クライアント 古四季陽世子 14

 トラジェビビは約束どおり、きっかり一時間後に紫色の煙をまき散らしながらダイヤの前に現れた。


 その悪魔は契約書を両手で二つに裂きながら言う。

「よく正解したね。褒めてやろう。だけど、これでアタシのオイシイ儲け話はおしまいだよ。まったく! さあ、帰って次のビジネスを考えなきゃね。サラの魂はさっき縛りを解いたから、きっとどこでも好きな所にいっただろうさ」


「どどど・しゅぼん!」

 言い終わるとトラジェビビは煙を巻きながら空中の一点に集まるように消えていった。


 陽世子はうつむき、手で顔を押さえながらパパといちごが待つ廊下へと駆け出していく。

「ふぅ——」部屋に一人残った僕は安堵のため息をついて、床に落ちている二つの紙切れを拾い上げた。トラジェビビの契約書だ。


「あれ?」内容を確かめた僕。しかし、何度読み返してもそれには契約解除の項目がなかった。先に目を通したサラの契約書にもそれはなかったのだ。


「もしかしたら——」そう、もしかしたら契約解除のクイズとは、あのときのトラジェビビがとっさに思いついたアドリブだったのかも知れない。


 トラジェビビはデュークとその妻ミル子を憶えていた可能性が高い。なにしろ、彼女からチームで勝利を勝ち取っていった、おそらくは唯一の人間である。もし、陽世子がその二人の娘だと気づいていたら、デュークが答えを知っているクイズをわざと選んで大きなチャンスをくれたのかも知れない。


「意外とイイやつだった?」——悪魔のくせに。しかし、何故だろう? 僕にはそれは本当に不思議でならなかった。 


 部屋の外の廊下では庭を望む大きな窓の前で、陽世子がデュークの胸に顔をうずめて声を上げて泣いていた。デュークはその大きな手で陽世子の頭をやさしく撫でている。

 あの陽世子が泣いている——

 驚きを交えてそれを見ている僕の腕にいちごが取りすがって小さく首を横に振る。「あまり見ちゃだめだよ」いちごは無言で言った。


   ★


 事務所の机に乗った黒い革表紙の大きな本に万年筆を走らせる僕。今回の陽世子の一件の報告を書き込んでいるのだ。


「特に気になったと言えば、ここもそうですね」——ダイヤの二つ目の作用について考える僕。


——トラジェビビは契約に絶対的な自信を持っていた。つまり、ダイヤのオーナー七日以内の必殺だ。そこで重要になるこの二つ目の作用はおそらく、サラへの契約の保証であり、契約の不遂行が起きたときにトラジェビビが自らに課すペナルティーだったのだ。

 それは約束をたがえたときの『針千本、飲ーます』と同じなのだ。

 同時にそれは人間にアピールして、勇敢なる挑戦者を集めるエサにもなったのだろう。


「ぼん!」

 台所で爆発音がする。

「きゃはははは!」

「わははははは!」

 いちごと陽世子の笑う声が聞こえる。


 ——今度はまた、いったい何を食べさせられるのだろう? 僕は心配になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔が経営するお悩み解決事務所のクライアントはクセの強い女ばかり 堀口海瓶 @kaibin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