四話 聖母様の所以

「ありがとうね。荷物持ってもらって」

「これくらいは大丈夫ですよ。それにしても本当にたくさん買いましたね」

「今日は久しぶりに何もない放課後だったから、欲しいものがたくさんあったんだよね」


 スーパーから俺は両手にパンパンの食材が詰められたレジ袋を手にしていた。

 先輩は自分で持つと言っていたが、一緒に来て女の子に荷物を持たせるのは気がひけるため、無理言って持つ事にした。


「今日は生徒会の仕事無かったんですね」

「うん。最近体育祭があったでしょ? それが忙しかったから、少しの間休暇を貰えたの」

「なるほどです」


 だからこんなにも早くに帰宅していたのか。


「でもまた一ヶ月くらい経ったら文化祭で忙しくなりそうだけど」

「そんなに忙しくて生徒会の仕事とか嫌にならないんですか?」


 苦笑しながら呟いた先輩に素直な疑問をぶつけてみる。

 こんなに忙しかったら自分のやりたい事の時間が全く取れなさそうだ。俺だったら嫌になる。けど先輩違った。


「確かに大変だし、辞めたいな思う時も無いわけじゃないよ」

「はい」

「でも、それ以上に頑張ったおかげでみんなが笑顔で学校に来てくれたらそれだけで報われた気になるんだ」

「聖母様……」


 先輩の言葉に思わずそんな一言が飛び出てしまった。

 こんな事を平気で言ってくれる。ここなら愚痴を言ってもバレないのに、だからこそこれが本音なんだろう。だからこそ人気があるんだなとしみじみと思う。


 しかし先輩なぜかこちらをジトっとした目で見つめてきていた。


「……その聖母様って言うのやめてほしいな」

「あっ、ああ、すみません」


 言われると思っていなかった言葉だったので、素直に謝罪する。


「そういうの言われ慣れてるんだと思ってました」

「うーん……褒めてる言葉っていうのはわかるんだけど、何だか嫌なんだよね」

「そうなんですか」

「そんな大層なあだ名つけられるほど立派でもないし」

「先輩は立派ですよ」


 先輩は少し悲しそうな目で自分のことを自虐していたので、あえて断言した。


「えっ?」

「はい。確かに最近はちょっと違った一面を見る事も出来ましたけど、やっぱり芯の部分は憧れてる先輩に変わりないんだなって思いましたし」

「そう思われてるなら嬉しいな」


 俺の言葉で安心したのか、笑顔に戻ってくれた。それどころかさっきよりも余計にウキウキになっている気がする。


 笑顔に戻ったのはよかったものの、勢いに任せて滅茶苦茶恥ずかしい事を口走った気がする。

 先輩が喜んでくれなかったらただの痛いやつになっていた。本当に危なかったな。


 そして、それからも会話をしつつマンションへと着いた。


「本当に助かったよ。ありがとう」

「これくらいは全然大丈夫ですよ」


 先輩の部屋へとお邪魔し、持っていた袋を指定された机の上に置く。


「由崎君がこんなに良い人だって知ってたらもっと早くに頼ってたのにな」

「そうですか? 別に普通だと思いますけど」

「そういうところだよ」


 先輩は笑顔で俺のことを指差す。先輩の言っていることがよく分からず首を傾げていると、先ほどよりも顔をくしゃりとさせて笑っていた。

 程なくして先輩は話を続ける。


「それでね。まだ昨日の今日だけど由崎君ともっと仲良くなりたいと思ってて」

「はい?」

「今週の土日のどっちかって空いてる?」

「へ? まぁ空いてますけど?」

「それじゃあ親睦会をしない?」

「親睦会ですか」


 確かに俺もできることなら先輩と仲良くなりたいとは思う。


「どんな事をするとか決めてるんですか?」

「一日私の家で一緒に過ごすみたいな感じはどう? お昼ご飯食べて、それからちょっと遊んで夜ご飯食べて終了みたいな感じ」

「えっ!? それ先輩滅茶苦茶大変じゃないですか?」


