け入れたあと。


「ご主人ちゃんにね、をもらったんだー。だから、」


 自らの首元にはまった黒い首輪を示して。


 言った。


 

 

「これ――外しちゃうねー」



 

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次回、リルハムあくまの本気が――⁉


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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(今後の執筆の励みにさせていただきます――)

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