十二話 先輩の看病

「マジか……」


 次の日の朝、やけに体がだるいなと思い熱を測ってみると三十八度七分。誰がどうみても高熱である。

 熱があると分かった途端、急に頭がボーッとし出して何も考えられなくなっていった。


 取り敢えず、学校には連絡して今日は休む。そのままほとんど働いていない頭を休めるように再び眠りについた。


「……もうこんな時間か」


 目が覚めるととっくに下校時間へとなっていた。ここまでずっと熟睡したのは初めてだ。朝から夕方まで一度も目を覚まさないなんて……。

 しかし寝ていたおかげか随分と体が軽くなっている気がする。


「でもまだ三十八度もあるのか」


 この熱に体が慣れてきたのだろうか。朝よりかはだいぶマシにはなっていたものの、熱が下がったわけではないようだ。


 その時インターホンが鳴った。


「もしかして先輩か? もしそうだったら変に罪悪感を負わしてしまうかもしれない」


 先輩には熱が出たことは伝えていない。しかし学校のどこで俺が休んでいることを知ってもおかしくはない。


 恐る恐る玄関の扉を開ける。


「先輩?」


 嫌な予感が当たってしまった。目の前に立っているのはハァハァと息を切らした先輩だった。


「熱は!? 体調は大丈夫?」

「そ、そんな心配しなくても平気ですよ」

「そうは見えないけどな」


 先輩はジトっとした目でこちらを怪しそうに見つめてくる。

 確かに顔は熱っている気がするし、まだ少し体はだるいけど。


「でも、休むって先輩には言ってないのに、どうして分かったんですか?」

「今日全校集会があったんだよ。それで由崎君が見当たらないなって思ってもしかしたらって……」

「なるほど……」


 先輩を心配させないように話を変える。

 まさか、今日が全校集会だったとは。生徒会長はたまにしか見ないし、集会で何かある時は毎回先輩が前に立っているから、その時に確認したのだろう。


「そういう事だから由崎君はゆっくり休んでて。何かして欲しい事があればするからね」

「そんな、悪いですよ。朝に比べると平気になってるのは本当ですから」

「それじゃダメなの。元はと言えば私が悪いから」

「俺が勝手にやった事ですから」

「なら、私も由崎君の看病を勝手にやるね」

「うっ……」


 やはり、先輩は罪悪感を感じていたらしい。ずっと心配したような顔でこちらを見てきてる。

 気にする必要はなかったのに、そこまで言われると断りきれなかった。


「分かりました。でも気にしないでくださいね。俺は大丈夫ですから」

「うん。今日の看病でおあいこだからね」


 俺が素直に頷くと、ニコッと笑顔になり先輩は準備をすると言って、一旦自分の家へと戻っていった。



「まず何しようか?」


 色々と準備をして戻ってきた先輩はまるで指示を待つ子犬のようにちょこんと俺の隣に座った。


「あ、汗かいたのでタオルと着替えが欲しいですね」

「りょーかい」


 要求を受け入れると先輩はそそくさと着替えとタオルを取りに行った。

 何だか小さい頃に戻った気分だ。風邪をひいたら母親が何でもしてくれる、そんな小さい頃。

 頭がボーッとしているためか何故か、昔のことが良く思い出される。


「持って来たよー……ってやっぱりしんどそうだね」

「あはは……」

「風邪をひいたら誰でもしんどいか……」


 先輩は小さくそう呟くと、何か決心したような顔でこちらを見てくる。


「由崎君後ろ向いて。私が由崎君の体を拭くよ」

「えっ? な、何言ってるんですか! それくらいは——」

「だめ、病人は大人しく看病されとかないと」


 俺の言葉を遮って先輩はタオルをお湯に浸して濡らすと、そのまま俺の服を脱がそうとしてくる。


「わ、分かりました! せめて服は自分で脱ぎます」

「そう?」

「はい」


 何だかいつもの先輩とは一味違うような気がする。少し強引で、自分の意思を貫き通そうとしてくる。

 俺は観念して服を脱ぐ。


「由崎君、絶対に後ろ振り向いちゃダメだよ」

「分かりました」


 どうしてかはわからなかったものの、先輩がそう言ったので素直に頷く。


 先輩がタオルを絞る音が聞こえてくる。そしてゆっくりと背中にタオルがあった。あったかくて気持ちいい。ベトベトとした汗がどんどんと拭われていく。


 こんな事先輩にしてもらっているなんて……。


「どう気持ちいい?」

「はい。最高です……」

「じゃあ続けるね」


 先輩の言葉にこくりと頷く。人にやってもらっているおかげか、自分ではなかなか届かないところも、しっかりと拭かれるため気持ちよさが増していく。


 先輩はこの状況に何も感じていないんだろうか。

 先輩に肌を見せる事自体俺は恥ずかしかったのだが、臆する事なくドンドンと拭いているところで、そんな気持ちは全然ないのだろうと感じる。


「それじゃ前も拭くね」

「えっ!前は」

「そのままでいいからね」

「……はい……」


 後ろだけかと思っていたら前まで拭くというのだ。ドキドキと鼓動が早くなっていく。 

 緊張しているのがバレないだろうか。


 そしてまた優しくタオルが届いてくる。

 先輩のきめ細やかな手がすぐ近くに見えた。どう手入れしたらここまで綺麗になるのかと言うほど、細く荒れているところがない指だった。


 ぽよん


 そんな時、背中に何か柔らかいものが当たった。一瞬気のせいかと思ったが、この感触は本物だ。


「……先輩、背中に何か当たってませんか?」

「…………うん? 気のせいだと思うよ」


 少し長めの沈黙の後、そう返事が帰ってくる。気のせいか。いや、先輩がそう思っているのだから、そう思い込むしかない。


 そんなことを考えつつ、先輩が拭き終わるまで、俺はその感触を堪能する事になってしまった。

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