STAGE1-17;神童、追放される!


 ――愛する妹アストちゃんのためなら、例え〝国家〟が相手でも戦うつもりよ。


「……なんて。啖呵たんかを切ったのはいいものの」


 ふたたびエレフィーの部屋で。

 彼女は溜息をつきながら言った。


「どうしてアストちゃんの方からをされるのかしら」


「む? 啖呵とは何のことだ?」


「いいえ、それはこっちの話」エレフィーは少しだけ間をとって、続きの言葉を口にする。「それで……〝決意〟は固いのね?」


「ああ」アストはこっくりと頷いた。「成人を迎えた俺からのお願いだ」


 意思の込められたその純粋な瞳に、エレフィーは微かに頬を朱に染めてふたたび息を吐く。


「はあ……」彼女は背筋をぴんと伸ばしてから。アストの目をまっすぐに見つめて言った。「現時刻をもって、領主の名のものに――アストをティラルフィア家から〝追放〟します」


 窓から西日がさらさらと差し込んできた。

 白いカーテンを透過して、木製の床に幾何学的な模様を作り出して揺れている。


「すまない。世話になった」


 その光影の境界線でアストは、どこかすっきりとした表情を浮かべて――ぺこりと頭を下げた。


 エレフィーは言葉を続ける。

 

「といっても〝形だけ〟よ。アストちゃんが面倒ごとに巻き込まれる前に、一度は〝縁を切った〟ことにして、その裏でうちでかくまって身の安全を――って、アストちゃん? なによその大荷物」


「追放だからな。いつでも出ていけるよう前もって準備をしていたんだ」


「ちょっと! 形だけって言ったでしょう! そんな用意周到に……一体いつ出発するつもりだったの?」


「む? 今からだが」


「急すぎるわよ!」エレフィーが叫ぶように突っ込んだ。「だいたい、行き先だって決まっていないでしょう」


「それならもう決めている」アストは淡々と続ける。「俺の『職業ギフト』の開発元カミサマに――行こうと思ってな」


「へえ、神様にね。いってらっしゃい――ってならないわよ!」


 エレフィーが机を叩いて立ち上がった。


「神様に……文句を言いに……?」


「ああ。なにか問題があるだろうか?」


 この世界は神様から授かる『職業ギフト』によって人生が左右される世界だ。

 その神様に〝感謝〟ならまだしも〝文句〟をつけるという物騒な発想は相変わらず常識外れが過ぎる。


「問題だらけよ!」


 エレフィーは自分自身を落ち着けるようにこほんとひとつ咳をして、これまでにない真剣な顔つきを浮かべた。


「そもそもアストちゃんは――〝神様〟にどうやって会いに行くつもりなの?」


「む? ああ、そのことなんだが――神様から授かる職業ギフトも含め、これだけその存在を裏付ける現象に溢れているにも関わらず、物語仕立ての〝聖書〟の中くらいにしか〝神様〟の存在は描かれていない。他に神様について調べようとしても――」


 エレフィーはじっとアストの話を聞き入っている。

 絶対になんの反応も見せてたまるかという強い意思を持った表情にも見えた。


「書庫の本には、不自然に黒く塗りつぶされていたり、意図的に頁が破られていたりする部分も多かった。そこには一体――?」


 エレフィーは西日が差し込む窓から空を見上げて。

 呟くように言った。


「……私の口からは、なにも言えないわ」


 まるでその先にいる〝だれか〟のことでも気にするような素振りを少ししたあと、彼女は続ける。


「なぜなら――この世界の条理ことわりから」エレフィーは引き続き、慎重に言葉を選ぶようにして、「それでも〝世界〟のことを知りたいと思うなら――そうね。たしかにで確かめた方が良いかもしれないわね」


「む……ということは」


「出発は許します。だけど……それにしたって〝今から〟は急すぎよ!」


「そうか。じゃあ〝明日〟にしよう」


「ほとんど変わらないじゃない!」エレフィーが息を吐きながら付け足す。「それに旅に出るというのならアストちゃんに護衛を兼ねた〝付き人〟をつけましょう。そうね……イトたちがいいかしら。そうなったら〝彼女たち〟の準備も必要でしょう? だからもう少しゆっくり――」


「それなら大丈夫だ。


「……あのね、アストちゃん? 確かにアストちゃんは魔力の才にも恵まれて、体術だってその小さな身体からは信じられないくらい〝一流〟だわ。でもね――アストちゃんの『職業』じゃ自分の身を守るような≪魔法≫は使えないでしょう?」


 エレフィーが諭すような口調で続ける。


「野盗や外れ者、そして魔物――大陸には危険がいっぱいなのよ? そんな相手と、どうやって対抗するつもりなのよ」


「そうだな。その時は――こうやって」


 アストはそこで淡々とした表情で。

 当たり前かのように。


 〝古代ルーン〟で描かれた、巨大な魔法陣を空に展開した。


「……え?」


 エレフィーはゆっくりと飛び出していく目を。

 必死に押さえこみながら言った。


「ええええええええっ!? なによ、これ……まさか……≪古代魔法オリジナルマジック≫!?」


「ああ、そうだ」アストは当然のように頷いた。「たしかに俺の『遊び人しょくぎょう』じゃまともな≪職業魔法スキルマジック≫は使えないが――〝古代魔法こっち〟があれば当面はどうにかなるだろう」


