お話を作ることが好きです

@bootleg

第1話

「「「小説家というのはとても美しいものだと思う。私はつくづくそう思う。私自身が、自分の生活を送っていく中で事あるごとにそう思う。海岸で綺麗な貝殻を拾うような頻度でそう思うのである。


 私たちの人生は、やはり旬がある。草木や、多種多様の生き物と同じである。何かをするのに適した時期があり、それを逃してしまえば枯れていく一方である。もちろん、熟れた方が価値が出るものもあるだろうが、そこもやはり旬というものだろう。


 私は、そういった旬が、特に自分がものにすることができず、流れていってしまったものがあるときに、それを見つけたときにも思うのである。小説家とは美しいものである、と。


 小説家は、ありとあらゆる旬を描く。学生時代の淡い恋模様を描いたり、青年期の仕事に励む様子の中に転を入れ込み、うまく話しにして見せたり、40を超えた女性の嫁姑のやり取りや醜さを事実より暗黒に描いて見せたり、老いゆく中である面で自由に、ある面で不自由に旅するものを描いて見せたりする。それらはどれも美しい。読み手にとってそれは、自分とは違う旬を過ごすものの追体験をすることになり、さらには自分の将来や過去を見るきっかけともなる。


 私は、そのようなことを生業にすることができる小説家というものが、美しく、どこかうらやましく思うのである。」


 小説家が美しい、なんていう理解しがたいコラムを見かけた。小説家なんてものは自由気ままに過ごしているだけの変人の集まりだ。自分の経験を面白おかしく飾って描いて見せたり、世の中を遠い目で見て笑いものにして見せたりしている。彼ら自身もその中に組み込まれているというのに、何を勘違いしているのか。


 だいたい、あんなもの誰にだってかける。自分がふっと思いついたことを適当に構成して、あとは読みやすくするなり文を整えるなりするだけだろう。文の長さをある程度持たせたりすることなんか、僕にだってできる。大学のレポートと同じだ。今小説家とか言って、あたかもその道のプロであるかのような顔をしている連中は単に機会に恵まれていただけだ。偶然いいものが書けたときに、偶然それを見つけてもらえて、それが偶然世の中に受け入れられただけだ。


 僕だって、タイミングが良ければ小説家にだってなれたはずだ。絶対になれたんだ。そうでなければ、こんな風に就職で悩むこともなかっただろう。まったく、小説家というのは勝手気ままで楽をしている。僕ばかり恵まれていないようだ。」


 今日は、参観日でした。6年生で最後の参観日だったので、皆で将来の夢の発表会をしました。僕のうちはお母さんとお父さんが両方来てくれました。いつもお父さんは仕事でこれなかったけど、今日は初めて来てくれました小学校に入って初めてでした。


 みんなの前に立って話すのはとても緊張しました。他の人の親も来ていたので、本当に緊張しました。でも、朝の会で先生に言われたので、いつもより大きい声で、ゆっくり話しました。とても緊張したけれど、うまく読めたと思います。先生も、授業の最後に僕の作文の話をしてくれて、声が大きかったこともみんなの前で褒めてくれました。


 でも、うちに帰るとお父さんとお母さんは少し怒っていました。みんなの前であんな作文を読むのは恥ずかしいと言われました。少し悲しかったです。何で恥ずかしいのかわからなかったけれど、お母さんは、もっとちゃんとした仕事につかないとだめだと言っていました。


 それでも僕は、お話を作るのが好きです。僕が休み時間に面白い話を作ると、ゆう君もさえちゃんも楽しそうです。夏休みに、ノートを全部使ってお話を書いてみたときは、お母さんも、お父さんも褒めてくれました。だから、将来の夢にも書きました。


 僕は、小説家になりたいです。」

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