STAGE 3-21;狼少女、場所取りをする!


「ご主人ちゃん―! こっちこっちー!」


 人混みの中からアストの姿を見つけたリルハムが、大きく手を振った。

 樹下街は大広場。

 その中央に設置された演舞用の特設舞台から少し離れた場所の先頭に彼女は陣取っていた。


「って、大丈夫ー!? その恰好ー……!」


 アストの破れた衣服を見て心配の声を出す。


「ああ、道中ですこしけがしてしまってな」


 アストは目を伏せ、自らの手で切り取ったスカートの生地の境目を撫でる。


「応急処置をしてみたが……どうにもこういう美的感覚には疎くてな。やはり変だろうか?」


「ううんー!」リルハムはぶんぶんと首を振る。「動きやすそうだし、似合ってるよー」


 アストは少し安堵したように息を吐いた。「そうか」

 

「それよりも〝喧嘩〟はどうだったのー……?」


 リルハムがおそるおそる聞いてくる。


「む? ああ。そっちの方は――何も問題はなかった」


 実際にはひとつの生命を犠牲にした〝爆発劇〟があったのだが……。

 言葉通り、さしたる問題ではないようにアストは淡々と答えた。


「よかったー、さすがご主人ちゃんだよー」


 リルハムはまるで自分のことのように得意げにしながら、大きな尻尾を揺らす。


「それにしても〝良い場所〟を取れたな」


「えへへー、でしょでしょー?」


 リルハムが剣舞観劇のために確保したのは、やや距離はあるが段になった場所の先頭で、高さがある分舞台全体をしっかり見渡せた。(劇場で言う〝二階席〟のような場所だった)


 アストは礼を伝えつつ会場を見下ろす。 

 

 すり鉢状に傾斜のついた中心部に、披露場所であろう長方形の舞台はあった。奥には開閉式の巨大な白い幕がかかっている。

 舞台の前には窪地ピットのように落ち込んだスペースがあり、これからの舞で奏でられるのだろうか、様々な楽器をかたわらに奏者たちが音の準備をしていた。

 周辺を取り囲むように数多の松明灯が立ち並び、ぱきぱきという心地よい薪の音と共に一帯を暖色に照らしている。


 きいんとした夜の気配と相まって、それらの景色はとても幻想的に映った。


「良い雰囲気だ。まるでこの空間そのものが舞台美術になっているようだな」

 

 あたりを見渡せば、数多の長耳のエルフたちが会場に詰めかけ開演を今かと待ち望んでいる。

 ほとんどの観客がスロープ状になった地面にそのまま腰を下ろしていたが、舞台間近の前列部分にそこだけ混雑のない空間があり、数多の椅子が並べられていた。


 座っているのはエルフの王族や上層部の人間だ。


「あそこが〝特別鑑賞席〟か」


 中央には王であるアルフレッデ。

 間隔を置いてクリスケッタや、余所よそ行きの衣服に身を包んだエルフたちが会話もせず厳かな面持ちでからの舞台を見つめている。

 第三王女であるルウルキフは――その一団からは少し離れたところに座っていた。分厚い冊子を膝の上で開き、手にした羽根の筆記具で熱心に何やらそこに書きつけている。まるで裁判の際の記録係のようだが、もしかしたらそれに似た役割を彼女は担っているのかもしれない。


 そして。

 その特別席には――シンテリオとチェスカカなど、少数の〝帝国〟の人間の姿もあった。

 

「……ふむ」

 

 アストはじっと警戒をする。

 どうやらこのエルフの国をとしている連中がいる。

 先ほど自らを襲った凶弾が、今度はエリエッタにも――そんなことを考えると胸の奥がざわついた。


「やつらは注意してておくか」


 エルフを装って毒矢を放ったのは、アストの目が正しければ〝帝国〟の人間であった。犯人を突き出そうにも、証拠隠滅のためであろう自爆を図られ跡形もないのだが――現在、その同じ所属の人間たちが、エリエッタの舞台から最も近い場所に優雅に腰かけている。

 もし不穏な動きをすれば、すぐにでも対応ができるようにと。


 アストは無意識的に全身を緊張させた。

  

 ――ピイイイイイイイイイイ。


「む?」


 それまでよりひと際長い笛の音が会場に響き渡った。いよいよ開演の時間らしい。


 

「わー! ご主人ちゃん、始まるみたいだよー!」


 

 楽しみだねー、と目をきらきら輝かせながらリルハムが言った。


 

==============================

本日この後も連続更新します!


いよいよ始まるお姫様の舞――

よろしければ作品フォロー等の上、お待ちくださると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る