STAGE 3-40;遊び人、二手に分かれる!

「アストさ~~~ん! 大変っす~~~~!!」


「む? チェスカカか」


 アストが第二王女エリエッタを救いに、世界樹へと向かおうとした矢先で。

 帝国軍所属の探索家・チェスカカが大声を上げながら駆けてきた。


「どうしたのー? そんなに急いでー」狼従者のリルハムが訊いた。


 チェスカカは息を落ち着かせて、「どうもこうもないっす! 2つの【原聖典グランド・バイブル】の詳細を調べてみたっすが……」


 背中に抱えたリュックから、神殿の奥地で入手した原聖典を取り出す。

 そしてごくりと息を呑んで、彼女は続けた。


「両方が紛れもないだったっす……!」


「む――」


 アストの目が見開かれた。

 

「だが、中身に書かれたことはその2つで異なっているんだろう? そんなことがありうるのか?」


「あっていいわけないっす!」チェスカカは前のめりに叫んだ。「どちらもホンモノということは、どちらの原聖典も【神族】の手によって創られてるってことっす! つまりは……、」


「つまり?」アストが首を傾げた。


森人族エルフの運命を狂わす思惑の中に――がいるかもしれないってことっす……!」


「――ほう」アストの目の奥が青く煌めく。


 神族。

 それは神自身を含め、彼らに仕える眷属けんぞくのことも指す。

 神と、神に仕える【天使族】。邪神と、邪神に仕える【悪魔族】。

 

 いずれにせよ人間族とは一線を画す存在であり、実際にその名前を口にしたチェスカカは畏怖で身を震わせながら続ける。


「こ、今回の原聖典は〝神様の御触れ〟を描いたものっす! なので可能性としては……神言葉ミコトバの預言者である【天使】が関わっている可能性が高いっすが、前にも言ったように――っす。神言葉を、真実とは異なるように書き記す【天使】だなんて、本来ならば神に対する最大の裏切り行為で――やっぱりありえなさすぎることっす! いずれにせよ、こんなことができる【神族】なんて相当にヤバイ相手っすよ……!」


「ふむ」アストは頭上の髪を揺らしながら言う。「ともかく。そのヤバイ相手とやらが、エルフの運命を狂わせようとしている」


「その可能性が高いっす……」そこでチェスカカはハッと気づいて、「だとしたらまずいっすね。今世界樹の中にこもられてるエルフの王族たちが危ないかもしれないっす……!」


「ああ。それならちょうどよかった――俺もその〝本祭〟が行われる世界樹の祭壇に用があってな。今から向かおうとしていたんだ」


 チェスカカはぽかんと口を開いてから、信じられないように言った。

 

「……アストさん、ここまでの自分の話聞いてたっすか?」


「む?」


「相手は【神族】かもしれないっすよ⁉ しかもようなヤバイ相手っす! そんなやつがいるかもしれない場所に向かうのに、どうして微笑みながら〝ちょうどよかった〟なんて言えるんすか~~~~……!」


 チェスカカは目を広げ、呆れたように大きなため息を吐いた。


「うう~……でも、アストさんのことだからしょうがないっすね……あ」


 彼女はそこで思い出したように手を打つ。


「そうだったっす! ちょうどこの【原聖典】のことで、シンテリオ様がアストさんに用があるそうっす。アストさんを連れてくるよう言付ことづけを頼まれてたっす~……」


「シンテリオ?」その名前にぴくんとアストの眉が跳ねた。いつかの胡散臭うさんくさい男だ。「あいつにも話したのか?」


「い、一応は自分の上司っす。確かに、傍から見れば冷たい判断を下す時もあるっすけど……自分の目からすれば、そこまで悪い人じゃないっす」


 チェスカカはどこか気まずそうにしながら続ける。


「自分がまだ下っ端だった頃……何者かにをかけられた時に、この貴重な【呪文外しの首飾り】で解呪してくれたのもシンテリオ様っす。また再び史実を探求する機会をもらえた――その意味では感謝してるっす」


 彼女は首元で揺れる首飾りを握りしめながら目を伏せた。


「でもでもー」


 リルハムが耳をぴくぴくと動かして、西の空を見やった。

 夕焼けの橙は地平線の上に僅かにしか残っていない。間もなく日没だ。

 

「もうそろそろ本祭が始まっちゃうよー。ご主人ちゃん、シンテリオあいつのところに寄ってる暇はないんじゃないー……?」


「ふむ。そうだな――またに行ってもらうか」


「代わりー?」


 リルハムは首をきょとんと傾げた。

 アストは肩にかけた魔法袋マジック・バッグから大きな鏡を取り出す。

 その鏡はアストの形を映し、やがて光に包まれて〝アスト自身〟のヒトガタを作り出した。


「うわー! ご主人ちゃんがふたりー⁉」


「こいつは【真涅鏡ニルバナ・ミラ】と言ってな。こうして人の姿を真似ることができる便利なやつだ」


『姉御、そんなに褒めないでつかーさい! 照れちまうじゃねえか……!』


「うわわー! みょうちくりんな口調だー⁉」


『だから! 誰がな口調でい! ……って、ん? 姉さん、あっしとどっかで会いやしたか……?』


「リルとー?」リルハムは顎に手を当てながら考えたあと、首を振った。「ううんー、知らないと思うよー」


『そうかい……あっしの勘違いか』


 意識を持つ逸脱種エクストラであるニルバナ・ミラは何やらぶつぶつと考え込むようにしていたが、やがてぱっと顔を上げて、

 

『それで――お次はどんな指令ですかい?』


「ああ。お前には俺の代わりになって、と会ってきてもらいたくてな。それでもいいか? チェスカカ」


「ううん……シンテリオ様を騙すようで心苦しいっすけど、事態が事態っすからね。わかったっす!」


 アストはこくりと頷いて、リルハムにも視線を向けた。「お前も一緒について行ってやれるか?」


「うんー、任せといてー!」リルハムは尻尾を振りながら自らの胸を叩いた。


「頼んだぞ。――ああ、そうだ」


 アストはリルハムがつけている首輪を指し示しながら言った。

 

「きっと大丈夫だとは思うが、いざという時は――それ、外していいぞ」

 

 狼少女は自らの首にあるに軽く手を触れて、少し神妙な表情をした後に頷いた。 


「分かったよー。えへへ、ご主人ちゃんの許可、もらっちゃったー」


 空に夜のとばりが降りた。一段と付近が暗くなっていく。

 まだ低いところにある見事な満月が、白く、どこか不気味な光を地上に届けていた。

 

「それじゃあ、アストさん! 世界樹の方は頼んだっす! ご武運を祈ってるっす……!」


「ああ。お前らもな」


 アストはそこでふと思い出して言った。


「そういえば、チェスカカ。お前がかかった呪いというのは、どんな種類のものなんだ?」


 チェスカカはぴくりと身体を震わせて――答えた。

 

 

 

「……身体がになってしまう、恐ろしい呪いっす」

 


 

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