クライアント 古四季陽世子 4
「私がまだ高校生だったころ、偶然、学校帰りに立ち寄った古本屋で見つけた昔の少年マンガ雑誌に『怪盗デューク! 謎だらけのダーク・ヒーロー』と言う特集があったのだ」
陽世子は感極まった感じで椅子から立ち上がり、身振り手振りを加え、純赤でフリフリのミニドレスの裾を揺らしながら話し始めた。
「私は一発でノックアウトされてしまった。なにしろパパと同じ名前の謎の怪盗の存在だ。しかも、その怪盗はパパと同じくらいカッコいいのだ。私はパパとその謎の怪盗とを心の中で重ね合わせたのだな」
「つまり、確証はないのですね?」僕の性格だと、直感よりも証拠が重要だった。
「そうだが、パパがしっぽを掴ませないだけで、ほぼ確実だ」
陽世子は胸を張って自信ありげに言った。
「その古い雑誌を買って帰った私は、その特集を全て暗記するほど繰り返し繰り返し、読んだものだ」
「それを皮切りに、私は広く怪盗デュークの記事を探して読み漁った。高校生が国会図書館まで行って過去の新聞のマイクロフィルムを検索したほどだ」
「首ったけになったと——」僕は陽世子の言葉を万年筆で記録していった。
陽世子はうなずきながら話を続けた。
「しかし、その謎の怪盗は私が三歳の年に今回の呪いの赤ダイヤを盗んだのを最後に姿を消していた」
僕は記録を取る手元から目を上げて陽世子の顔を見た。——それって……
「世間は怪盗デュークが呪いを受けて死んだと噂した」
僕の机に両手を突いた陽世子は、神妙な表情で僕を見つめてうなずいた。
しばしの間を開けて陽世子は、クライアント用の椅子を中心に円を描いて歩きだした。歩きながら話を続ける陽世子。
「しばらく後、ダイヤはごく普通の郵便で博物館に送り返されたそうだ」
「問題なのは……」陽世子が立ち止まり、言葉を切る。
「問題なのは?」僕は陽世子の話に強く惹かれていた。
「問題なのは、その怪盗デュークが呪いのダイヤを盗んだ年、つまり私が三歳の年と言うのが——」
「ゴクリ……」僕もいちごも息を呑んだ。
「私のママが亡くなった年なのだ」
——そう来たか……僕はようやく陽世子の言わんとする所が見えてきた。
「パパが怪盗デュークだとして、その怪盗デュークが呪いのダイヤを盗んだ。そのダイヤの呪いが発動して、周りの人が巻き添えを食って死んだとしたら——その周りの人と言うのがまさか、私のママだとしたら——」
「私はパパを許せないだろう」陽世子の表情は真剣そのものだった。
強い強い感情がほとばしる彼女の赤毛は微かに震えていた。
「それがために呪いは迷信であると——」僕がつぶやく。
「そう、その証明をするために苦しい訓練を乗り越えて私は怪盗チックとなり、呪いの赤ダイヤを盗み出したのだ」
僕はようやく、陽世子の矛盾だらけな言葉にわけがあったことを理解した。
大好きなパパが—— ママを一筋に愛してきた大好きなパパの行動が、実はママの死を招いたのではないか? そう疑う気持ちと、それを否定する気持ちとが陽世子の中で衝突していたのだ。
そんな陽世子は、パパの無実を証明するために『呪いの赤ダイヤ』を盗み出したのだ。
自らの命を賭けて、ダイヤの呪いは迷信である。と証明するために。
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