クライアント 古四季陽世子 11

 僕が扉を開けると、まさにトラジェビビが紫色の煙に包まれて姿を消しつつあった。

「待ってください。クイズに挑戦します!」——間に合ったか?

 しかし、悪魔のその姿は渦を巻いた煙と共に一点に吸い込まれて消えていく。

「しまった! 遅すぎた」僕は煙の最後のひとかたまりが極小の点になっていくのを見ながら呻いた。そしてそこにはもう、サラの姿もなかった。


 膝に手を突き、ガックリと頭を垂れる僕。


 僕が開けた部屋の扉から陽世子が顔を覗かせる。

「どうした?」陽世子は不安げな声で僕に声をかけた。そのときだった。

「どどど・どん!」部屋の空気が激しく振動して紫色の煙が一気に広がった。

「ぎゃ!」陽世子が叫ぶ。部屋の真ん中にトラジェビビがのっそりと現れた。

「遅いのよ! アタシにはアッチとコッチと行ったり来たりするのが結構、骨が折れるんだから! 途中で止まれないんだよ!」彼女はその巨体をゆすりながら言う。

「あああ、よかった——」僕は胸を撫でおろす。

「安心するのはクイズに正解してからにしな」トラジェビビは真顔に厳しさを乗せて言った。

 部屋の入り口に突っ立った陽世子は目を限界まで見開いて硬直している。まさに固まっている。悪魔の姿を見るなんて、人生でそうそうないことだろう。僕みたいなのを除けば——。もっとも、僕の正体が悪魔だとは知らない陽世子だった。


   ★


「じゃあ、いいかい? 一度しか言わないよ」トラジェビビは陽世子の目をきゅっと見つめて言った。

「呪いの赤いダイヤモンドには、その持ち主に及ぼす作用が二つある。一つ目は『7日以内の死が与えられる』だ」

 トラジェビビはここで一旦言葉を切った。そしてゆっくりと続ける。

「では、二つ目は? これがクイズだよ」質問はきわめてシンプルだった。


「今、何時だい?」トラジェビビが前を向いたまま僕に訊く。

「今は正午です」時計の針は昼の十二時ピッタリを指していた。

 陽世子はすっかり青ざめてトラジェビビの前に立ち尽くしていた。——クイズの意味を理解したのだろうか? 僕は少し心配になった。

「時間厳守だよ」——そう言って再び紫色の煙と化して姿を消すトラジェビビ。陽世子は放心してそれを見送っていた。


「さあ、陽世子さん。一時間しかありません。答えを探しましょう」僕は陽世子の肩にポンと手を置いて声をかけた。意識を取り戻させるためだ。


「お、教えてほしい。い、今のアレ、あの彼女はなんだったのだ?」


「いや、そんなに気にすることもないですが、まあ、あれが呪いの大元と言いますか、その、まあ、そんな感じです」

「呪いのオオモト? 例の幽霊か? あれがイヤリー王国のお姫様だったのか? 最初に私が見たのとはずいぶん大きさが違うようだが」

「ええ、ちょっと込み入った事情があるみたいですが——僕にもよくは分かりません。さあ、時間がありません。答えを探しましょう」

 僕は話題を変えてなんとかごまかした。説明してる暇なんかなかった。


「しかし、答えを探すと言っても、どこをどう探せばいいものか——」

「トラジェビビは例のダイヤには二つの作用があると言っていましたね」僕がサラに見せてもらった契約書には何もそれらしいことは書いてなかった。


「うん。一つは残念ながら、やはり持ち主の死だった。あの呪いの話はどうやら本当だったと言うことだ」

「いや、もう充分思い知ったでしょう?」

「それを言ってくれるな。私にはそれこそ死ぬほどショックな、信じたくない話なのだから」

「陽世子さんのお父様がその怪盗デュークだったことは、まだハッキリしていないことですよ」

「うん、まず根本的にそこが間違っていたのかも知れないな。今となってはそう思いたい私だ。しかし、それが始まりで大勢の人を巻き込んでしまった」陽世子の目線は自然と床まで落ちてしまった。かなりこたえた様子だ。

「それを止めるためです。未来永劫に」


「まずはネットで該当する記事がないか調べてみるのがいいかも知れません」僕が提案する。どこに行って調べるにも時間がなさすぎる。

 二人はありとあらゆる検索ワードを駆使して『呪いの赤ダイヤモンド』関連の記事を探したが、肝心なことは何も出てこなかった。


 新たに分かったことと言えば——


 イングリット王女の亡骸は王家代々の墓とは別に、王宮の森の奥に建てられた小さな霊廟れいびょうに今でも眠っているらしい。ダイヤに憑いた呪いの元凶がイングリット王女とされているからである。それはイヤリー王国の人気観光名所となっていると記載されていた。


 王女の嫁ぎ先のクログラント家の長男はイングリット王女の死後、あまりの悲しさに病に伏せったとされている。——どうやら大嘘である。しかし、それを機会にクログラント家は王家から莫大な身代金の立て替えを受け、さらに国政において更に力を持ったと記録されていた。

 これなどはサラの知るところではないが、もし彼女が知ったら激怒するような記事であった。

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