十話 先輩視点

 バタンと扉が閉まり蒼は走っていった。


「由崎君は本当に優しいな」


 麗奈は蒼が出ていったのを見ると、ぽそりと呟いた。


「いつだって由崎君は優しい。話すようになったあの虫の時から、今までずっと」


 つい最近の出来事だというのに少し懐かしくなってしまう。蒼と話したことをを思い出しているといつの間にか麗奈の目から幾筋かの涙が流れてきた。


「あ、あれ? なんでだろう……。こんなに鍵を無くしたのが心配だったのかな」


 麗奈はゴシゴシと目を擦るとその涙を隠すようにお風呂場へと向かった。


「こんなに目が腫れてたらから元気だってバレてたかな」


 お風呂場にある鏡を見つめながらアハハと乾いた笑い声をあげる。

 蒼を心配させないようにと元気な顔を見せていた麗奈だったがこんなところで爪の甘さを感じてしまう。


 それに気づいてたから蒼はあそこまで気丈に振る舞ってくれたのだと、気付くとなんだか申し訳ない気持ちになる。


「なんだか逆に気を遣わせちゃったな」


 お風呂の湯に浸かりながら改めて蒼の優しさが身に染みて感じていた。


 お風呂にずっと浸かっていると少しずつ、心の重荷のようなものが軽くなっていった。


「本当に鍵が見つかるのかな」


 何も考えられなくなかった状態から、鍵の心配ができるほどに落ち着いていた。

 蒼はあそこまで堂々と見つけてみせると言ったのだ。しかし、麗奈が通った道を一通り探してみても見つかっていないのだ。

 そんな簡単に見つかるはずがないのだ。


 しかし麗奈も蒼を信用していないわけではない。むしろ信用しすぎているくらいだ。だからこそ、心配になる。


「由崎君なら見つけるまでずっと探し続けるんだろうな。どれだけドロドロになっても」


 蒼は絶対に無理をする。そんな確信が麗奈にはあった。今までの蒼を見ていれば十分に考えられることだ。


 それなら麗奈ができることといえば……。

 パシャパシャと湯船のお湯で顔を洗い立ち上がる。


「しっかりと由崎君を出迎えないと」


 今の自分のやるべきことを考えて、お風呂場を後にする。



「やっぱり大きいな。でも、なんだか落ち着く……」


 蒼から借りたシャツとズボンを着てみるも、当然ダボダボになっていた。

 しかし、全身からいつも匂ってくる蒼の匂いがして、なんだか落ち着いてくる。


「って、そんなことを考えるている暇はないの!」


 頬をぱしんとたたいて気持ちを切り替える。


「まずはタオルだよね。それにお風呂は、私が入った後だけど……でも勝手にお湯を換えたら水道代がかかっちゃうよね……」


 蒼が帰ってきたら求めそうなことを、片っ端から考えていく。

 お風呂の湯を変えるか悩んだものの結局変えることにした。しっかりと洗ってお湯を溜め直す。

 知人とはいえ異性の入ったお湯に入るなんて嫌だよね。後から料理とかで返せばお金もなんとかなるよね。


 お風呂周りのことが終わり、次は体が温まる料理を作ろう。雑炊とかなら簡単に作れて体も温まるし。


「勝手に食材を借ります……ごめんなさい」


 冷蔵庫の前で合掌を一つ入れてから、冷蔵庫を開ける。

 中は閑散としていたが、助かったことに卵と冷凍のご飯があったためそれでサクッと作りおわった。


「とりあえずこれくらいやっとけば大丈夫かな……」


 一通り終わってふぅと一段落つく。

 それから少し待っても蒼は帰ってこなかった。


「大丈夫かな……。私もやっぱり探しにいった方が……」


 そう一瞬考えたが思いとどまる。


「私、下着つけてないんだった……」


 雨で下着までびしょびしょになっていたのだ。服の替えを持っていないのに下着の替えを持っているはずもなく、つけることができていなかった。


 こんな状況で外に出るなんて……。雨も降っているし余計に……。


 それに、蒼にも「休んでて」と言われたことを思い出す。


「それなのに私が探しにいったら、由崎君を信用していないみたいになる」


 そうやって思われるのは避けたかった。いつまで一緒にいるかはわからないけど、ここ最近は蒼のおかげでより楽しく過ごせているのだ。

 だから蒼を失望させるようなことだけはさせたくない。


「後十分。後十分で帰ってこなかったら私も探しに行こう」


 後十分で鍵を探しにいってからちょうど一時間になる。それで帰ってこなかったら、何が何でも探しに行くべきだ。


(由崎君に嫌われることになったとしても)


 そう決心すると同時に扉が開いた。

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