クライアント 古四季陽世子 2

 ここまでで僕に分かったことは、陽世子は何かを成し遂げた後、命を脅かす『偶然』に立て続けに遭遇していること。そして陽世子の運動能力は並大抵ではないこと。もう一つ、大変な度胸の持ち主であると言うことだった。

「そうですか、聞いていると何か陽世子さんがやり遂げたことがその度重なる『偶然』に関係しているように聞こえるのですが——」


「グッ——」陽世子があからさまに動揺を見せた。どうやらツボを突いたようだ。分かりやすい人である。

「いや、それはない……ない」自信がなさそうだ。陽世子は湯呑を揺すって中のお茶の葉が揺れるのを見つめている。

「お茶のおかわりいる?」いちごがそれをおかわりの合図と思ったのだろう、気をきかせたように訊いた。いちごはすっかり陽世子を気に入ってしまった様子だ。しかし、その割には陽世子の言っていることはあまり理解していないみたいだった。

「いや、お茶はもう充分いただいた。ありがとう」陽世子のほうもいちごには気を使っているようだった。

「どうですか? その『やり遂げたこと』と言うのが何かお話ししてくれませんか?」僕はそのツボをさらに攻めてみた。


「そう言えば……」


「そう言えば?」


「そう言えば私のパパは、花屋を営んでいるのだ」


「はぁ——、花屋ですか」ここで急にパパの話?

 突然、話題を変える陽世子に面食らいながらも話を合わせる僕。話題を斜めに飛ばしたように見せてオチでつなぐのかも知れないと思ったのだ。

「うん。パパは男手一つで私を育ててくれたのだ。大変だったと思う。特に私は小さい頃、重い病気を患っ《わずら》ていたし——」僕にはちょっと意外だった。このウルトラ健康そうな陽世子が重い病気で苦しんでいたのか?

「私の赤ん坊の頃の写真は全部、ミノムシみたいに全身布に巻かれてコケた頬の青ざめた顔をしている物ばかりだ。赤ちゃんと言うより、青白ちゃんだったのだ」陽世子は言った。その話は、にわかには信じられないほど陽世子は健康そうで、しかも強そうだった。——そしてオヤジギャグ好きだった。

「と言うと、失礼ですが、お母様は——」


「私がまだ幼い頃に亡くなってしまった。私はボンヤリとしかママのことを憶えていない」

「そうですか、寂しい思いはされましたか?」

「私とて、やはりママは恋しい。しかしそれを言ってはパパに申し訳がない。パパもママが恋しいに決まっている」

「お父様想いなのですね」意外と人の心を気遣う優しさを持っているようだ。そんな風に陽世子を評価した僕だった。


「私はパパが大嫌いなのだ。私の前でパパのことを話さないでほしい」

「え?」一瞬、頭の中が白く飛んでしまった僕——

——なんなのだ? 難しい女だ——自分からパパの話に飛ばしておいて、これだ。下手を打つと突然怒りだすようなタイプかも知れない。気をつけなければ——。

 僕は今度は陽世子に対する警戒を三段階くらい引き上げた。


「私のパパはかなりハンサムなのだ。実の娘だが惚れてしまいそうだ。それを世間が許さないのなら駆け落ちしてもいい。実際、何度か頼んだが断られた——」

「駆け落ちをですか?」思わず聞いてしまった僕だった。

「その話の最中であろう?」さらりとそう言う陽世子。

——そりゃ断られるだろう——て言うか、あなた、それもパパの話じゃん——。

僕はさらに一段、警戒レベルを上げた。合計四段階である。


「パパは花屋をやっていることもあって、おなじみの女性客が大勢いるし、私が見る所、ほとんどの女性客はパパ目当てなのだ」陽世子のそれはジェラシー一色に見える。自分以外は全部敵—— あきれる僕。


——って、あれ? 話が完全に脱線している。気がついた僕だった。陽世子が意図的に話をそらしたのかも知れなかった。


「いや、そうじゃなくて、あの——、えっと、そうだ。陽世子さんのやり遂げたことって、なんでしょう? と言う話をしてたのですが」


「秘密は守ってもらえるのだろうか?」おしゃべり陽世子がこればかりは言いにくそうに言う。

「勿論です。秘密厳守は当事務所の重要なポリシーです」僕はプロフェッショナルさを強調して自信を込めて言った。

「うん、それじゃ言うが——」陽世子は随分と、もったいつけた言い方をした。


「私は泥棒なのだ。その泥棒は今月いっぱい都内で開催されている『イヤリー王国の歴史展』から一粒のダイヤを盗み出したと言うワケだ」

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