STAGE 1-2;神童、Sランク一家に生まれる!


 ――目を覚ましたら、俺は美少女でした。


 そんなゲームのような展開が自らの身に訪れていた。


 名前は【アスト・ティラルフィア】――


 王国貴族である地方伯爵家に生まれた

 それが今の自分自身であるらしい。

 ちなみに上には歳の少し離れた姉がふたり。


 ティラルフィア家は元々貴族の出ではないが、先の戦で両親が残した多大な功績が評価され爵位を授けられたとのことだった。


「父君様も母君様も、それはそれはご立派な方で……!」


 目の前でそう話すのは執事長の【ベジャクリフ】。

 立派な髭をたくわえ、仕草のひとつひとつに人の良さがにじみ出ている。


「ななななんと言いましても、おふたかたが神より与えられし『職業ギフト』はどちらもS級職Sランク! 戦場での逸話は語るにことかきませんぞ……!」


 アストが転生した先は、いわゆる魔法や異種族、魔物もはびこる〝異世界〟だった。


 その≪魔法≫を使う際に鍵となるのが、十五の成人を迎えるとともに〝神様〟から授けられるという――


 『職業ギフト』の存在。


 人は与えられた『職業』に基づいた≪魔法スキルマジック≫が扱えるため、職業はその人が「どう生きるか」に密接に関わってくる。


 なのでこの世界では、人物を語る上でも『職業』が非常に重視された。


「父君様は武道系職業の『剣聖ソードマスター』、母君様は魔導系職業の『大賢者ラストセイジ』――どちらもそれぞれの系統職の頂点に君臨する最上級の『職業』にございます!」


 ちなみに目の前で熱弁を続ける執事・ベジャクリフは魔導系B級職の『召喚士テイマー』。

 館内で人出が足りない時には彼の〝召喚獣〟が大活躍していて、今も肩に鳥のような生き物が乗っている。


 職業ランクはB級とはいえ、S~Fまである中で言えば十分に『上位職』だ。

 彼曰く、A級以上の職業ともなれば存在自体の希少さと合わせて〝別格〟とされるらしい。

 ましてやS級職ともなれば、一種族に数名もいない〝伝説〟に足り得る存在だという。


「それだけに!」ベジャクリフはそこでどんと床を踏みしめて、「……惜しい方々を……くぅ……!」


 その言葉のとおり。


 アストが物心つく前に、母親は出向いた先の戦場で不幸が重なり。

 父親はそれを追うように病に倒れ、そのまま亡くなったという。


「これはもはや王国だけではなく真人族ヒューマンにとっての損失に他なりません! それにしても父君様と言えば生前の――」


 ベジャクリフの語りはまだ止みそうにない。

 いつの間にか彼の召喚獣やメイドたちが慣れた様子で〝小道具〟まで手渡しており、その様子はまるでミュージカルのようだ。

 

 ちなみに君主不在となったティラルフィア家は、残された姉妹のうち〝次女〟である【エレフィー】が当主として領地を運営している。


 一部の貴族からは『小娘には時期尚早だ』と未だに不満も漏れているそうだが、若くして当主の役目を果たすその手腕は見事としか言いようがない。


「あらあら。褒めてくれてるの?」


 そのエレフィーが、いつの間にか広間に来ていた。


に尊敬の目を向けられるだなんて――とっても嬉しいわ」


 エレフィー。ティラルフィア家の次女。


 中央で分けられた黄金色の長髪はサイドが丁寧に編み込まれ、すべてを見通してしまいそうな澄んだ瞳とともに大人びた印象を感じさせた。


 職業はA級魔導職の『賢者セイジ』。


「当然だ。エレフィー姉様が当主の座を継いで本当に良かった。とてもじゃないが……には――」


「あら。あまり身内の悪口を言ってはだめよ、アストちゃん。でも、それに関しては――私もそう思うわね」


 などと、ここにはいないもうひとりの〝破天荒姉様長女〟について言及し、ふたりで小さくため息をつく。

 ティラルフィア家の長女――名を【オリシア】というが、持ち前の武道系A級職『剣姫ソードビューティ』としての力を買われ王宮直属の特別軍に抜擢、あまり家には帰ってこない。