 もう何回か部屋に入っているとはいえ異性を一日家に居座らせるというのだ。それにご飯までご馳走になるというおもてなしっぷり。


「良いの良いの。実はちょっと他の理由もあるから」

「他の理由?」

「そう。実は親族から貰って、大家さんと一緒に食べようと思ってたものなんだけど——」


 先輩はそう言って冷凍庫の中を漁る。そしてそこから出てきたのは鯛だった。それも普通のじゃない。五十センチは有に超えているであろうその大きさ。

 そんな鯛が冷凍庫から出てきたため呆気に取られてしまう。


「この鯛を丸々一匹捌く予定なの。大家さんは帰ってこなさそうだし、一人で食べるのも寂しいし、食べきれないだろうから」

「……先輩。魚捌けるんですね」

「うん。意外と楽しいよ」


 最初に口にした質問がそれだった。他にももっと訊きたい事があるはずなのに。

 俺は何とかして口を開いたにも関わらず、先輩は平然とした顔で答える。


 ツッコミどころが多すぎるのだが、これはどうしたら良いのだろうか。というかこんな立派な鯛をタダで貰える先輩ってどうなってるんだ。


「それでどうかな?」


 俺が頭を整理している間に、先輩は尋ねてくる。


「本当に俺も一緒でいいんですか?」

「もちろん! 逆に一緒に食べてほしいんだよ」

「それなら分かりました。親睦会やりましょう」

「良かったー……!」


 先輩は感嘆の声を漏らしていた。


「もしかしたら断られるんじゃないかと思ってたし」

「俺側は断る理由なんてないですよ。こんな大きな鯛も頂かせてもらえますし」

「それなら一安心だよ」


 そう言ってホッと胸を撫で下ろしていた。


 そうして一息つくとクウゥとお腹のなる音が聞こえた。


「あ、安心したらお腹が減っちゃって」

「確かにお腹減りましたね」


 少し恥ずかしそうに俯いてお腹をさする先輩。

 先輩に言われて自分もお腹が減っている事に気がつく。夢中で話し込んでいたみたいだ。


「それじゃあそろそろ帰りますね」

「うん。それじゃまた連絡……ってそういえば連絡先交換してなかったね」

「隣だからいらない気もしますけどね」

「タイミングが合わない事もあるかもだし」


 その流れのまま先輩と連絡先を交換する事になった。学校の全員が欲しがっているであろう連絡先を意図せずして手に入れることができた。

 まぁ、いつでも会って話せるだろうから、ほとんど使うことはないと思うけど。


「それじゃあ親睦会楽しみにしてます」

「うん。私も」


 そして先輩の部屋を後にして自分の部屋に戻る。


 昨日先輩にもらったカレーを温めながら、親睦会のことを考えていた。


「まさか親睦会を開く事になるなんてなぁ」


 確かに親睦会は楽しみだ。でも全く予想をしていなかった事なので、現実味に欠けていた。


「まぁそれならこのカレーも現実味に欠けてるか」


 自分の言った事に苦笑しつつ、カレーを皿に移してテーブルの前に座る。


「いただきます」


 カレーを口に運ぶ。程よく聞いたスパイスの匂いが鼻に突き刺さる。


「……うまっ」


 一見普通のカレーに見えるものの、食べてみるとその考えは覆された。

 ルーを使っていないのだと直感でわかるほど美味しい。程よく効いたスパイスと、食べやすいサイズの具材たち。 


 これはご飯が進む。ただただカレーとご飯を口の中にかき込む。


「ふう」


 ものの数分で食べ終わってしまった。確かに量自体は多くなかったものの、俺は早食いというわけでもない。だからこんなに早く食べ終わる事なんてそうそう無いんだが。


「これは鯛料理も楽しみだな」


 今回のカレーで余計に今度の鯛料理の期待が高まってしまった。

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