クライアント 古四季陽世子 12

 その他に分かったことと言えば、

 ダイヤの最初の犠牲者は王女の死の直後、ダイヤを保管するといってガラス玉とすり替えて横領した当時の家臣だったとか、

 この家臣の周辺では次々と、日替わりで人が死んで一気にダイヤの呪いが噂されるようになったとか、

 それ以降ダイヤはしばらく所在がわからなくなっていたが、その間もそれは所有者を次々と殺しながら広くヨーロッパを転々としていたらしいとか、

 何人もの霊能者や聖職者がダイヤの呪いを祓おうとして死んだとか、

 最終的にカトリック教会に寄贈されてそれが博物館に置かれるようになったとかだった。

 しかし、その後も博物館から盗み出されては、何者かによって郵便で送り返されてきているとかだった。

 おかげでこのダイヤに限って言えば、その警備は手抜きで充分だった。大粒の最高品質のダイヤにも関わらず——


「このダイヤはいったい、いままで何人くらいの血を吸ってきたのだろうか?」

「イングリット王女の婚礼が今から百五十年も前ですから、相当な数でしょうね」


「しかし、今までの所有者が全て死んでいるのかどうか、はっきりしないな。記録に残っているぶんだと、全て死んでいるらしいが、ダイヤが行方不明だった期間のことは分からずじまいだ」


「何しろ、もしもパパが怪盗デュークだったら、パパはそれでも生き残った非常に珍しい例となるな」——それでもパパを憧れのヒーローと信じたい陽世子だった。

「ダイヤの呪いがハッキリした今考えれば、お父様が健在となると、やはりお父様は怪盗デュークではないのでは?」

「うーん、それも考えられるが、それではなんか寂しいものがあるのだ」自分の中で衝突する二つの気持ちに揺れ動く陽世子。


「考えよう。『死』以外に何かが起きるわけだ。所有者に——と言うことは、それは今の私にも起きていてもいいことなんじゃないか?」陽世子は腕を組んで首をかしげる。


「何か感じますか? つまり、ダイヤを盗む前と後の違いはありますか?」

「いいや、特になしだ。強いて言えば、以前より腹がすくのが早いくらいだ。ダイヤの二つ目の効果は食欲増進なのか?」

「んなわけないでしょう! 陽世子さん、ボケてる場合じゃないですよ」

「ボケてない! 私は真面目に言っているのだ。私はこれから死ぬかもしれないときにボケるような軽薄な女ではない!」

——つまり、陽世子にとって食欲増進とは、たとえ死の縁に立っているときでも重要な意味を持つと言う事なのか? 


「もうあと、三十分しか残ってませんよ!」

「分かっている。充分、分かっている。考えるのだ」——考えれば分かる問題ではないことは明らかだけど、考えるしか方法が思いつかなかった。


「今起こっている効果じゃないかも知れません」ふと思いついた僕。

「つまり、どういうことだ?」陽世子が顔を上げる。


「うーん、えーっと、つまり、つまり被害者の家族には揺り戻しで幸運が降ってくるとか……」

「あ、それ、イイね! そう言うの私は好きだな」——好き嫌いの問題じゃないんだけどな——


「でも、もしそうだったら、それも噂になるはずですね。もうすでに何百人もこれで死んでるはずですから」自分で言い出しておいて思い直す僕。

「そう言えば、そんな噂は一つもないな」キュッと眉を寄せてちょっとつまらなそうにする陽世子。自分が死んでもパパには幸運の揺り戻しが行かないのが気に入らないのかも知れない。


「参りました」

「参ったな」

 腕組みをしてうつむき、沈黙する二人であった。静まり返った部屋で時計が無情に時を刻む。


「ピンポーン!」玄関のチャイムが鳴らされた。ふたりとも尻が椅子から五センチほど跳びあがる。

「ドキッ! 刺客か?」陽世子が緊張した顔を上げる。

「僕が見てきます」僕は早足で部屋から屋敷の玄関へ向かった。玄関ドアの前まで来て少々怖気づく僕。巻き添えを食う可能性も充分あるのだ。ドアスコープはないか? 玄関扉の前でちょっとオタオタしてしまう。

「パパ!」陽世子が叫びながら駆けて来る。

「パパ?」驚く僕を押しのけて玄関の扉を開く陽世子。

 そこにはいちごとその背後に背の高い紳士が立っていた。

「陽世子! よかった! 生きていたか!」


 いちごは僕のワイシャツをワンピースのように着て嬉しそうにモジモジ立っていた。

 いちごの背後に立つ細面ほそおもてな紳士は、大きな目に光を宿し、優しそうな中にも強い意思を感じさせる、まさに陽世子の言うとおりな、『カッコいい』おじさんだった。ラフなジーンズにネルシャツを着ていかにも花屋風な厚手のコットンの黒い前掛けを着けている。

「パパ!」陽世子は半分泣きべそで父の胸に飛び込む。普段の凛々りりしい陽世子から、なんともギャップ豊かな所を見せてくれるものだ。

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