十四話 イメチェン大会
風邪が治ってから数日が経ち、勇太郎が家に来る日となった。
「お邪魔しまーす」
「……はぁ」
「なぁ、俺の顔を見てため息つくのはやめてくれないか?」
「これからされることを考えたらため息も出る」
勇太郎曰く、「しっかりと身なりを整えれば、蒼は絶対にカッコ良くなる!」と言うことらしく、今日はイメチェン大会をする事になった。
容姿は抜群に良い勇太郎に言われてもピンと来ないが、一度やってみて考えるのも悪くはないだろう。
「とか言って楽しみにしてたんだろ? 病み上がりにも関わらずオーケーしてくれたんだし」
「今すぐ帰っても良いんだぞ?」
「じょーだんじょーだん」
俺が冗談ぽく怒った雰囲気を見せると、勇太郎は手を上げてワハハと笑う。
そしてそのままの調子で、リビングへとずかずか入り込んでくる。
「さぁてそれじゃあ何から始めるかな」
アニメのキャラがプリントされた鞄を漁りつつそんなことを呟いている。
「まぁ取り敢えず眼鏡は外してもらうか。コンタクトはあるんだろ?」
「あるにはあるけど……」
「それじゃあ、つけてこい」
「……りょーかい」
今日はとことん勇太郎の言いなりになる一日だと理解した。もう、どうにでもなれとと思い俺は洗面台へと向かった。
「戻ったぞ」
コンタクトをつけてから戻ってくると、テーブルの上に俺が見た事ない様なものが何個か置かれていた。
「おうおう、それだけでだいぶ印象が変わるな」
「それで、次は何をするんだ?」
「次はな。髪をセットしようと思う」
「髪? 俺やった事ないけど」
「俺がするさ。最初は難しいからな」
勇太郎は手に霧吹きとドライヤーを手に持っていた。
「そんなところからするのか?」
「髪を濡らすとこからセットだよ。常識さ」
「そうなのか?」
「そうそう」
勇太郎に常識を教えられるとは思わなかった。まぁ身だしなみのセットなんてこれっぽいもわかってないので、教えてもらうしかないんだが。
「ほらほらおいでよ。痛くはしないから」
「気持ち悪い」
「ニチャア」
「頭叩き割るぞ」
「いてっ!」
俺が下手に良いことに調子に乗ってきたな。それを制止するように少し強めに頭を叩く。
「彼女にもそんなことしてるのかよ」
「してるわけないだろ。何言ってんだ。女の子は繊細なんだ」
「うぜえ」
「何だよお前から訊いてきたのに」
「訊くんじゃなかった」
先ほどまでの気持ち悪い声から一転して、いつも通りの声で返事してくる。
はぁ。謎の神経がどんどんとすり減らされている気がする。
「もう良いから始めてくれ」
「おうよ」
勇太郎もそろそろやりとりに満足したのか、素直に返事をして髪を霧吹きで濡らしていった。
「お前は髪質はいいよな。サラサラだし」
「そうか?」
勇太郎は俺の髪をくしで解いている。
自分ではその自覚は全くなかったため、そうなのか、と他人事レベルで思うことしかできなかった。
「それじゃあドライヤーしていくぞ」
「ほーい」
髪をあらかた濡らし終わると、ドライヤーを始める。
俺がいつもやっている雑なやり方ではなく、優しく髪を包み込むような乾かし方だった。
勇太郎相手にも関わらず気持ち良くなってしまう。
「こんなもんかな。次はヘアアイロンとワックスだけど、どんな髪型にしたいとかあるか?」
「ないな。似合うやつなら何でもいいよ」
「もっと興味持てよな。自分の事なんだからさ」
そう言いつつも少し楽しそうにアイロンをかけてくる。
「楽しそうだな」
「人の容姿を綺麗にするのは楽しいぞ」
「そういうものか?」
俺には全くわからんな。ただただめんどくさそうだ。自分のですらやりたく無いのに。
「そろそろ完成するぞー」
「長かったな」
髪のセットを始めてからゆうに三十分は経過していた。
しかしもう終わるらしく、ワックスを準備し始めていた。
「これで……よし! 出来たぞ」
「お、おう」
始めてから一時間弱、ようやく完成したようだ。
「気になるから見ていいか?」
「ここまできたら最後までお楽しみにしとこうぜ」
「それもそうか」
確かに中途半端なところで終わらすより、しっかりと全て終わらした後の方が驚きも増えるだろしな。
それから勇太郎がわざわざ買ってきたらしい、服を着こなし、最後の仕上げのようなものを終わらした。
「ようやく終わったぞ!」
勇太郎は満足そうな声をあげている。
最初は嫌だったが、どんどんと進んでいくうちにどんな姿になるんだろうとワクワクしていたため、俺も嬉しくなってくる。
「早速見に行っていいか?」
「ああ。行ってこい」
少し胸を躍らせているのを勇太郎に気づかれないように洗面台へと向かう。
「これが俺……?」
鏡の前に立ってみると見たことない男が前に立っている。そう感じさせるほど、全くの別人に成り代わっていた。
しっかりと整えるだけでここまで変わるのか。確かにこれなら多少の自信も湧いてくる。
「どうだ? 俺の言った通りだろ?」
リビングへと戻ると、勇太郎がニッカリと笑いながらそう訊いてくる。
「悔しいがお前の言う通りだな。ここまで変わるとは」
「だろ? お前は元の顔はいいんだから、これからもしっかりと手入れしろよ」
「それは出来たらやるさ」
「もったいねえな」
確かにここまで変わればやる気も出てくるのだが、俺がやっても出来るようになる未来が見えない。
もし恋でもしたら、身なりに気を遣おうと思うようになるんだろうか。
「それで何安心しきってんだよ」
「えっ?」
「今からが本番だぞ」
「どういう……?」
「隣人さんの家にいくぞ」
「はぁ!? 何言ってんだ」
まずい。勇太郎はこれが狙いだったのだろうか。学校の誰かに隣が西園寺先輩だとバレたら学校に居づらくなるぞ。
「それはダメだ!」
「何でだよ。チャンスじゃねえか」
「それはな……」
くそ、ニヤニヤとしている勇太郎の顔が腹立たしい。さっきまで感謝の気持ちがあったのに、それが消え失せるほどだ。
そんなことを考えつつ、言い訳を口にする。
「確か、今日は出かけるって言ってたし、居ないと思うんだ」
「マジか? それは残念だ」
「だろう。だから次の機会にでも——」
もうすぐで切り抜けれる、そう思った時俺の家のインターホンが鳴った。
俺の家に訪ねてくる人なんて、勇太郎を除いて一人しかいない。
(先輩が家に来たのか……)
そういえば、あれからいろいろあって今日友人が来ていることを伝えるを忘れていた。
完全に焦っている俺の姿を見て何か察したのか勇太郎はニヤニヤとした笑い顔に戻った。
「出ないのか? なら俺が出てやるぞ」
「ま、まて! 俺が出るって!」
「焦ってるのが怪しいなぁ」
そんなことを言って俺を煽るような言葉を発しながら、玄関の扉を開ける。
「あっ、由崎君。頼みたい……こと……が……」
先輩はいつも通りのプライベートの雰囲気から一転して、徐々に呆然とした雰囲気に変わっていった。
俺はもうどうすることもできず、頭を抱えるしかなかった。
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