クライアント 古四季陽世子 5
「陽世子さん、そのダイヤは今どこにあるのですか?」
「私のアジトにかくしてある」
「僕に見せてもらえますか」
「構わないが、しかし、見てなんとかなるような物とも思えないのだが……」陽世子の表情に若干の困惑が見て取れた。
「少し気になることがあるのです」僕は陽世子のそのダイヤモンドの話に同業者の影がちらつく気がしていたのだ。——つまり、悪魔だ。
陽世子を襲う一連の凄まじい殺人的偶然が、まだ若い温室育ちのお姫様の幽霊によって起こせるとは到底思えないのだ。なぜならそのへんの人間の幽霊が起こせる物理現象としては、ろうそくの火をちょこっと揺らすとか、そんな程度なのだ。僕は考える。
——相手が悪魔なら、それはディールに持ち込むことが可能なはずだ——
「私のアジトはここから地下鉄で十分ほどの所にあるが、そこに着くまでに生きていられる保証はないぞ」緊張感あふれる陽世子。
「きみはここで留守番をしていたほうがいいかも知れないな」陽世子がいちごに向かって言う。
——いちごが見た目どおりの女の子ならそうかも知れないが——。僕はいちごのあの稲妻のような蹴りを思い出していた。
「私がいないとヤイクロが危ないと思うよ」いちごが真剣な表情で返す。
「言うねぇ、きみ。気に入ったよ」陽世子にウケているいちご。
なんか、妙に馬が合う『いちご』と『ひよこ』の二人だった。名前だけ聞いたら女子幼稚園児のコンビみたいだけど、そんな甘いもんじゃないことを僕は知っている。
「しかし、基本的に自分の身は自分で守らなければならないぞ。私もできる限りのことはするが、きみたちを守る余裕がないかも知れないからな。なんなら私だけ先に行ってもいい。きみたち二人は後から来るのもいいだろう」——男前な陽世子である。女だけど。
「いえ、一緒にいきましょう」僕が言う。
「いっしょに行こう! ひよこちゃん」いちごはすっかりテンションが上がった様子で陽世子に力強く言う。やたらと覇気がある。
「いいえ、いちごはここで留守番していてください」
「え? 私、留守番? えー…」これ以上ないほど拍子抜けした顔のいちご。遠足が延期になった子供みたいだった。——別の言い方なら、空気の抜けた風船。
「はい。留守番です。その前に一つお仕事があります」
僕から説明を受けてうなずき、出かけたいちごが帰ってきたのは小一時間ほど経った頃だった。
「支度はできましたね。では行きましょう」
僕といちごは事務所の玄関を出た。出たところでいちごが振り返って扉の窓ガラスに紙切れを貼り付けた。
「これでしばらくは安全ですね」
僕といちごの二人は事務所の入った雑居ビルの玄関を裏通りへと出た。二人は最寄りの地下鉄駅から陽世子が書いたアジトへの道順を頼りに地下鉄に乗る。
二人は始終無言で、迷ったら道順が書かれたメモを見て、再び先を急ぐ。
ほどなくして二人は古い小さな洋食レストランの前までたどり着いた。
その古いレストランの店先には、やはり古くてペンキがところどころ剥げた、腰の高さほどの木彫りのブタのコックさんがにこやかにメニューの乗ったお皿を掲げている。
「さあ、このメモによればこのレストランの角を曲がればアジトはもうすぐそこなはずです」
いちごと僕は顔を見合わせてうなずき、あるき始めたようとした——。そのとき、
「スン、スン」いちごが鼻をならせた。
「あ——」いきなりいちごに飛びつかれて二人して道に倒れる僕。その直後、
「どおん!」内蔵を揺さぶる爆発音がしてレストランから巨大な火の塊が吹き出した。正面のガラス窓のかけらが周囲に砕け飛び散る。
「おじさん! おばさん!」いちごが声を上げる。いや、それはいちごではなく、いちごの
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