STAGE 3-19;遊び人、喧嘩を売られる!


「これはこれは。そのように警戒なさらないでください」


 やけに丁寧な口調で帝国特別軍の大佐――シンテリオが言った。


「少しばかり交流コミュニケーションを、と思いましてね」


「ご主人ちゃんに近寄るなー! ー」


 シンテリオから異常な気配を察したリルハムがアストの前に出る。


「なにをたくらんでるのさー」


くわだてるだなんてとんでもない。ただただ、わたしは気になっただけですよ」


「気になったー?」


 シンテリオは言葉の節々を強調するように続ける。


「ええ、我々が奉公する誇り高き帝国に巣食っていた、まさしく〝悪い奴〟をしてくださったアストさん――あなたがどういった人物なのか」


 そう言って線の細い色白の男はアストを見つめた。

 変わらず覇気のない瞳であったが、逆にすべてを見透かしてしまいそうな怖さもある視線だった。


「む?」


 隣で警戒するように毛を逆立てているリルハムとは対照的に、アストは飄々ひょうひょうと首を傾げている。

 

「……やはり相当な使い手のようですね」その全身を注意深く観察していたシンテリオが、感心するように大げさな身振り手振りで続けた。「身の内から溢れ出す途方もない力を、で無理やりに抑えこんでいる――私にはそう映ります。いやはや。その闇がどれほどの深淵にまで続いているか今の私には測りかねますが、検討違いではないでしょう?」


「むふう?」口内に残っていた屋台飯の残りをゆっくり咀嚼し飲み込んでから、アストは淡々と答えた。「ああ――だな」

 

 そこで初めてシンテリオの表情に〝素の驚愕〟が走ったように見えた。

 髪色と同じ細眉がぴくんと跳ね、目が瞬時見開かれたように思えたが……すぐに平静さは取り戻された。


「いやはや。面白いことを仰る」


 あくまでも本心は悟らせまいとする、掴みどころのない態度で彼は答えた。

 それでもリルハムが〝気をつけて〟と言っただけはあり、得体の知れない雰囲気だけが変わらずかもし出されている。

  

 突如『ピイイイィィィ――』という甲高い笛の音が周囲に鳴り響いた。


「おやおや。こうしているうちに第二王女エリエッタ様の舞台が始まるようですね」


 まわりのエルフたちが『待ってました』といわんばかりに頬を高揚させ駆け足気味で広場の中央へと進み始めた。

 屋台を営んでいた人々も軒先にカーテンを降ろし簡易的な店じまいをしている。皆してエリエッタの〝剣舞〟の披露を見に行くのであろう。

 

「もちろん私も拝見させていただきますよ」シンテリオが誇らしげに言う。「崇高なるアルフレッデ殿下が我々のために特別な観覧席を用意してくださっていましてね。真人族ヒューマンの代表としてエルフの王族の方々と神聖な舞台をご一緒できるのです。帝国軍人としてもこれほど光栄なことはありません」


「……お前みたいなやつが、真人族ヒューマンの代表だなんてあるもんかー」リルハムが舌を出しながら言った。「ご主人ちゃんの方がよっぽど〝代表〟にふさわしいもんねー」

 

 シンテリオは口角だけ上げながら皮肉を利かせる。「やれやれ。今はその座を争うつもりはありません。今宵はめでたいお祭りです。お互い楽しもうじゃありませんか」


 リルハムはあくまで警戒する姿勢を崩さず睨みつけるようにしていた。

 その様子にシンテリオは他愛もなさそうに鼻から息を吐いてから、それまでの暴走気味な元気をすっかり潜めていたチェスカカに声をかける。


「チェスカカ。貴方も行きますよ」


「は、はいっす……」


 チェスカカはやはりどこか怯えるようにして、シンテリオの背中を追いかけていく。

 途中でアストたちの方を振り返ったが口から言葉が出ることはなかった。ただ気まずそうに申し訳程度の笑顔を浮かべ、会釈だけして人混みの中に去っていった。


「うー……リル、あいつだよー」リルハムが眉根を寄せて言う。


「確かに胡散臭いやつだな」アストは特に表情を変えないまま淡々と答えた。「むう、なんだ……【インテリア】とか言ったか」


 アストは〝興味のないもの〟に対する物覚えはひどく悪いのだが……それでも何故かに変わってしまったシンテリオのことが少し不憫に思えたのか、リルハムは『うーん、そうじゃなかったと思うけど』とたしなめた。


「そんなことよりエリエッタの舞だ。そろそろ始まると言っていたな。俺たちもステージに――」


 アストが言いかけた瞬間。

 突として、祭りの陽気な空気を文字通り切り裂くように。


 ――強烈な〝矢〟がアスト目掛けて飛んできた。


「っ!」


 気を逸らした背後からの一撃だったにも関わらず。

 身体に着弾する寸前の空気圧と気配でを感じ取ったアストは、瞬時の振り向きざまに攻撃をかわした。

 見開いた目でそれが〝矢〟であることを確認すると、身体の横を通り抜ける矢柄シャフトの部分を掴んで勢いを殺しきった。

 

「ご主人ちゃんー!?」


 リルハムが矢を飛んできた方向を睨み、果てしない怒気を孕んだ圧を放つ。

 その圧気にあてられたのか、二撃以降は放たれることはなく狙撃手の気配も消えてしまった。


「そこにいるのはだれー! 逃がさないよー!」


 叫びながら駆け出そうとするリルハムをアストが制す。


「あまり大声を出さなくていい。騒ぎにしてエリエッタのお披露目を台無しにしたくはないからな」

 

「うー……」


 リルハムがこくりと唾を飲み込んで、逆立てた毛を落ち着かせる。


「これってだよねー……?」


「触らない方がいいぞ」アストはその矢じりを鼻先にあて匂いを嗅いで、「今度はしっかり〝毒〟が塗られていそうだ」


「えー!?」


 思わず叫んでしまったのを誤魔化すように、リルハムは口に両手を当てた。


「どうしてご主人ちゃんをー……」


「開演にはもう少し時間があるな」


 アストが太陽の傾きを確かめて言った。


「ご主人ちゃんー? わーっ」


 アストは手にしていた屋台の皿などの残骸をリルハムに放り投げて言う。

 

「リルハム。そいつの片づけと」続いて人だかりができている広場の中央の方向に目線をやって、「ついでに〝席の確保〟も頼まれてくれるか」


 リルハムは名前を呼ばれたことに、ぴこんと嬉しそうに耳を跳ねさせて頷いた。


「うんー! 任せてといてー。あれ? ってことはご主人ちゃん……」

 

 ああ、とアストも頷いて。自らに放たれた矢の羽根を指先で撫でながら。

 それが飛んできた森の深部を見つめて――言った。

  


 

「売られた喧嘩だ。すぐに


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