七話 鯛料理、実食編
「出来たよー!」
先輩が両手に皿を持ちながらリビングへと歩いてきた。
もう時刻は六時をまわっており、外も少し暗くなってくる頃合いであった。
そんな中、出された料理の数々に俺は目を奪われた。
「めちゃくちゃ美味しそうですね」
「自分で作ったのもあるんだよ?」
「でも、先輩のレシピ通りつくっただけですから。それにほとんど先輩が一人で作ってますし」
「確かに、それはそうだね」
そんな他愛無い会話もそこそこに、お箸を手に取った。
「いただきます」
「いただきます」
煮付け、唐揚げのおかずに加えて、炊き込みご飯に味噌汁。この四つの料理がそれぞれの良さを出した上で、目の前に置かれている。
俺はいつの間にか唐揚げに手が伸びており、そのまま口に放り込んだ。
「うまい!」
美味しすぎて語彙力がなくなってしまうとはこのことだろう。
食レポぽく外はサクサク中はジューシーみたいな言葉なんて出てこない。ただただ「うまい」この一言に尽きる。
そのままの調子で煮付けに手を出した。
「…………」
「……美味しくない?」
「えっ、いや! めちゃくちゃ美味しいですよ!」
「よかったー」
思わず固まってしまった。理由はもちろん料理がうますぎるからだ。
口の中に入った鯛がほろほろと溶けていく。とにかく美味かった。この感触とタレの味を一生味わっていたいと思うほどだ。
「先輩って料理本当に上手ですよね。誰かに教えてもらったんですか?」
「おばあちゃんかな。元々料理人だったおばあちゃんが居てその人に教えてもらったんだ」
「そうなんですか!」
「うん。このこと知ってる人少ないかもね」
そう言いつつ一口サイズに切られた煮付けを口に運んで、舌鼓を打っていた。
そんな先輩を見ながら話を続ける。
「それじゃあ先輩はおばあちゃんっ子なんですね」
「うーん……確かにそうかも。両親は仕事で忙しくてほとんど家に居なかったし」
「先輩のおばあちゃんってとても良い人なんですね」
「どうしてそう思うの?」
「先輩がこんなにも良い人だからですよ。勉強も家事も出来て性格もいい人なんて、育てる人がいい人じゃないと育てれないと思うんですよ」
「っ……!」
先輩は恥ずかしそうに俯いていた。俯いてもわかるくらいに顔が真っ赤になっていた。
「そ、そんなふうに思ってたんだ」
「えっ……」
先輩の言葉に先程放った言葉を思い返す。
めちゃくちゃ上から生意気なことを言ったような気がする。
「ご、ごめんなさい! 上から何言ってんだって話ですけど」
「いやそう言う意味じゃないよ!」
先輩は勢いよく否定してきた。
「そんな面と向かって褒められたの初めてだったから、ちょっと恥ずかしくなっただけで」
「なるほど。でも意外です。先輩褒められることには慣れてそうだったので」
「噂とかまた聞きとかではあるけど面と向かっては無いんだよね」
「あー……」
なんとなくわかる気がする。自分もさっきは無意識だったから言えたけど、褒めようと思えば思うほど口に出せない気がする。
「先輩って近寄りがたい感じはありますからね。高嶺の花って感じで」
「そうかな……いや、でもそうだよね」
「はい」
先輩は一瞬悩む素振りを見せつつも、苦笑しながら納得していた。
やっぱり少しは自覚があるんだ。
「どういうところが近寄りにがたくしてると思う?」
「うーん……完璧すぎるところだと思いますよ。逆に自分は先輩の天然なところを見て話しやすくなりましたし」
「やっぱりそうだよね。……でもね」
前置きを置いて話を続ける。
「小さい頃から完璧にしてるとおばあちゃんに褒められたんだよ。それが嬉しくてなんでも努力してたから、それが今まで続いているから今更止めるのも難しいし……」
「……先輩はどうしてもそういう印象を変えたいんですか?」
「え?」
少し迷ったが素直に思った事を訊いてみることにした。
「まぁーもっと話したい気持ちはあるよ。女子だけじゃなくて男子とも」
「そ、そうなんですか」
少し胸に違和感を感じた。何なんだろうかこの気持ちは。
「でも、そんなに早く変わることじゃないですし、ゆっくりでいいと思いますよ」
と、勝手にそんな言葉が出ていた。
「そうかな?」
「はい。それにいきなり変わっても驚くだけだと思いますよ」
「確かに、それもそうだね」
先輩は悩んでいた顔をパッと明るい顔に戻して、うんうんと頷いていた。
……って俺は何で先輩がやろうとしていたことを否定したのだろうか。別に悪いことじゃないはずなのに。
先輩のことが諦めきれていないとか。いや、それは無いはずだ。それに、先輩をそういう目で見てたらこの美味しい料理が食べられなくなる。
それだけは避けなければならない。
そんな事を考えながら残り少なくなっていた唐揚げを口に放り込んだ。
「今日はありがとうございました!」
「こちらこそ! とても楽しかったよ」
鯛料理をお腹いっぱい堪能して、帰る時間となった。
「これ作りすぎちゃったから貰ってくれると嬉しいな」
「ありがとうございます! 絶対貰います!」
「そんなに?」
俺の必死さに先輩は笑いを堪えきれない様子だった。
少し残っている唐揚げ、煮付け、そしておにぎりにされた炊き込みご飯。
全て美味しかった今まで食べた中で一番と言える出来のものばかりだった。それを持って帰っていいなら必死になるに決まってる。
「それじゃまた明日です」
「うん! それじゃあね」
手を振りお見送りしてくれる先輩に、手を振りかえしながら玄関の扉を閉めた。
「…………っあ! ゲーム機」
自分の家に帰って少し経った時、忘れていたゲーム機の存在を思い出した。
先輩の家に置いてきたらしい。
「先輩。お邪魔しまーす」
さっきぶりだし、もう入っていいだろうという浅はかな考えからノックを二、三回して中に入る。
「あっ……」
「……えっ?」
俺が中を見ると、忘れていたゲーム機を使って先輩がゲームをしていたのである。それもちょこんとテレビの前に正座して。
「こ、これはね……」
「大丈夫です。言わなくてもわかりますから」
「違うの! 由崎君が忘れてて、それで練習しようと」
「先輩に貸すので大丈夫ですよ」
「本当? ……ってそうじゃなくてー!」
ゲームを気に入ってもらえてよかったな。
今日は本当に驚きの絶えない一日だったと改めて感じた。
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