STAGE 3-20;遊び人、正体を暴く!


 鬱蒼うっそうとした森の中をひとりの男が駆け抜けていた。

 漆黒の外套に身を包み、その全貌は見えないが、背中には森人族エルフの物と思われる弓と矢筒を背負っている。


「……チクショウッ! 聞いていた話と違うではないか……!」


 息切れ交じりに男は呟く。その間も駆ける足は緩めない。


「弓を放った際、奴は明らかに油断をしていた。死角も捉えたハズだ。なのに……なぜその〝完璧なる攻撃〟をかわされねばならん!?」


 周囲の樹々は夕焼けで橙色に照らされていた。

 陽は随分と傾いている。夜も間もなくであるらしい。


「加えてあの従者だ! ただの能天気な獣人と聞いていたが、あれほどまでの〝殺気〟を我が身は知らんぞ……!」


 男は言葉を震わせながら続ける。

 

「いずれにせよ、早く拠点アジトに戻り報告をせねばならん! の宿願の達成のために奴は邪魔だが……この仕事、単なる遊び人のガキの始末と侮っていたら痛い目に――」

 

「む? だれの始末を侮っていたんだ?」


「なっ!?」


 男が驚いて足を止めた。

 勢いよく踏みしめた大地から、ぱきぱきと枝を割るような音がなる。


 その先にいたのは――紛れもなく始末をするべきだった人間。

 

「今宵は神聖な舞台の鑑賞と聞いていてな。をしてきたのが悪かったようだ」

 

 鬱然とした森にひどく似合わない、装飾付きの衣服に身を包んだ完全美麗の少女――アストであった。


「やれやれ。走りにくいったらない」


 彼女は溜息交じりにそう言って、スカートを指先で無造作に持ち上げた。


「……ちっ!」

 

 男は舌打ちをして距離を取る。

 背中に手を回し大型の弓を構えた。


「ああ、それはもういいぞ」


 ぴくり。男が跳ねるように身体を震わせ動作を止めた。

 アストはいつもの淡々とした口調で続ける。

 

「お前、森人族エルフじゃないだろう?」


「っ!? ……な、何を言う」


「誤魔化さなくていい」先ほど自らに放たれた矢を取り出し、アストはそのシャフトに指を這わせる。「確かに一見エルフの矢だが……所詮はガワだけだな。威力も無ければ手入れも雑だ。なによりその一射いちげきに魂がこもっていない。すべてがの矢だ」


「…………」

 

 男の沈黙は何よりも肯定を示していた。

 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。深い息遣いがフードを揺らした。


「う、ぐぅ……っ!」


 次第に、男の呼吸は尋常でないほどに乱れていった。

 まるで〝決して知られてはならない禁忌〟が衆目に露見してしまったかのような、決定的な焦燥だった。

 外套越しでもはっきり分かるように身体が震えており、顎の先からは玉のような汗が滴り落ちた。


「アアアアアアアァァァッ!!」

 

 まわりの大自然に似合わない、ひどく醜い慟哭をした後に。

 男は服の内側で何やら怪しげな動作をした。

  

「む? 何をする気だ」


 アストは異変を感じ取り、手にしていた矢を牽制するように黒ずくめの男に向かって投げた。

 その一撃は彼のフードを勢いよく剥ぎ取り、その容貌を露わにする。

 

 やはり間違いない。男の耳はアストと同じ平耳。

 エルフではなく真人族ヒューマンである証拠であった。


「ハハハ! 一足遅かったな!」


 しかし男は、自らの正体を晒しておいてなお〝遅かったな〟とそう言った。

 目は血走り虚ろで正気にないことが一目で分かる。

 歯並びの悪い口元が最大限に歪んだところで――


 突如、男の身体が

 

「――!?」


 鈍い破裂音と共に周囲に血片が飛び散る。

 アストは瞬時に後退し、地面に半分露出していた巨岩を蹴り上げ盾にし衝撃に備えた。

 

『『キキキキキキキィ――!』』

 

 周囲の樹々から数多の鳥たちがけたたましい声と共に飛び去っていく。

 その鳴き声が充分に遠ざかり、爆風による空気の奔流が止んだあとには――


 男の姿は文字通り、跡形もなく消し飛んでいた。


「……ふむ」


 やや極地的な爆発ではあったが(誰かを殺すためというよりは、徹底的に自分自身の存在を抹消することを目的にしたものに思えた)、それでもひとつの命を代償とした大いなる威力の衝撃だった。

 にも関わらずアストは一切焦ることなく、どこか的のずれたことを言う。


「やはりこの恰好で来るべきじゃなかったな。している分だけ避け切れなかった」


 残念そうに自らの全身を見下ろすと、衝撃で衣服の一部が破れ汚れてしまっていた。

 アストは手で布地を破り取り、いびつになった部分を整えていく。

 確かに汚れの大部分は先ほどの爆破によるものだったが……一部に関しては自分が屋台を楽しんでいる時に零して汚した跡だということに本人は気づかない。


「まったく手間を取らせてくれる。俺を狙うこと自体は勝手にしてくれて構わないが、」


 自らの命が狙われるのはさして問題でないように、彼女はぼやく。


「エルフの矢を装ったのは見過ごせないな。単なる犯人像の誤魔化しか、或いは――」


 首を傾け思考をしていたら、爆発によって開けた空が目に入った。

 夕焼けは地平線に微かに残っているだけで、大部分が藍色に変わっている。


「む、そろそろエリエッタの舞台が始まってしまう……だとしたら、まずいな」


 事件の顛末としては、アストを狙った暗殺者が自爆し証拠の隠滅を図ったということになる。

 確かにこれが並の手合いであれば、何の手がかりも得ることはできなかったであろう。

  

 しかしアストは、エルフをかたる黒ずくめの男が四散する一瞬のうちに。

 その人知を超えた動体視力でしかと捉えていた。

 

 男が忍ばせていた懐剣の柄に、ふたつ剣の文様――〝帝国の印〟が刻みつけられていたことを。


「急いで戻るとするか」


 そうアストは呟くと。

 丈の短くなったドレス姿で、夕刻と夜の境目を走り出した。

 

 

「せっかくの晴れ舞台だ。に台無しにされては困るからな」



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