三話 学校

 次の日の朝の学校。

 いまだに昨日あったことが現実だと信じきれていない自分がここにいた。


「…………」

「おはよう……ってあれ? なんだか元気ねえなー」

「……ああ、勇太郎か」

「そうそう。持主勇太郎ですよ」

「元気だな」


 昨日の感傷に浸っていると、一際朗らかな声が俺の横から聞こえてくる。


「そんなこと言うなって」

「勇太郎は朝からテンションが高すぎるんだよ」

「そりゃあ日課のアニメを見てきたからな」

「ふぅん」


 ニコニコと朝から異様に元気なのが、持主勇太郎。

 整った顔立ち、剣道部で県大会でもトップクラスの成績を残しており、女子からモテそうなスペックをしているのにも関わらず全くモテないのである。


 その理由は気づいている人も多いだろうが、その変人っぷりのせいである。

 朝はアニメを見て始まり、寝る前には漫画を見て寝る。というオタク。

 いまだに日曜日の朝の男児向けの特撮や女児向けのアニメをしっかりと見ているほどである。



「それで俺が勧めた漫画見たか?」

「えっと……」

「その反応は見てないな」

「昨日はちょっと忙しかったんだよ。今日帰ったら見るさ」

「それならしゃーないな。アプリで簡単に見れるからほんとにおすすめだぞ」


 高校で出会って半年。最初は掃除場所が同じという理由で話すようになってから、いつの間にか仲良くなっていた。

 俺も多少はアニメや漫画を見るので話が合う。それに加えて面白い奴だから一緒にいても飽きない。


「……うん? あれは西園寺先輩か?」


 いつも通り、そんな他愛もない会話をしているとなぜか教室に西園寺先輩が入ってきた。

 同じクラスの女子と入ってきてその女子が頭を下げているところを見るに、また人助けだろうか。


「西園寺先輩すごいよな。他のクラスに一足運んだだけであんなに視線を集めてるんだから」

「……確かに」


 勇太郎にそう言われて辺りを見回してみると、ほとんどの生徒がチラチラと西園寺先輩に視線を寄せていた。

 そんな周りを見ながら口を開いた。


「あんなに注目されてると学校生活も逆に疲れそうだな」

「そうかもな。アニメとかだとああ言うのが順風満帆って描かれるんだろうけど現実じゃなぁ……」

「俺は絶対無理だな」

「同じく」


 あそこまで見られていたら、ちょっとしたミスも許されなさそうだ。

 西園寺先輩について俺たちの解釈が一致したタイミングで、向こうも話が終わったようで、西園寺先輩は教室から出て行く。


 その時にこちらを見て一瞬目が合った。先輩は驚いた表情を見せたものの、すぐにいつも通りの表情に戻り微笑みかけてきた。


「今、俺のこと見たか……」

「いや! 俺だよ!」

「お前の方向じゃなかっただろ!」


 先輩が去った後、そんな会話で教室がザッと騒がしくなる。

 男子が言い合うのはわかるのだが、西園寺先輩のすごいところは女子までその言い合いに参加しているところだ。


「男にあんな視線送るわけないでしょ!」

「そうよ。あれは女子が友達に微笑みかける顔よ」


 流石は西園寺先輩だなと考えていると勇太郎に話しかけられる。


「……西園寺先輩今お前のこと見てなかったか?」

「気のせいじゃないか?」 

「うーん……」


 流石に昨日の今日で微笑みかけられるわけがない。俺はもう現実を見ているのだ。確かに本当だったら少し嬉しいけれども。


「お前は自分だって思わないのな」

「そりゃあ接点無いし。そこまで勘違いするほど現実が見えてないわけじゃ無いさ」

「でもあれがアニメのヒロインだったら?」

「俺に向けられたに違いないだろうよ」

「ふっ……」


 素直な勇太郎に吹き出しそうになるのを抑えつつ、チャイムが鳴ったので会話をやめ朝のHRを受けた。


 そして放課後になり帰宅していると、見慣れた人物が前を歩いていた。


(西園寺先輩?)


 いつもは生徒会活動などで全く帰るタイミングが合わないのだ。それなのに今日は珍しいな。


「……ちょっと気まずいな」


 誰にも聞こえないような声でボソリと呟く。

 もう家まで数分で着く距離になって、同じ学校の人は居ない。だから気にすることもないんだろうけど、なんだか後ろをつけているような気分になる。


 別に悪いことはしていないんだし普通にしてれば良いんだろうけど。


「……はぁ。遠回りしながら帰るか」


 色々悩んだ挙句、そういう結論になった。

 幸い先輩は気づいていないみたいだし、今から道を変えれば不自然じゃないだろう。


 一本道から二股に道が分かれているところで、別れる。

 俺の考えは完璧だったはずなんだけどな。


 最後の別れる寸前、先輩が転んだ。


 道端の途中で盛大に。


 話しかけるつもりじゃなかったが、これは心配せざるを得なかった。


「西園寺先輩大丈夫ですか?」

「えっ?」


 俺は先輩の元へと近寄り手を差し伸べる。

 もちろん俺が居るとは思っておらずキョトンとした顔をしていた。


「み、見てた?」

「はい」


 先輩は俺の手を受け取り、立ち上がると恐る恐る問いかけてきた。

 俺が頷くとカァーッと音が聞こえそうなほどのスピードで顔が赤くなり、その場でしