STAGE 2-2;遊び人、古代の魔物と遭遇する!


「「エンシェント・ゴブリン――!?」」


 北の大穴に潜入した、帝国が誇る屈指の強さのパーティは〝古代種〟の魔物に遭遇し。

 メンバーのひとりをされた。


 その無残な亡骸も合わせて、古代種のゴブリンを前に血の気がみるみる引いていく。


「まさか……! とっくに滅びたはずの〝古代の魔物〟がどうしているのよ!?」


「そうだ、ふざけんじゃねえ!」


 屈強な男に続き、剣士の男も目を見開きながら言う。


「書物の中でしか知らない〝古代種〟……それが事実なら、青色のゴブリン一匹で――だという……!」


『ギイ、ギイ、ギイ』


 青肌のゴブリンは不気味な声で啼きながら。

 きいん、きいん、と鉈の刃を当てながら金属音を出している。


「おい……なんか、増えてないか……?」


 そのやいばどうしを当てる音がふたつ、みっつと――次第に増していった。


 近づいてくる音の先に目を凝らすと、複数の古代種のゴブリンが浮かび上がるようにして現れる。


「四、五……くそ! 十は超えてやがる!」


「そんな……! 私たちは、どうすればいいの……?」


「っ! 何をしている、早く戦闘態勢を取れ!」剣士がたまらず叫んだ。「古代種だろうが、所詮はゴブリンには変わりない! 一匹が百匹分なら、その〝魔法〟を打ち込めばいいだけだ!」


 仲間の無残な死もあり動揺していたメンバーの顔に、生気が戻った。


「そ、そうね……それもそうだわ」


「わりい、弱気になってたぜ。僧侶アイツの分もかたきを取ってやらねえとな」


「ああ! その意気だ――いくぞ!」


 すっかり意気を取り戻した三人は、目の前で互いに刃を打ち付けあう不気味なゴブリンたちに向かって武器を構えた。


「悪いけど……あんなものを見せられたあとだもの。手加減なしで行くわよ! ≪上級魔法術式≫――展開!」


 三人はそれぞれ、今の自分たちが持ちうる最大威力の魔法の術式を空に展開させた。

 帝国屈指は伊達ではない。煌々と輝く巨大な魔法陣に、彼らは全力の魔力を――込める。


 しかし。


「……ん? なんだ……?」


「様子が、おかしいわ……どうして」


「≪職業魔法スキル・マジック≫が、発動しない――!?」


 いくら魔力を込めて魔法陣を起動させようとしても。

 まるで『他職業の魔法陣』を扱っているかのように魔法は発動まで至らなかった。


『『『ギイ、ギイ、ギイ、ギイ』』』 


 エンシェント・ゴブリンたちの徒党が厭らしく嗤い声を出す。


「おい! なぜ職業魔法が発動しねえんだ!?」


「古代種との遭遇に加えて、魔法が使――くそ! すべてが想定外だ! いったん地上に戻るぞ!」


「ええ、こんなところにいたら命がいくつあっても足りないわ!」


 三人がここまで降りてきたロープを探そうと頭上を見上げた瞬間。


「……え?」


 ぼとり、ぼとり。

 そんな鈍い物音が聞こえた。

 どうやら上から〝なにか〟が落ちてきているようだ。

 ぼとり。ぼとり。ぼとり。

 その量は次第に、増えていく。


「なんの、音よ……?」


 嫌な予感を察知し、頭上に目を凝らすとそこには――


「な、なあああああああ!?」


 壁面に無数に空いた横穴から。

 同じく、青肌のゴブリンたちの姿があった。


「十匹どころじゃねえ……!?」

「なんて、量なの……?」

「この最深部一帯がエンシェントゴブリンの巣になっていたのか――!」


 ――一匹で通常のゴブリン百体に相当する。


 そんな馬鹿げた強さの古代種が。

 さらに〝百以上〟の数――沸いて出てきていた。


「やっぱり、ここに来てはいけなかったのよ。桁外れの強さを持つ〝古代種〟がまるで雑魚のようにわらわらと現れる――〝帰還者ゼロ〟にふさわしいダンジョンだわ……」


 ただただ絶望を続ける三人のうち、剣士が自らの恐怖を振り切るように叫んだ。


「ふざ! けるな!!!! オレたちは帰って〝伝説〟になる予定なんだ……こんなところで、死んでたまるかよ――おい、全力で走れ!」


「え?」


「古代種とはいえ所詮は魔物ゴブリンだ! 地形を利用するでもいい、とにかく戦略を立てるんだ! 真人族ヒューマンの知力を思い知らせてやれ!」


「わ、分かったわ!」


 ぼとり、ぼとりと。

 その間も無限に増え続けるゴブリンの群れから。

 一歩でも遠ざかるように三人は走り出した。


 ゴブリンたちはまるで余裕を見せつけるかのように。

 きわめてゆっくりとした歩調で彼らの後を追う。



     ♡ ♡ ♡



「おい! 何を立ち止まってやがる! あいつらはもうすぐそこまで――」


 先頭を走っていたローブ姿の女が足を止めた。


「……だめよ」


 彼女は震える声でそう呟いてから、ゆっくりと振り返る。

 その表情は今にも泣きそうなほど青ざめていた。


「この先は……


「んあ? なにを言ってやが――な!?」


 追いついたふたりも足を止め、灯籠のあかりを頼りに女の後方を覗き込む。

 そこから先にあったのは――遥かに深い〝崖〟だった。

 これまでに降りてきた穴と同じ〝深い黒色〟が。

 遠く彼方まで広がっている。


「おいおい、洒落になってねえぞ……」


「くっ!」


 剣士の男が武器の束で、地面にあった大きめの石を崖に向かって落とした。

 五秒。十秒。三十秒――一分。

 未だに石が地面に到達した音は、聞こえない。


 その事実に、三人の誰もがさらなる絶望に陥った。


「はは……こんなことがあるだろうか――古代種が無数に蔓延はびこるこの場所は、まだ


 剣士が震えながら続ける。


「この規格外の不帰の穴ダンジョンが抱える深淵の――未だ〝浅瀬〟にすぎないというのか……!」


『『『 ギイ、ギイ、ギイ、ギイ 』』』


 青肌のゴブリンの群れがすぐそこにまで迫っている。


「くそ……ここまでなのかよ!」


 目の前には無限に湧き出る〝古代種〟の群れ。

 頼みの綱の≪魔法スキル≫は使えずに。

 一寸先は奈落にまで通じうる断崖絶壁。


 それらの絶望を――


「……ん、なっ!?」


 に、彼らは気が付いた。


 〝それ〟の気配に最大限の敬意を払うように。

 無数のゴブリンたちが手にした鉈をこれまで以上に激しく打ち付けあう。

 その音がいっせいに止むと同時に――ゴブリンの群れが


 その中央にできた道の奥。

 漆黒の暗闇の中から――


「ひっ! ……なによ、こいつ……!?」


 岩とも見間違う大きさの。

 巨大なゴブリンが現れた。


「ははは……嘘、だろ? こいつは……【エンシェントゴブリン・キング】――!」


 王の名にふさわしい装飾の衣類と武具を身につけたその魔物に。

 他のゴブリンたちが膝を地面に立てて深くこうべを垂れる。


 キングはそれに呼応するように。


 ――大きく、吠えた。


『ーーーーーーーーーーーーッ!!!!!』


 そのけたたましくも、甚大な圧を孕んだ咆哮に――


 びりびりと三人の身体を魂ごと揺り動かして。

 精神がこれまでに経験のない極限の恐怖に染まり、そして――


「「あ……あ、あ……」」


 微かに残っていた彼らの〝戦意〟を。

 容赦なくすべて削ぎ取った。


「少しでも、期待したオレがバカだった……」剣士が震える声を出す。「これまでに歴戦の強者たちがこの穴に挑んだ。そのだれひとりとして帰還をしていないのは、もしかしたら未だなのではないかと――違う。そんなわけがない」


 後ずさっていく足元で、だれのものかも分からない髑髏が転がった。


「今なら断言できる――これまでの挑戦者たちはすべて、最初にたどり着いたこの階層で――だろう」


『ギイ』『ギイ』『ギイ』『ギイ』『ギイ』


 今もなお増え続けるゴブリンを。

 遥かに凌ぐ力をもって統治する古代種の王――


 その圧倒的な存在を前に。

 もはや剣士の男は畏怖の念すら抱いた。


「この大穴が、まともな侵入を拒むほどに古代種の一族こんなやつらが穴の外に出ようものなら……国が幾つあっても足りやしない」


 抵抗の意志が消失した人間をみて、ゴブリンの王は――ニヤリと厭らしく口角を上げた。


「強きを求める武人として〝この世の強さの極限〟であろう存在と対峙できたことを誇りに思おう。帰還率ゼロの試練ミッションに挑み、書物の中でしか知らなかった〝古代の強さ〟を目の当たりにできたんだ」


 だれもがこの地点を〝死に場所〟と覚悟した。

 その時――きらりと。

 上空がような気配がした。


「え? ……あれは、なに……?」


 最初に気づいたのはローブ姿の女だった。

 その光のような小さな点は次第に大きさを増していく。

 近づくにつれ、それが〝人間〟であることが分かった。


「この世界は広い! 上には上がいた……これまでに触れてきたどんな最強をも上回る最強……!」剣士の男は未だ気づかないまま話し続ける。「こんな存在に、人類が勝てる未来がなにひとつとして見えない……!」


 しかし。

 その空から降ってきた物体――もとい、は。


 目の前で禍々しいオーラを放ち続ける古代ゴブリン族の王を。


「見事だ、エンシェントゴブリン――」


 とてつもない勢いで。


 


「キングーーーーーーーーーー!?」


 その衝撃に。

 剣士の男が目を飛び出させて絶叫した。


『ギッ!?』『ギギッ!』『ギギギッ!?』


 地面にめり込みとなったキングの姿に。

 周囲のゴブリンたちは信じられないように慌てて右往左往を始めた。


 地面に追突した衝撃がおさまり、濃密な砂埃と地鳴りが止んだ中心で。


 その飛来物の正体である〝幼い少女〟が淡々と言った。


「む……?」




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