 オリシアに関してとにかくやることなすことが滅茶苦茶で、彼女がいる時といない時とで館内どころか領地中の人間の疲労度が10倍以上異なってくるともっぱらの評判だ。


「あら。ベジャクリフはまたやってるのね」


 みると〝寸劇〟がフィナーレを迎えたようだ。


「――このように、おふたかたは王国の伝説となったのです……!」


 メイドたちは予定調和にも思える拍手をとベジャクリフに送り、当の本人は召喚獣に差し出された布団みたいな大きさのタオルで溢れ出る涙を拭っている。


「兎にも角にも――アスト様の将来が本当に楽しみですね……!」


 ベジャクリフの一言で、皆の視線が一斉にアストへ集まった。


「ご両親は王国の〝伝説〟として語り継がれるS級職! 姉様方の職業も〝別格〟のA級……! 非凡な血筋にお生まれになり、その中でも才能に溢れるアスト様は一体どのような『職業』をお受けになるのか……十五の成人の儀が待ち遠しいですなあ」


 アストはそんな皆のきらきらとした視線に耐え切れなくなって言う。


「……そろそろ、部屋に戻ろうと思う」


 えーお姉さんたちとお話しましょうよーなどと引き留めるメイドたちの声を振り切って、その場を去ろうとすると――


「あ、待って。アストちゃん」


 近寄ってきたエレフィーに、唐突に頬を両手で挟まれた。


「む。な、なに、を……」

 

「うーん。やっぱりもったいないわね」


 じいと至近距離で見つめてきたあと、彼女を頬をつまむようにぐいと上げて。

 アストは無理やり〝笑顔〟の表情を取らせられた。


「ほら! もっと笑うといいわよ。こんなにも可愛いんだから」

 

「……む、むう」アストはどうにかエレフィーを振り払って、「検討、しておく」

 

もよ、アストちゃん。ふふふ、まるで王宮勤めの役人さんみたい」


 その言葉に一瞬、心臓が高鳴った。

 なんといっても中身は元・社会人男性だ。しかし職業的にも、人との直接なコミュニケーションはあまり得意とは言えなかった。


「王宮勤めには……きっと俺は向いていないだろう」アストはあくまで冷静を心がけて答える。


 それもそうね、とエレフィーは口元に手を当て無邪気に笑った。


 逃げるように広間を後にする道中。

 壁面に設えられた鏡に自分の姿が映った。


 柔らかくウェーブのかかった金色の髪。

 精巧にできた人形のように整った顔立ち。

 フリルが可憐な襟付ドレスを完璧に着こなして。


 そんな自分は、どこからどうみても――


「女の子、だな」


 頬はうっすらと赤みを帯びていた。

 先程の姉様エレフィーの掌の暖かい感触が未だ残っている。


 思えばだれかと地肌を通した触れ合いをすることなんて、前の人生ではなかった。


「ま。わるくは……ない」


 あまり表情には出ていないようにも見えるが(前の人生ではほとんど表情筋を使ってこなかったので当たり前といえば当たり前だ)、正直に言えば。


 ――俺は今の世界を、十分に楽しんでいる。


 なんといっても。

 ゲームの中で憧れた〝非日常〟が、この世界では〝現実〟としてあらゆるところに存在しているのだ。


「神様からの『職業ギフト』、か――」


 神から『職業』を得て、自らが扱える《魔法》が決まるまでにはまだ数年の時間がある。

 自分が「どう生きるか」の指針を得るまでに。


「できることは今のうちにしておこう」


 とあらためて決意して、部屋で書物の続きを読み漁ることにした。


 しかし身体を振り向かせた矢先。

 二の腕が自分の胸の〝柔らかな膨らみ〟の先端にふわりと触れた。

 

 刹那、びくりと。

 全身が軽く痺れるような刺激が走る。


「むう……未だにこの感触だけは、慣れない、な」


 欲を言えば、だが。

 この身体さえ、苦手だった〝女〟のものでなければ良かったのだが――とアストは思う。


「ま。これもだと思えれば良いんだが」


 アストは頬をこれまで以上に紅くして、自分の部屋へと小走りで戻っていった。



     ♡ ♡ ♡



 それからまた、幾年の月日が経つ――。



 

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