十三話 先輩の看病、後編

「これで終了だね」

「……ふう」


 先輩が終わりを告げて、地獄なのか天国なのかわからない時間が終わった。

 服を着終わったのでもう振り向いていいかと思い先輩の方へと体を向ける。


「ありがとうございます! ほんとにスッキリしました」

「それは良かったよ!」


 先輩は意気揚々とそう返してきた。しかし、顔がほんのりと赤くなっている事に気がついた。


「先輩。もしかして、俺の風邪移りましたか?」

「えっ? なんで?」

「顔が赤くなってますし。少し息も荒くなってます」

「そんな事ないから大丈夫だよ! それより由崎君、お腹空いていない?」

「えっ? 確かに朝から何も食べてないので、多少は食べた方がいい気もしますけど」

「でしょ! 私お粥作ってくるから由崎君は休んでて」


 そう言い残すと先輩は凄い勢いでこの部屋から去っていった。

 ちょっと様子がおかしかったけど別に風邪という感じではないし、大丈夫だろう。


 先輩がお粥を作り終わるまで、時間があるので一息付き、横になり休む事にした。


「う、うーん……」

「あ、起きた?」

「……先輩?」


 横になるだけのつもりがいつの間にか、眠ってしまっていたみたいだ。今まであんなに寝ていたのにまだ寝れる自分に驚きつつも、体を起こす。


「どれくらい寝てましたか?」

「うーん、一時間くらいかな。食欲はある?」

「あっ! そういえばお粥を作ってくれてたんですよね」

「うん。でも、しんどいなら無理して食べなくてもいいからね」

「頂きますよ」

「そう? なら持ってくるね!」

「ありがとうございます」


 先輩は俺が食べると言うのを聞くと、お粥を取りに行った。

 先輩が出ていった後、頭がひんやりしているのに気がついた。


「冷却シートが貼られてる」


 額をさすってみるとサラサラとした感触があった。俺の家にこんなものは常備していないので、先輩が持って来てくれたのだと思う。

 先輩には頭が上がらないな。これがお返しなんて貰いすぎてるくらいだ。俺もいつか先輩に何かの形で返せれたらいいな。


 なんてことを考えていると、先輩が小さい鍋を持ってきた。


「熱いから気をつけてね」

「分かりました」


 先輩の忠告に頷いて、スプーンを手に取る。


「あっ……」

「どうかしました?」

「あ、いや。流石に一人で食べれるか」

「そこまではひどくないので大丈夫ですよ」


 何か勘違いをしていたのだろうか。あたふたと慌てていた。そして顔がカァーッと赤くなるとそれを隠すように俯いた。


「何かあったんですか?」

「ううん。何でもないよ! さあさあ食べちゃって」

「……はい? いただきます」


 先輩の様子に少し違和感を覚えたものの、触れない方がいいと思い、お粥を食べる事にした。


「……あったまりますね」


 風邪の時はどんだけ暑くても、寒く感じてしまう。そんな体を中から温めてくれる感じだった。


「家にあった梅干しとか、漬物とか持って来たからそれと一緒に食べてね」

「うわぁ……。ありがたいです。俺梅干し大好きなんですよ」

「そうなんだ! ちょっと意外かも」

「おじさんくさいとは友達に言われましたね」


 あははと笑いながら言いつつも、その時に勇太郎に煽られたことを思い出すと、少しイラッとしてしまった。

 風邪のせいで短気になっているのかもしれないな。


 何はともあれ先輩が持ってきたおかずのおかげで、ご飯がどんどんと進んでいった。風邪だから、いつもよりは食べれなかったが、それでも満足度は相当高かった。


「美味しかったです」

「いい食べっぷりだったよ。この調子で風邪も治ったらいいね」

「次の日には治ると思いますよ」

「ほんと?」

「はい。先輩のおかげで元気が戻ってきましたし」

「それは良かったよ」


 ふぅ、と安心したように息を吐いていた。先輩のせいで変なことを考えてしまったこともあったけど、それを含めても、とても元気がもらえた。


 そして、先輩は食べ終わった食器を片付けてくれた。それから戻ってくると、


「それじゃあ私はそろそろ帰るね」

「そうですね。もうこんな時間ですし」


 時計を見ると針はもうすぐ八時を指しそうになっていた。それまで先輩はご飯も食べず、着替えもせず、ずっと看病してくれたのだ。

 本当に感謝してもしきれないよ。


「一応市薬品置いとくね。嫌なら飲まなくてもいいから」

「薬まで……本当にありがとうございます」

「良いんだよ。これはお返しなんだから」


 ふふっと先輩は微笑んでいた。


「それじゃあ、何かあったらいつでも連絡してね」

「分かりました。今日は本当にお世話になりました!」

「それじゃあ明日は元気な由崎君を楽しみにしてるよ」

「はい!」


 この会話を最後に先輩は自分の家へと帰っていった。


 今日の先輩は今までで一番『聖母』と呼ばれるのを納得させられた一日だった。

 それでいて、子供ぽい無邪気な笑顔を見せてくれ時もあって、先輩と話すようになってから、本当に飽きないな。


 家の事はほとんど先輩がやってくれてたので、俺は先輩が持ってきた薬を飲んで、寝るだけだった。

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