STAGE 2-4;遊び人、ダンジョン最深部へと向かう!
少女が放った〝穴底では使えないはずの魔法〟は。
現代種とは比較にならない強さを誇るエンシェント・ゴブリンの群れを
「ん、」「な、」「なっ……」
剣士の男たちは、無限の瞬きの後に。
「「「な゛ああああああああっ!?」」」
その現実をようやく受け入れて絶叫した。
「馬鹿げた強度だった古代種が、跡形もない……!」
「っつうか! なんでオレたちが使えなかった≪魔法≫を発動できたんだ!?」
「そもそもあんな魔法術式、これまで見たことも聞いたこともないわよ――!」
驚きを隠せない三人に対して。
「む――しまった」
アストはいつもと変わらない落ち着いた口ぶりで言う。
「こういう時は魔物から〝素材〟を取らないといけなかったな」
「「……え?」」
「素材どころか
いかんいかん、と納得のいかない表情を浮かべるアストに対して
「「「んなこと気にしてる場合か!」」」
「命があっただけでも感謝すべきだわ」
「そうだ。なぜ〝遊び人〟などという最弱職を装うかは知らないが、今のは例え
「む? お前らはさっきから何を大げさに言っているんだ」アストが不思議そうに言った。「たかだかゴブリンだろう」
「
「よさないか」それを剣士の男が諫めて、「我々はその子に
「っ! ……そう、だったな」
「すまない」剣士は続いて頭を下げて、「あまりのことで気が動転してしまった。せめて名前だけでも聞かせてくれないか?」
「アストだ。アスト・ティラルフィア――ああ、いや」アストはそこで少しだけ寂し気に視線を動かして、「
「なっ!? ティラルフィアだと? ……まさか、こいつが王国貴族を追放された〝噂〟の小娘なのか!?」
「ということは、職業は本当に――『遊び人』……?」
「そうだ」アストは何のためらいもなくこくんと頷いた。「さっきから言っているだろう」
剣士たちはあらためて『遊び人』を名乗る小柄な少女と、彼女がしでかした破壊痕とを見比べる。
「じゃあ、なにか? 俺たち帝国の
命の心配がなくなったからだろうか。
彼らは段々と『不定職』に対する嫌悪感を明らかにしてきた。
「んなもん、信じられるかっ!」
「そ、そうよ! 帝国にどう報告すれば――」
「やめろと言っているだろう!」剣士がふたたび大声を出した。「アストと言ったね。君もまさか特別理由もなしに〝
アストは「ふむ、そんなに深い理由はないのだが」とさらりと前置いて、
「そうだな。せっかくの機会だ――」
剣士一行の奥に広がる、より漆黒に近い深い暗闇を一瞥して言った。
「
「……っ!」
剣士の男は失笑か恐怖か分からない、短い息を吐いた。
「やめとけよ! 未だにあんたの力は得体が知れねえが、古代種が蔓延るここが最下層じゃねえんなら、この先どんなバケモンが――」
屈強な男の言葉を、剣士が少し慌てた様子で遮った。
「そ、そうか。それは立派な目標だな」
「ああん? 何を褒めて――」
「いいから黙っていろ……」剣士が囁くようにたしなめてから、アストへと向き直った。「す、すまない! 引き留めてしまった。あらためて、助けてくれたことに感謝する」
「む? 礼を言うのは俺の方だ。ちょうど
「そ、そうか……」
剣士は先ほどの、本当に自分が知る魔法なのかも分からない馬鹿げた衝撃を思い出し頬を引きつらせた。
「じゃあ、先に行ってもいいか?」
「ああ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」すたすたと歩き始めたアストに、ローブの女が眉間に皺を寄せながら聞いた。「〝ここより深く〟に行くったって……どうやって――え?」
しかしアストは。
彼女たちの横をするりと通り過ぎると。
目の前に広がる深淵に向かって――何のためらいもなく。ぴょんと。
跳んだ。
「ええええええええええええ!?」
女の絶叫が空間に響き渡る。
断崖の奥深くに向かって落ちていくアストの小さな身体は、すぐに見えなくなった。
叫んだ残響だけが取り残される中、剣士の男が呆れたように言った。
「はは……信じられないな。彼女は間違いなく〝本物〟だ」
