クライアント 古四季陽世子 10

「えええ、まあ、そうですね、例えばでいいです。例えばいくらくらいになるか? みたいな……」

「そうだねぇ。競売にでもかけてみれば三億こんくらいにはなるんじゃないかと思うわ」


「三億魂!」


「まあ、アタシはもうその半分くらいはこれで稼いだから、アンタに売るなら一億と五千万くらいだね」


「絶望的——」僕はつぶやいた。裏腹なしに正直につぶやいた。


「なんだい? 三億くらい稼げる話をその半分で売ってやるって言ってるんだよ? 借魂しゃっこんしてでも欲しがる奴らはいっぱいいるわ。なんならアタシが貸してやってもいいさ。そのかわり利子は高いよ」

「ますます絶望的——」そんなの罠に決まってるじゃん。僕は確信した。


「博物館に大切に保管されてたらなにも儲からないけど、なに、世の中ちょっとばかり自信過剰な泥棒は結構いるから、そんな連中をそそのかせば、一回盗ませるだけで何百万魂くらいにはなるわね。なかなか死なない活きのいいやつなら一回で一千万魂くらい儲かることもあるし。元なんかすぐ取れるわよ」


 なるほど、今回、陽世子がこのダイヤを盗んで発動した呪いの契約で、このトラジェビビはさらに儲けを出したのだろう。陽世子の命を狙った罪もない人達の魂を殺人未遂と同等の悪事として徴収できるのだ。さらに言えば陽世子を仕留めれば殺人罪か良くても業務上過失致死だ。落とす魂も一桁あがる。あれだけ派手にドンパチやれば、そりゃ儲かったはずだ。

 そう言うやり方は魔界にいる時に教えて欲しかったもんだ。——僕は思った。


「はーん……。さてはアンタ、この契約が欲しいんじゃなくて、解除したいんだね?」なかなか煮えきらない僕の態度に、トラジェビビは赤い唇を丸くして腑に落ちた顔で言う。


「実は、そうなのです」トラジェビビの鋭さに少し驚く僕。しかし、少し考えれば予想外ではないと分かる。何しろ呪いを受けている最中の陽世子と行動を共にしている僕の申し出なのだから。


「アタシにとってはイイ儲け話の放棄なのよ。これは」


「はい、ですので、僕の方からも可能な限り保証をしたいと……」僕の言葉が終わらないうちにトラジェビビが話し始める。

「まあ、これを言わないと契約法に反することになるから言うけど、解除には条件があるわ」

 そうなのだ。サラとの契約のように、人間側から悪魔を呼び出して魂の取引をする場合、通常はその取引が高額なものになるので特別に取り決めをすることがある。それには契約解除の条件も含まれたりするのだが、ほとんどの場合、その条件は満たすことが不可能な『お飾り』であったりする。

 つまり、こうして取り決めておけば、万一、人間側から解除の申し出があっても、むしろ契約は守られるのだ。

 悪魔だって一度契約したら覆されたいとは思わない。


「解除の条件はなんですか?」


「クイズよ」トラジェビビは契約書を見ながら言った。

「クイズに正しく答えられたら契約は解除されるのさ。契約を結んだサラの魂は本人に返す。冥界でもどこでも好きな所に行けるようになるわ。そしてダイヤの持ち主が呪いで殺されることもなくなるよ」


「ただし、チャンスは一度きりだよ。もし答えを間違えたり、回答の制限時間の一時間を守れなかったら、呪いの契約はその場で強制的に実行されるわ。挑戦するかい?」


 クイズの回答を間違えると、あるいは制限時間を守れないと、つまり陽世子は強制的に命を落とすことになるのだ。運だとか、生き残る努力だとかは一切通用しない、確実な死が与えられるのだ。まあ、今でも状況はそれとあまり違いがないが、それでも今なら生き残る努力をすることだけは許されているのだ——。周囲に巻き添えが出る可能性は高いけど——。


「クイズに挑戦するかしないかは、僕が決めるところではないのでダイヤの所有者に相談してみたいのですが」

「いいわ。相談でもなんでもしてみなさいよ。一分だけ待ってあげるわ。一分過ぎたらアタシは帰るからね」——一分だけ? 説明するだけで終わりそうじゃないか?

 僕は急いで部屋を出て、廊下に座り込んで顔を伏せている陽世子を立たせた。そして要点だけを選んで話すことに集中した。


「——要するに、私がそのクイズに正しく答えられれば、呪いは解かれると言うことか?」陽世子は疲労の色が浮んだ表情で言った。

「そう言うことです。しかし一時間以内にです」

「だが、私がそれを承知したらパパがクロだと認めたことになってしてしまう。呪いを肯定する事にならないか?」陽世子はすっかり意気消沈して投げやりに言った。


「陽世子さんのお父様がシロかクロかはこれとは別な話です」僕は腕時計をチラ見した。あと十五秒。

「私にとってはそこがきもなのだ」ぐずる陽世子——あと十秒。

「陽世子さんは戦わなければならない! これ以上犠牲者を出してはならないんです!」僕は陽世子の両肩を掴んで強く言った。

 陽世子のくすんでいた表情にパッと血がかよった。

「分かった。クイズに挑戦しよう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る