クライアント 古四季陽世子 3

「きみは『怪盗チック』と言う有名な大泥棒を知っているか?」陽世子が挑むような表情で僕に訊く。

「いえ、聞いたことありません」僕は素直にそう答えた。

「なんだ、勉強不足じゃないか? もっと新聞を読んだほうがいい」陽世子は話の腰を折られた感じを少し見せながら、知らないのは僕の責任であることを強調した。それも上から目線だった。

「もしかしたら、その怪盗チックが陽世子さんだとか?」

「その通り。よく見破ったな」どうあってもマウントを取りたがる人のようだ——この人は。

「——いや、話の流れからすればミエミエですよ」

 僕の隣に立ついちごは夢中になって陽世子の話に耳を傾けている。いや、むしろ憧れの的のようにキラキラな目をして陽世子を見つめている。すっかりヤられた様子である。


「怪盗チックは殺しはやらない。並外れた頭脳と身体能力で狙った獲物は必ず盗み出す。それがキャッチフレーズだ」

「かっこいい!」いちごの反応が妙にいい。満足そうにうなずく陽世子。

「はあ、そうなんですか——」僕は仕事モードを強調して万年筆を例の本に忙しく走らせながら生返事。

「しかもフェアだ。盗む獲物は予告してから盗む。スタイリッシュだろう?」ノリが上がった風に今度はいちごに目線をやりながら同意を求める陽世子。大きく感心したようにうなずくいちご。鼻息が荒い。

「ド直球ですね」——こんな僕の反応にも大きくうなずいて満足そうな陽世子だった。話はつづく。勢いを増しながら——

「そしてオシャレだ。暗闇に浴びる投光機の光に鮮やかに映える衣装。どうだい? ワクワクするだろう?」いちごが小さくピョンピョン跳ねる。なんなのだ? 二人のこの一体感は? アイドルとファンの熱いひとときのようじゃないか? 

「その怪盗チックが盗み出したダイヤと今回の度重なる不幸な『偶然』とは何か関連があるのでしょうか?」僕はペンを本から上げて、新聞記者のように冷静な質問をする。水を差したとも、言えるかもしれない。


「ないと言える」

 きっぱり宣言する陽世子。

 無責任に同意して大きくうなずくいちご。

 再び頭の中が白く飛ぶ僕。 ——何度目だろう? この雪景色の草原のど真ん中に立つような気持ちになるのは?


「全く関係性はないのだ。しかしそのダイヤは『呪いの赤ダイヤ』と呼ばれている」——呪いの、赤ダイヤ—— 僕は何か引っかかった感じがして、記憶を探ってみた。それは結構、悪魔関連を想像させるネーミングだったから。——かも知れない。しかし、何も出てこなかった。


「呪いを受けて人が死ぬたびに赤さが増していくダイヤなのだ」陽世子は背中を丸め、声を低めて恐ろしげに言った。いちごはかたずを飲んで話を聞いている。

「その昔、イヤリー王国の王女様が結婚した直後に誘拐されて死んでしまって、あまりの無念さから幽霊になってダイヤに憑いてしまった。——王家に起こった悲劇だ。それ以来そのダイヤを所有した者は例外なく不幸な事故死をしている。それも数日のうちにだ。——みたいな話だ。よくある話だろう?」——よくある話じゃないと思うが——僕は思った。いちごは息を飲んで陽世子の言葉を聞いている。メチャメチャ話に引き込まれてるみたいだ。


 ——しかし、『王女さまの幽霊』ごときが憑いているダイヤがそこまで恐ろしい力を発揮できるのだろうか? その方面には詳しい——と、言うよりも、それが仕事だった僕はそんなことをチラリと思った。

「ダイヤと不幸な偶然に関連がないと言うのに、そのダイヤはそんな風に言われているのですか?」この場で一人冷静な僕。熱いノリを交わし合ういちごと陽世子に置いてきぼりを食ったような気もしないこともない。

「ないな。全くの迷信だ」手で何かを追い払うゼスチャーをしながら、またもやきっぱり言い切る陽世子。うなずくいちご。

 もはやこれは『意固地』だった。

「いや、実際に陽世子さん、真っ只中じゃないですか?」陽世子のそれは何か裏事情でもありそうだ。


「だから、偶然なのだ。呪いの力が現れたのでは無くて、『ぐうぜん』なのだ! 少しすれば収まる。——と思う」最後のあたりで陽世子の目線が机の上まで落ちてしまった。


「——パパはママをこよなく愛していた。パパはそう言う人だ」しばし下を向いて大人しかった陽世子が顔を上げて言った。

——また話がパパのことに飛んだ。


「お父様のお名前を聞いてもよいですか?」パパの話はするなと言っておいて自分からパパのことを話始める陽世子。それならばパパについての話題に切り替えようと思った僕だった。何かこのパパの存在に大きな意味があるように思える。陽世子が単なるクレイジーと思えない僕だった。

「うん、パパは古四季こしきデュークと言う名前だ」抵抗も見せずにパパについて話始める陽世子。


「そう言えば……」


「そう言えば?」


「その昔、『怪盗デューク』と言う大泥棒がいたのをきみは知っているか?」

「同じデュークなのですね」やはり、陽世子の『パパ』には何か奥がありそうだった。こっち方面で正解——。僕は思った。

「うん、私はパパこそがその怪盗デュークなのでは? と疑っている」内緒の話をするときのように、少し身を乗り出して言う陽世子。いちごも身を乗り出して陽世子の話を聞いている。

「何かそう思わせるものがあるのですか?」フムフムとうなずきながら本に万年筆を走らせる僕が訊く。


「同じくらいカッコいいのだ」

「……」——カッコいい? それだけ? 

「それに、パパはママ一筋だ。その証拠にママが亡くなってからも、ずっと一人でいる。私がいくらモーションをかけても全無視されるほどだ」また話が飛ぶ陽世子。もー、この人ってば——。

「お父様の愛がお母様へ一直線なのは理解できますが、二つ目のは違う理由でしょう?」

 僕のツッコミは無視した陽世子が少し間を置いて厳かに言った。


「実はその怪盗デュークも私が盗んだ赤ダイヤを盗んでいるのだ」

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