九話 先輩の鍵

 その日の放課後。

 昼の快晴とは程遠い、雨が少しずつ降り始めたジメジメとした天気になっていた。


「こんな日に限って日直だなんてついてないな」


 今日は日直だったため、帰りが遅くなっていた。

 生徒会の仕事は最近は少ないと言っていたし、先輩はもう帰っているだろう。帰ったら昨日もらったタッパーを返さないとな。


 そんなことを考えつつ家の前に着いた。 

 そこにはポツンと一人佇んでいる先輩の姿があった。


「先輩? どうしたんですか?」

「由崎君!」


 先輩は顔を上げて俺の顔を見るなり、安心したようにホッと息をついた。

 そして明るい顔に変わるといつも通りの声のトーンで説明してきた。


「帰りに鍵を落としちゃったみたいなんだ」

「えっ!? それってやばいじゃないですか!」

「うん。でも、どうしようも無くって。今大家さんいないし」

「確かにそれはそうですね……」


  先輩は俺に心配させないためだろうか。無理に元気を出して話しているように感じられた。

 その証拠に先輩の目元は赤く腫れていた。そこはどう繕っても隠せない。鍵を落としていつも通りに話すことなんてできるわけがないから当たり前だ。


「とりあえず俺の家に入りましょう。こんなところにいたら風邪をひきますし」

「ありがとう! それじゃあお言葉に甘えるね」


 こんなところで話しても、寒いだけなので先輩を安心させるためにも一旦自分の家の中へと案内した。


「先輩。これタオルです」

「あ、ありがとう!」


 鍵が無いのに気づいて探し回ったのだろう。先輩の靴はドロドロで、制服は中が透けるほどびしょびしょに濡れていた。

 俺はそんな先輩をできるだけ見ないようにしながら話を続ける。


「お風呂も沸かしておいたので、良ければ入ってください。着替えは俺のでよければありますけど」

「本当に何から何までお世話になっちゃってごめんね」

「いえいえ。困った時はお互い様ですよ」


 先輩には風呂に入ってもらうことにした。

 今はお風呂にでも入って落ち着いてもらうことが先決だろう。

 俺にはそんな姿を見せなくても、鍵が無くて今先輩は不安なはずだ。だからこそ俺はできるだけ気丈に振る舞う。


「それじゃあ俺は鍵を探してきますので、先輩はゆっくり休んでてください」

「そんな! そこまでさせられないよ。雨も降ってるんだし」

「これくらいの雨ならどうってことないですよ。それに鍵が無かったら困るじゃ無いですか」

「それはそうだけど……」

「なら任せてください。必ず見つけてきますよ」

「…………」


 先輩は俯いた。多分心の中で葛藤が起きているのだろう。

 しかし数秒後、決心がついたのか顔を上げてこちらを向く。


「由崎君。よろしくね」

「はい!」

「でも、無理だけはしちゃダメだからね」

「もちろんです」

「なら、よろしく……ね」


 俺は先輩の言葉に大きく頷いた。最後に少し心配そうな顔をしていたので、勇気づけるよう出来るだけ笑顔に。

 その俺の姿を見て安心できたのだろうか、先輩が一瞬笑ったのを見て、俺は家から走り出した。




「探すのは良いけどどこから探すか……」


 家から出た後もう少し話を聞くべきだったと後悔した。

 とにかく先輩を元気づけようと気丈に振る舞っていたのが裏目に出たのかもしれない。


 でも、先輩が鍵に付けている鈴のキーホルダーは見たことがあるのでそれを、頼りに探していくしかない。


 俺はそう思いつつ、先輩が歩きそうな道のりを慎重に歩いていく。


「傘だけでも持ってくるべきだったな。メガネが曇って見えなくなってきたぞ……」


 歩いていくうちに雨が本降りになってきた。今までの雨の量なら耐えれていたのだが、この量は少ししんどいな。


 びしょびしょになった服でメガネを拭いて、少しでも見やすくしてまた歩き出す。


 一旦帰ることも考えた。しかし、鍵も見つからず帰ってきたら、先輩になんて顔向けすれば良いのかわからない。


 家から学校へと続く道をしらみつぶしに探していく。草むらの中に落ちていないかとか、ちょっとした穴の中に落ちていないかなどを確認しながら。


「……またハズレだ」


 ちょっとでも光るものがあれば手に取ってみる。しかしほとんどが何かの部品だったりする。


「ここに無かったらもうどうしようもないな……」


 まだ探していない最後の一本道。

 今日は雨も降っているし、そんな寄り道して帰ることは無いだろう。

 そうなってくるともうこの道しかあり得ない。ここに無かったら、素直に諦めて他の方法を探してみるしか無い。


「これは……」


 草むらの中にキラキラと光るものがあった。

 これであってくれと願いつつその物体を手に取る。


「…………やった……!」


 鈴のキーホルダーがついた鍵だった。鍵も俺のとかなり似ているため、間違いなく先輩のだろう。


「早く帰って先輩を安心させないとな」


 先ほどの心が晴れない心境とは打って変わり、一気に心が明るくなった。

 そして、俺は小走りで先輩の待つ家へと帰っていった。

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