クライアント 古四季陽世子 9

「それでは、このような契約をしなかった・・・・・人間は死後どうなると思いますか?」 僕は容赦なく、一気にサラを叩く。

「さっき、あなたがおっしゃった『メイカイ』と言う所に行くのですか?」

「その通りです。イングリット王女もそこに居るはずですね」

 サラの顔が青ざめた。もともと幽霊なので青ざめていたが、もっと青ざめた。明らかに、激しく動揺している。

 サラが口走った『私の王女』と言うフレーズの根っこはここにあったのだ。おそらく、サラは王女を普通以上に愛していたのだろう。


「私ったら、なんてことをしたのでしょう!」サラの姿はそのあまりの動揺の激しさで、映りの悪いアナログ時代のTVみたいにブレたり伸びたり縮んだり消えかけたり、を繰り返した。よほどショックだったのだろう。幽霊が気絶寸前になったのだ。


「アタシのクライアントに何を吹き込んでいるのさ?」

 空間が「どん!」とゆさぶられて、紫色の煙が立ち込める。


「アンタ、何者? なんか、悪魔みたいだけど——」


   ★


「あなたは、もしかしてトラジェビビさん?」僕が訊く。


「アタシの質問の答えはどこよ?」大きな体を片布で下げたシルクのような光沢を放つ、ダークピンクのロングドレスで包んだそれは言う。

 首には大粒のビーズを連ねた派手なネックレスをかけている。


「ああ、失礼しました。僕はヤイクスと言う悪魔です」

「ヤイクス?」トラジェビビはそのギョロ目でジロジロと僕をねめながらあごに指を当てて言った。

 何か考えている様子だった。


「フン、そのヤイクスがこのトラジェビビに何の用?」

「ここにいるサラとの契約のことでお話しがしたいのです」

「ああ、この娘ね。この娘の契約ではずいぶん儲けさせてもらったわ」

「そ、そうなんですか?」儲けるとか儲けないとか、そう言う話題に即入るトラジェビビに押され気味の僕だった。

「そうよ、この先もかなり儲かるってカンジね」

「こういう、身を焦がすような強い鬱積うっせきがある人間の周りには儲け話がゴロゴロしてんのヨ。問題なのは、ここまで鬱積が強い人間は結構レアだってことね。なかなか見つけられるもんじゃないわ」


「ゴクリ……」それって、希少価値をアピールしているの? 僕はディールの先行きに不安を感じた。

トラジェビビは演説をつづける。

「なにしろ、自分の全魂をさしだしてくれて、その上、他の人間からも吸い上げられる仕組みを契約してくれたんだから、オイシイ、オイシイ、美味しいにも程があるわ」

「ああ、今思い出した。この娘は牢にいたのよ。もう、その鬱積の強いこと強いこと。かなり遠くからもプンプン臭ってきたわ。同じ牢にいたオババにアタシが憑依して営業かけたら、跳んで食いついてきたもんだわ」


「え? 例のお婆さんはトラジェビビさんが憑依してたのですか?」


「牢屋に閉じ込められた娘に憑依しても何も儲からないわよ。逆さにして振ったって恨み節うらみぶし以外何も出てきやしないわ。恨みなんかそのままじゃ一魂の儲けにもならないよ」


——なんとも、やり手である。クラッシックな憑依術だけでこんなにうまく儲けることもできるのだ。こう言う身のこなしを憶えないと、いつまでも貧乏なままなのだな。僕は感心した。

 って、感心している場合じゃない——。そのおいしい儲け口をこの悪魔はそんなに簡単にはあきらめてはくれないだろう。僕は胃袋に砂が詰まっているような気分になってきた。


「あの、もしその契約を売っていただくとするとしたら、条件はどのようになりますか?」僕は勇気をだして切り出してみた。いずれはこの話をしなければならないのだ。どっちにしても。

「なによアンタ、アタシにこの契約を手放せって言うの?」

 そうは言いながら、このトラジェビビが僕の意図を承知の上で儲かるアピールをしてたくらい、今までの彼女の話がただの自慢話じゃないくらい僕にも理解はできる。契約を手放す条件を有利にするため、対価を上げる為のビジネストークだったわけだ。

 かなり吹っかけられるぞ——。僕は恐れおののいた。

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