クライアント 古四季陽世子 6
陽世子がアジトに使う屋敷は彼女がおばあちゃんから相続した一軒の古い洋館だった。それは尖ったコーン型の屋根がいくつも空に向かってそそり立ち、白い石壁を覆う蔦がびっしりと葉を茂らせている。緑の深い庭は荒れていた。さながらお化け屋敷といった感じの大きな屋敷だった。
僕と陽世子はその屋敷の中の一角にある扉の前にいた。
何かとドラマチックなデザインに囲まれた古い建物の中で、それは不似合いに真新しく、無機質な造形の扉だった。
「ピッ」陽世子が扉の横に備えられたスキャナに手のひらを当てる。生体認証の丈夫な鍵が音を立てて解除された。
これがあるために、陽世子自身が危険を犯してまで来る必要があったのだ。こう言うときにはかえってやっかいなシロモノだ。
すっかりショボクレた陽世子が見るのも嫌と言った感じに顔をそむけたその先に、それはあった。
——呪いの赤ダイヤ——
それはケースにも入らず、むき出しで部屋の中央の机に台座ごと乗っている。
ダイヤは真上から照らすピンスポットライトの光を浴びて赤く、怪しく、美しく輝いていた。
「どうだい? 何か分かるかい?」陽世子はスネたような口調で僕に訊く。
ダイヤの置いてある机に近寄り、腰を屈めてその光をじっと見つめる僕。
「うん?」僕は思わずつぶやいた。
「うん?」陽世子が答える。
「陽世子さん、この真上の明かりだけ残して他の照明を消してください」僕の言葉に従う陽世子。入口横のコントロール・パネルまで歩いてパチパチと操作した。
ダイヤは真上からの細い光のみに照らされて、周囲の暗がりに赤い光の花を展開した。
「うわ!」陽世子が声を上げる。
「む?」
ダイヤの向こう側にボンヤリとした女の姿が浮かび上がったのだ。
「な、な、な、何だ?」あの豪傑陽世子が取り乱す。この手のモノには弱いのかも知れない。
「陽世子さん、しばらくの間、僕を一人にしてもらえませんか?」僕がそのボンヤリしたモノを見つめながら陽世子に言う。
「うん。わ、分かった。特別に一人にしてあげよう」陽世子はうわずった声でそう言いながら逃げ出すように部屋を出ていった。それはそうだろう。過去の歴史の中で相当な数の人の血を吸ってきたダイヤから『何かそれっぽいモノ』が出現したのだ。その怪しい『何か』に現在進行形で命を狙われる立場の者なら誰でも脱兎のごとく逃げるだろう。
★
暗い部屋、一筋の鋭い光が真上から注がれる。そこにあるのは大粒の赤いダイヤモンド。その美しいダイヤモンドは取り込んだ光を内部で複雑に屈折させて周囲に赤い光のかけらを撒き散らしている。
僕は全身に赤い光の粒を受けながらジッとその女の姿を凝視する。
「僕と会話ができますか?」僕は先手を取って尋ねる。おそらく悪魔と思われるその女とは悪魔同士で会話が可能なはずだ。
「私に話しかけるあなたは誰ですか?」女は徐々に姿をはっきりさせながらそう答えた。その語調は繊細でむしろ怯えているようにも聞こえた。あんなに執拗に人の命を取ろうとして攻撃してくる悪魔にしては無垢な響きの声だった。
「僕は真菱夜幾郎……いえ、ヤイクスと言う悪魔です」悪魔同士のディールに持ち込むならこの名前が必須だと判断した僕。
「あなたも悪魔なの?」女が言う。しかし、その声には安心感とは程遠い感情の波動が乗っていた。——少し意外だった。
「あなたはダイヤの悪魔ですね?」僕は確認するように訊いてみた。
「私の名前はサラ。悪魔ではありません」
「!?」僕は混乱した。悪魔じゃない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます