五話 先輩とゲーム

 ピンポーン

 インターホンの音が鳴り響く。今日は親睦会の日だ。多少の遊べる物を持って先輩の部屋の前に立っていた。


「あっ、由崎君! どうぞー。もうすぐお昼ご飯ができるから」

「それはタイミング良かったみたいですね。お邪魔します」


 ドアが開き先輩が出てくる。白色のパーカーと、膝あたりまで伸びた紺色のスカート。

 シンプルな服なんだろうけど、着る人が良いだけで一気に印象が変わるから不思議だ。


 そのまま先輩に案内され部屋へと向かう。

 部屋に入るとはチーズの匂いが鼻に通ってくる。この独特な匂いは嫌いな人もいると思うが、俺は好きである。


「良い匂いですね」

「ほんと? あとは麺をあげるだけだからここらで待っててね」

「はーい」


 先輩の言葉に素直に返事をしてテーブル近くに腰掛けた。俺を案内するとすぐにキッチンへと戻っていった。


 このチーズの匂いといい、麺をあげるだけだからと言っていた言葉からパスタだろうな。


 そんな事を待ちながらぼうっと考えていると、お皿を持った先輩がこちらへとやってくる。


「おまたせー!」


 予想通り先輩が持ってきた料理はカルボナーラだった。ミルキーな匂いがこの部屋全体を包み込む。


「いただきます」

「どーぞ。召し上がれ」


 フォークに麺を巻き付けて口に運ぶ。

 麺は程よく柔らかく、ソースの匂いと味が口いっぱいに広がる。まろやかな味の中にコクがしっかりと感じられる。

 それなのにとても軽くどんどんと食べ進めることができる。


「めちゃくちゃ美味しいです!」

「良かった」

「これは店に出せるレベルですよ」

「それは褒めすぎだって」


 そんな事を言いつつもどこか嬉しそうな先輩。

 俺の感想を聞いた後、先輩もカルボナーラを食べ始める。

 クルクルと器用に巻いている。俺のとは段違いで綺麗な形になっている。

 一人でパスタを食べるときは啜って食べるためか、俺はフォークに巻き付けるのは慣れていない。


 そういう差が出るんだなあと思いつつ、俺はまたカルボナーラを食べ始めた。




「ごちそうさまでした」

「お粗末さま」


 昼食を食べ終わり片付ける。

 ふう、と一段落がついて落ち着いた時間が流れる。


「そうだ先輩。ゲーム持ってきたんですけど一緒にやりませんか?」

「私ほとんどやったことがないけど、大丈夫?」

「基礎的なことは教えますし大丈夫ですよ」

「ならやってみようかな」


 俺は持ってきたバックからゲームを取り出し、コントローラーの一つを先輩に渡す。

 勇太郎が家に来る事もあるため、コントローラーは二つ常備してある。それがこんなことでも役に立ってくれた。


 先輩の家のテレビにゲーム機を取り付けて、準備を整える。

 やるのは国民的な横スクロールゲームである。日本人なら一回は確実にやったことがあるだろうと言うほど人気なゲームだ。


「これをやったことは……?」

「うーん。無いかなぁ。まず家にゲーム機がなかったから。やったことがあるゲームなら……花札とか?」

「あはは……そうなんですね」


 先輩の返答に笑うしかなかった。花札はゲームの内に入るのだろうか。

 コンピュータゲームをやったことは本当に無いんだなと実感させられる。


 先輩に基本的な操作方法を教えて、1面をやってもらう事にした。


「由崎君はやらなくても良いの?」

「はい。見てるだけでも楽しいので」


 この言葉は嘘では無い。先輩のゲーム内の動きが面白く飽きが来ることはなかった。


「えっ、ちょ、待って!」

「…………」


 GAME OVER


 画面にそう映る。

 まさか1—1もクリアできないとは思わなかった。

 穴に落ちたり、最初の歩いてくるだけの敵に突進して行ったりと、五機あった残機が一瞬で消え去った。


「終わっちゃった……」


 先輩ゆっくりと後ろを振り向いてきた。そして弱々しい声で一言そう言ってきた。

 とても小さい子みたいな反応で可愛らしかった。


「だ、大丈夫ですよ! ほらやり直しできますし」


 俺はコンテニューのボタンを押して、もう一度やってもらう事にする。

 しかし先輩はコントローラーを俺に渡してきた。


「由崎君のお手本見せて欲しいな」

「手本ですか。わかりました」


先輩からコントローラーを受け取り、難なく操作する。

 1—1はクリアできて当たり前なため、ものの数分でクリアした。


「す、すごい……」

「そんな驚くことじゃないですよ」

「いやいや、すごいよ! 良くあんなにサクサクいけるね」

「慣れれば先輩でもいけると思いますよ」


 俺はゲームが上手い方ではない。だから、こんな風にゲームでもてはやされることがなかったため、少し嬉しい気持ちになる。


「もう一度やってみましょう。わからないことがあったら教えますので」

「うん!」


 先輩はもう一度コントローラーを手に取り操作し始める。

 いくらゲームをやったことが無くても時間をかければ上手くなる。おぼつかない操作ながらもどんどんと前に進めていく。


 そして


「やった……。ボスを倒した」


 遂にボスを倒して1面は全てクリアする事を達成した。

 思った以上に時間がかかったが、先輩の嬉しそうな顔を見て提案して良かったと思えてくる。


「おめでとうございます!」

「由崎君が手取り足取り教えてくれたおかげだよ!」

「ってすみません! 勝手に手を握ってしまって!」

「……ううん。大丈夫だよ」


 俺たちは思いの外熱くなっていたようで、手を取り合って喜びを分かち合っていた。

 その事に気がついて急いで先輩の手を離した。


 それにしてもまさか、先輩がここまで成長するなんて……。

 今までの成長を見守ってきた親のような気分になった。


「どうします? 続きしますか?」

「慣れてきたしもうちょっとやりたいんだけど……」


 先輩はチラリと時計に目を向ける。もう時刻は四時を回っていた。昼に来て、ほとんどゲームをするだけでこんなにも経ってしまった。


「……そろそろ料理しないと間に合わないかな」

「そんなに時間かかるんですか」

「うん。結構たくさん作ろうと思ってるから」


 先輩は少し考える仕草を見せると、すぐにそう呟いていた。

 まぁ料理のことはからっきしだし、先輩が言うならそうなんだろう。


「それじゃあ片付けて料理しますか」

「そうだね」

「俺もちょっとは料理手伝いますよ」

「本当! 助かる」


 先輩と二人で協力プレイするのはまた別の機会にするとしよう。

 今は先輩との料理作りと、先輩の料理に興味が湧いてしまっている。


 そそくさとゲームを片付けて俺たちはキッチンへと向かった。

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