STAGE1-16;姉、ものすごい天罰をくだす!


「なんだ、この場所は……ありえ、ない……!」


 同時刻。

 〝夜蜥蜴ヨルトカゲ〟を名乗る窃盗団の別動隊が館内に侵入していた。


「我々は帝国にも一目置かれる盗賊団――その中でも精鋭を集めてここに来たんだぞ? なのに……」


 窃盗団の一味である壮年の男が必死に逃げ惑いながら叫んだ。


「なぜその精鋭たちが、館の使用人メイドごときにさせられている……!?」


 地方領で用済みとなった『最底辺職遊び人』の小娘ひとりを略奪する――これまで数多の困難な依頼ミッションを達成してきた彼らにとっては、赤子の手を捻るより容易な任務となるはずだった。なのに。


「あいつで終わりか? ウタ」


「そのようですね、張り合いもありません」


「ううう……このあとのお掃除が、大変ですう……」


 背後の廊下を振り返って。

 再び男は絶句する。


「……ひっ!」


 そこには。

 率いていた部下の盗賊たちが、なすすべもなく〝亡骸〟となった残滓のこりかすと。


 飛散した返り血で赤黒く染まった廊下の中央を。

 談笑しながら悠然と闊歩かっぽするメイドたちの姿があった。


「なんなんだ、あいつらはあああああ!!!」


 盗賊の残党が逃げ足を早める。


「撤退だ! 『S級職』の前領主がくたばり、力を失ったと聞いていたがとんでもない――この館は充分に〝化物屋敷〟だ……!」


 窓の外では得体の知れない巨大な召喚獣が回遊している。

 顎からしたたる汗の量を増やしながら。

 〝どうにか逃げる方法はないか〟と思考を巡らせていると、大広間にたどり着いた。


「……!」


 その窓際に――ひとりの少女が立っていた。

 異様な雰囲気で駆け込んできた男を見て、目を丸くしている。


「っ! ちょうどいい……! 悪く思うな!」


 男はその少女の元に駆け寄ると首に手を回して。

 黒い外套の下から小刀ナイフを取り出し、彼女の首に添えながら叫んだ。


「それ以上近寄るな!」


 その男の行動に、メイドたちの足が止まる。


「完全に計算違いだ――お前らの強さは、……! 正攻法が無理ならじゃの道を行くまでだ!」


 男が少女の首に当てたナイフを握り直した。

 しかし――


「……あはっ、あははは!」


「な、なにがおかしい!?」


 男の必死さと対照的に、メイドたちは口元に手を当てくすくすと笑い始めた。


「お、おい! こいつがどうなってもいいのか!」


 先頭にいた巨大な〝槍〟を手にするメイドがお腹を抱えながら言う。


「わるいな、ついつい! だってさ、この館で一番〝狂った強さ〟なのは――あんたが今、人質に取ったつもりでいるなんだもん」


「……え?」


 そこで。

 首元に刃先を当てられていた少女――ティラルフィア家・現領主のエレフィーは穏やかに。


 


「な、なんだ……? 身体、がっ、動かない……?」


 盗賊の身体が震え始める。

 がたん、と握っていたナイフが床に落ちた。


 エレフィーは震える男の手をするりと抜けると、まるで体重を感じさせない天女のようにふわりと。


 広間の大机の上に飛び乗った。


「……がはっ!」身体の自由を取り戻した男が激しく息をする。「なんだ、今のは……魔法? 術式の展開すら、何も見えなかった……!?」


 机の上の少女は、顎に指先を触れさせて言った。


「か弱い悲劇の少女ヒロインを演じてみたのだけれど――うまくできていたかしら」


「……っ?!」


 少女の笑顔から放たれたその圧倒的なオーラに、盗賊の男は悲痛の表情を浮かべた。

 がりがりと頭を掻き回しながら、やがて荒々しい掠れた声で提案をする。


「くそ! ……おい、〝交渉〟をさせてくれ! こちらの目的はひとつ――『最底辺職』のガキだけなんだ!」


 ぴくり、とエレフィーのこめかみが動いた。


「こうなったらすべてを話す……! 今回の任務は、とある帝国貴族直々の依頼だ」


「……ふうん」


 冷静な微笑みを絶やさないまま、エレフィーは相槌を打つ。


「正直に言って今回の遠征で〝夜蜥蜴〟は大損害だ! 帝国の息がかかった数多の戦力を失い、加えて目的のガキすらも手に入らなければ――依頼主である帝国側も黙ってはいないだろう」