「た、たしかに〝どうにか〟はなるかもしれないけど……その前に私の頭が〝どうにか〟なってしまいそうよ……」


『そもそも古代魔法なんて一体どこで習得を……』『きっとアストちゃんのことだからまた非常識なことを言うに決まってるわ』――などとエレフィーは頭を抱えながらぶつぶつ呟いている。


「もういい、分かったわよ」エレフィーはここまでで最大級の溜息を吐いたあと、吹っ切れたように微笑んだ。「護衛なしでの出発は認めるけれど――2つ、約束をしてちょうだい」


 アストはこくりと頷いた。


「まずひとつ――〝北〟には近寄らないこと」


「北――〝帝国〟のことか?」


 東大陸のうち、ティラルフィア領が所属する南側の臣民想いな〝王国〟と。


 北側を支配する、武力行使の絶えない〝帝国〟との間の国交は、昨今非常に不安定な情勢にある。


 しかしエレフィーは――


「帝国? そんなことはのよ」


 とばっさりと言った。


「私が言っているのは――〝北の大穴〟のことよ」


 その言葉に、アストは聞き覚えがある。


 ティラルフィア領から北上したところに、数年前に突如とした〝開いた〟未開拓の地下迷宮ダンジョン――文字通り、ぽっかりと地面に空いた巨大な穴はその底が見えず、上から見ると地形の中に浮かぶ〝漆黒の島〟のように見えるという。


「突如開いた〝穴〟に、調査も含め数多の人類が挑んできたけれど――未だ帰還者はいない、別名〝不帰カエラズの黒所〟」


 エレフィーは真剣な顔つきで続ける。


「私も実際に穴を見たことがあるから分かるわ――あそこは、決して人類が踏み入ってはいけない場所よ」


「……ふむ」


 現ティラルフィア家が誇る姉上さいきょうにそこまで言わせるとは――などとアストも険しそうに眉を動かした。


「だからね。もしアストちゃんが目指すなら、北は絶対にやめておいて――たとえば〝西〟なんかが良いんじゃないかしら」


西、か」


「そう、西よ」


 頷き合うふたりの間を、風が吹き抜けた。

 その温度は少し前よりも暖かさを含んでいるようにも感じた。


「分かった。忠告アドバイスを感謝する」


「聞き入れてくれてよかったわ」エレフィーは安堵の表情を浮かべて、「それとふたつめの約束よ。実は、こっちのほうがずっと重要なのだけど――」


 エレフィーが頬を軽く膨らませて言う。


「さすがにの出発は早すぎるわ。せめて、みんなに挨拶をしてからにしてちょうだい。なにも言わずに出ていかれたら、後からどれだけ大騒ぎになるか分からないもの


「む……そうだろうか」


「そうなのよ」エレフィーが言葉強く断言する。「自分で思ってるよりも――うちの皆はアストちゃんのことがなのよ」


 話しながら彼女はアストの方に近寄ると。

 その正面に立って。いつかと同じように――アストの頬をぷにぷにと押し上げた。


「ふ、ふにゅう、、、な、なにほ、すふ……」


 幼い子供にしかみえないアストの反応を見て。

 エレフィーは口元を小さく微笑ませた。


「だからね――たまには〝愛され税〟として『行ってきます』の一言くらい皆におさめてきなさい。これはよ」



     ♡ ♡ ♡



 アストはどうにか納得してくれたのか(とはいえ領主権限も行使したほとんど強制的なものであったが)、挨拶の準備のためにと一度自分の部屋に戻っていった。


「本当にこれで、よかったのでしょうか」


 エレフィーがどこか不安げにひとりごちる。


「仮にも領主という立場上、気丈にふるまってはいますが……私だって、まだまだ子供で……弱い部分だってあるんです」


 しん、と部屋に冷たい空気が満ちた。

 適度に湿度も含まれている。もしかするとまた雨でも降るのかもしれない。

 彼女は続ける。


「こういう時に、貴女だったらどうしていたでしょうか。いつになっても、考えてしまいます――


 引き出しの中からひとつのブローチを取り上げた。

 その中には赤子を抱えた金髪の女性の肖像画が入っている。


 エレフィーはふだんは見せない――まだ年端もいかないひとりの少女としての表情でそのブローチを握りしめた。


 ふわり。窓から吹き抜けた風が机上の書類をぱたぱたと飛ばす。


 その窓の方角を向いて。

 どこまでも続く灰色の空を見つめて。

 彼女は祈りにも聞こえる言葉を口にした。


「もしかしたらあの子は、この世界の遥か西の果て――〝神々の棲まう地サイハテ〟にまでたどり着くかもしれません」






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