「っ! にしたってだ!」屈強な男が怒りを露わにして言った。「奴が本当に『不定職』なら、我らの面子が丸つぶれだ! 助かったところで、一体どうやって上に報告すりゃ――」
「安心しろ。オレにいい考えがある」
剣士はいつの間にかその手に、青黒い血に染まった巨大な耳のような物体を持っていた。
「そいつは……
「どういう絡繰りかは分からないが、あの少女の〝解析不可能〟な馬鹿げた魔法のおかげで……脱出の妨げになっていたゴブリンどもは巣ごと一掃できた」
剣士の男が、あらためて頭上の崩壊の跡を見上げて言う。
「いいか? この戦果は――
「え……?」
「あの少女の実力は確かに本物かもしれないが……それ以上に〝大馬鹿〟だ。ここより深淵に降りたところで、あれ以上の存在に殺されるだけだろう。つまりは――」
「あたしたちの手柄にしちゃおうってことね……!」ローブ姿の女が目を煌めかせた。
「ああ。歴戦の強者たちを飲み込み、S級職すら匙を投げた〝
「……伝説!」屈強な男も状況を理解し、頬を歪ませた。「そうと決まりゃ、こんなイカれた場所とっとと脱出しようぜ!」
「そうね、そうしましょう!」
「ああ。一時はどうなることかと思ったが――我々は本当に
剣士の男が達成感を滲ませた表情で言う。
「きっと〝神様〟が味方してくれたのだろう」
『神が……なんだっテ?』
その声は唐突に響いた。
「……え?」
臓物を深部から震わすような、重くて低い音だった。
『我輩を前に、その名を出すとは度胸があるナ、人間』
声の方を振り返った男たちの顔が、みるみる青ざめていった。
そこには黒く、巨大で。
人語を操る――
「「……っ!?」」
漆黒の肉の筋が剥き出しになったような不気味な体つきで、下半身には蹄付きの足が六本。
背中からは体躯の何倍もの大きさの翼が生えている。
手には一振りで世界をも両断してしまいそうな巨大な鎌。
全身から湯気のように黒い
「嘘、だろ……こいつは、まさか」
剣士の男が目を見開きながら、信じられないように言った。
「――【悪魔】……!?」
悪魔――それは神や天使と相対する【邪神の使い魔】とされる存在。
神代の終焉に、邪神と共に遥か地の底にある異次元――『
『
先ほどアストが放った古代魔法の痕跡を禍々しい鼻先で嗅ぎながら、その漆黒の生物は言った。
『違う。
「「「ひっ……!」」」
古代種に遭遇した時の比ではない。
あの時はまだ――〝恐怖〟を〝恐怖〟であると自覚できた。
しかし此度はまったく状況が異なる。
例えば蟲が自らの頭上を行き来する巨大な生物に恐怖を覚えないように。
しかし。その巨大な生物に〝明確な殺意〟をもって掌に捕らえられれば――瞬時に〝すべて〟を自覚し死の覚悟をするように。
全員を為すすべもない完膚なき絶望に突き落とす〝異次元の恐怖〟を悪魔は与えてきた。
「こんなことがあってたまるかよ……」屈強な男が震えながら言う。「文献にしか存在しない古代種に、文献の中ですら〝禁忌〟とされ触れられることのない【悪魔】……!」
同じく剣士が戦慄しながら続いた。
「それが〝現実〟として存在するこの空間は、とてもじゃないが――人類が触れていい場所ではない」
そして絶望に打ちひしがれていたローブ姿の女は。
人にはどうしようもない天災に遭遇した時と同じように、ただただ――祈った。
「助けて、ください――〝神様〟」
『あン?』
しかし悪魔は、苛立ちを募らせて。
『我輩の前で
「「「っ!?」」」
天をも切り裂きそうなほどに巨大な鎌を――掲げた。
『不味そうだとは言ったガ……それでも〝穴〟を開くための養分には充分ダ』
「た、頼む! 見逃して――」
人が蟲の命乞いに耳を貸さないように。
悪魔はひとつの容赦もなく。
手にした大鎌を振るった。
「「――ッ!」」
あとには悲鳴すらも残さずに。
即座に三つの魂が――刈り取られた。
悪魔は続いて、先ほどアストが飛び降りた崖の底の黒を一瞥する。
『やはりもうひとつの魂は〝別格の気配〟がするナ』
その黒く巨大な化け物は、ふたたび鼻をひくつかせて言った。
『あア……今から
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