 帝国の単語ワードを出したことで、どこか安堵したような表情を浮かべて男は続ける。


「そうなったらお前らにとってもだろう!? どうせ〝不要物〟のガキだ。いずれ追放する『遊び人』ひとりごときのために、わざわざ領地全体を危険に晒す必要はない」


 エレフィーは話を聴きながら、アストのことがけなされるたびに何度も眉をぴくぴくさせて。


「うーん……でもね。あなたたちが狙うアストちゃんは――あなたの言う〝狂った強さの持ち主わたしたち〟が認めた才能なのよ?」


 見た目だけは極めて冷静さを保ったまま、そう答えた。


 「それになにより――私たちはアストちゃんのことがなの。だから、このお話に頷くことはできないわね」


「っ! 正気か!? いかに馬鹿げた強さのお前らだろうが、所詮は〝個人〟だ。この話の結果如何では帝国――つまりは〝国家〟が動くんだぞ!? なぜ無駄なリスクを犯す……一切理解ができん!」


「理解ができないのは私の方よ」エレフィーは張り付いたような笑顔のままで、「ただでさえ最近、頭を痛める機会が多かったの。これ以上〝頭痛のタネ〟を増やさないでくれるかしら……」


 そこでエレフィーは男の方角に向き直ると。

 大袈裟に溜息をひとつついて。


「はあ――溜息すらも疲れたわ。私だって世間から見たらまだまだいとけないひとりのなのよ? だから、そうね。たまには……〝発散〟させてもいいわよね」


 そう言ってそれまでだった表情を――崩した。


「うーん……まずい、ですね」


「あれはかなり、怒っているな……」


「やることはひとつです――さっさとこの場を逃がれましょう」


 三つ子のメイドたちが口々に呟いて。

 彼女たちは一目散に大広間から去っていった。


「発散? 何を言ってるんだ」


「交渉決裂だって言ってるのよ、この〝◆◆◆◆〟」


「……え?」


 そこではじめて、エレフィーは。

 自らの中に押さえこんでいた怒気をすべて解放して。

 周囲の空気を滅茶苦茶に吹き飛ばすかのようなオーラを放ちながら。


 絶対に表には出せない◆◆◆◆放送禁止用語を吐いた。


「ひっっっっっっ!?」


 ――この館で一番狂った強さなのは。


 そんなメイドの言葉の意味を、瞬間すべて理解する。

 圧にあてられたせいで全身の痙攣が止まない。

 がくがくと震える身体を押さえつけるが、本能的な恐怖はまるで脳みそを直接殴りつけてくるかのように激しく止むことはない。

 

 そのすべての発生源であるエレフィーが。

 指をひとつ、空に向けながら言った。


「……


 その呟きと共に、魔法陣が指先から展開された。

 彼女は続いて、持ち前の穏やかな笑顔にまったくもって似合わない〝不吉な言葉の文字列〟を羅列していく。


「溺死/圧死/轢死/感電死/中毒死/落下死/凍死/爆死/干死/餓死/窒息死/……」


 彼女が不穏な単語を紡ぐたびに、輝く魔法陣がそらに描かれていった。

 空間を無数に覆いつくしても。

 彼女の言葉は――止まらない。


「傷害死/殪死/過労死/斬死/絞死/骨折死/惨死/衝撃死/刺死/病死/縊死/転倒死/震死/衰弱死/頓死/刎死/斃死/変死/暴死/悶死/扼死/……」


「な、……な、な……!?」


 そしてが出そろったところで。

 エレフィーはどこまでも爽やかな微笑みを浮かべながら尋ねる。


「さあ――かしら? 特別に自分で選ばせてあげるわ」


「ひっ、ぐ、ぐう……!」


 男は言葉にならない声を発しながら、腰を抜かしずりずりと逃げるように後ろに下がっていく。

 瞳孔は開き、全身から冷や汗が滴っていた。


「残念! 時間切れね。どの死に方もで選べなかったかしら」


 エレフィーは皮肉にそう言うと。


「そんなあなたには特別に――プレゼントしてあげる」


 にこやかな笑顔のまま。

 大広間を埋め尽くすように展開された無数の魔法陣をすべて――起動させた。


 けたたましい光が爆発し。

 そのすべてが〝たったひとりの男〟を射貫く。


「ぐがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!」


 聞く側ですら恐怖に陥れそうな断末魔の叫びをあげる男を前にして。


「あの世に行っても、これだけは覚えておいて。もし私たちの可愛いアストちゃんのことを悪意をもって狙い、不用意に傷つける存在があるとするなら……」


 エレフィーはそれまで作っていた笑顔の中に。

 最大限の激情を込めて言った。


「私はその相手を――例えそれが〝国家〟であろうとも。全勢力をもって戦争をするたたかうつもりよ」


 男を貫く魔法の奔流は、未だ終わることはない。


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