STAGE 2-3;遊び人、古代の魔物を一掃する!


「女の子が……降って、きた……?」


 驚愕しているのは、大穴に挑む帝国のパーティー三人だけではない。

 キングの登場で勝利を確信したように厭らしい笑みを浮かべていた青肌のゴブリンですらも、焦ったように目を見開いている。


 その目線の先で、文字通り遥か上空から少女は。


「跳んでみたはいいものの、どう着地をしようか困っていたんだ」


 足元でぺしゃんこになった古代のゴブリンの王エンシェント・ゴブリンキングを一瞥して――言った。


「ちょうど良いがあってよかった」


『ギイ……!』『ギイッ!』『ギイ!?』


 まさしく青天の霹靂でリーダーを失ったゴブリンたちが狼狽を始めた。 

 その様子をまったく気にも留めず、アストが三人を見つけて言った。


「む? がいたのか」


「……ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 外れた顎を必死に戻しながら。

 剣士の男が声を出した。


「まともに考えていては理解が追いつかない! そもそもお前は、一体どうやってここまで降りて来たんだ!?」


「どうもこうもない」アストは天をちらりと見上げ、相変わらずの口調で淡々と言う。「穴の入口から


「穴の」「入口から」「跳んできたあ!?」


 三人が口々に叫んだ。


「ふざけんじゃねえ! ここまでどれだけ高さがあると思ってやがる!?」


「そんな芸当ができるだなんて……一体どれだけ高位ハイランクな職業なの……?」


 アストはさらりと答える。


「大したことはない。俺はただの――〝遊び人〟だ」


「へ? ……遊び、人?」


 帰還者皆無の最凶ダンジョンにはまるで似つかわしくないその単語に。

 全員の空気が不自然に固まった。


「って、あの『最底辺職不定職』の……?」 


「んなわけがあるかよ! 今噂になってるでもあるまいし!」


「そうだな。本当に不定職であれば、今この場所に存在していることすらあり得ない」


 アストは男たちの会話にまるで興味がないように、衝撃でめくれ上がった瓦礫からひょいと飛び降りた。


「だいたい――なっ!?」


 男たちのところに向かって歩く途中で。

 地面に転がった灯籠の光に照らされた彼女の姿は――

 この世のものとは思えないほどの美貌を兼ねそろえていた。


「――なんて、綺麗な子なの……?」


「やはりこれは……最後に神様が見せた〝ゆめ〟なのかもしれないな。そう考えた方がまだ、現実よりもずっと説得力がある」


 その時。

 ぎいいいん、と。


 それまでよりひと際大きな金属音をきっかけにして。

 青肌のゴブリンたちが、互いに刃を打ち付けあう動作を再開させた。


 膨大な数の彼らによって奏でられるその音は。

 王の死を哀しみ、悼み、そして――激昂しているかのように激しくなっていく。


『ギイ!』『ギイ!!』『ギイ!!!』


 古代種たちにそれまであった余裕は既に消えている。

 断固たる敵意を持った、数百にものぼる青肌のゴブリンたちの不気味に光る目が。


 帝国の男たちを一斉に睨んだ。


「ひっ!?」


「くそが……いずれにしたって絶望的な状況には変わらねえ」


 ゴブリンに向かって武器を構える三人の様子を見て。

 加えて先ほど自分が潰してしまったゴブリン王クッションのことを気にしながらアストは言う。


「む? なんだ、すまない。だったのか」


「あ、いや! ……その、」


 ここ数分で起きた〝何が現実なのか分からない〟数々の光景に。

 〝どの選択肢が最適なのか〟――剣士の男が必死に思考を巡らせる。


 その長考の果てに。


 帝国ギルドが誇る、選りすぐりの戦闘職のパーティは。


 一度は完全に喪失した〝希望〟に縋るように。


 ロクな魔法も使えないはずの〝遊び人最低辺職〟を自称する。


 年端もいかぬ人形のような美少女に向かって。


 すべてのプライドをかなぐり捨てて――言った。


「た、頼む!!! !!!!」


 その必死の叫びが伝わったのかは分からない。


 それでも。

 アストは日常生活の中となんら変わらない。

 どこかのっぺりとした、淡々とした口調で。

 こくりと。頷いた。


「ふむ――わかった」


 そして彼女の小さな指先から。


 鹿が展開される。


「「な、なああああああっ!?」」


「なんなんだ、これは!? これほどまでに巨大で高密度な魔法陣は……今までに見たことがない……!」


 薄暗い奈落に〝昼〟が来たかと錯覚するほどの光量に。

 青肌のゴブリンたちはたまらず目を覆って後ずさった。

 しかしすぐに、お互い目を合わせると。

 安心したかのように不敵な笑みを浮かべた。


「はっ、そうよ!」ローブの女が気が付いて忠告する。「ねえ、お嬢ちゃん! ここじゃどういう原理か――〝職業魔法〟が起動しないの!」


『ギイ』『ギイ』『ギイ……!』


 厭らしく口元を歪めるゴブリンたちは、手にした鉈を構えて。

 空間を埋め尽くすように展開された魔法陣のことなど気にも留めず。

 一斉にアストに向かって飛びかかってきた。


『『『ギイイイイイイ!』』』


「あぶねえっ!」


 屈強な男が飛び出すが間に合いそうもない。

 無数の古代種ゴブリンの〝塊〟が、目にもとまらぬ速さで襲い来る。


 硝子で創られた人形のように繊細で美しい少女の肌まで。

 彼らの刃が届こうとした――刹那。


「そういえば、この規模の≪古代魔法オリジナルマジック≫をなにかに向かって実践するためすのははじめてだな」


 ゆっくりと。ゆっくりと。

 アストはその薄紅色の唇を動かして。


「この感覚は何かに似ていると思ったが……レベルが上がって覚えたての必殺技を使う前と同じだな。ああ、そうだ――俺は今、久方ぶりにわくわくしている」


 まるで時の流れが可塑的にでもなったかのように。

 少女はその一瞬間に多くの言葉を連ねていく。


「うまく加減はできないかもしれんが――受け止めてくれ」


 最後にアストはそう言って。


 古代ルーンで描かれた。

 あまりにも巨大な黄金色の魔法陣を。


 発 動 さ せ る。


『……ギイ!?』


 青肌のゴブリンたちは。

 なぜ『神の加護』が届かないこの場所穴の底で≪魔法≫を使えたのかを疑問に思う暇もなく。

 むしろ。


 いつ魔法が放たれたかすら分からないまま。


 あまりにも激烈な閃光に飲み込まれた。


『『『ギイイイイイイイイイイ!!!』』』


 その光線は大穴の遥か地の底から。

 まるで巨大な光の柱のように立ち昇り。

 地上を超えて遥か天にまで到達した。


「「「……は?」」」


 帝国有数の戦闘職たちが。

 目を見開きながら驚愕の表情を浮かべる。


「ふむ――やはり加減は難しいな」


 『遊び人』を名乗る小さな少女から放たれた魔法は。

 周囲に無数に沸いていた古代種ゴブリンを灰すら残さず――


 焼き尽くした。



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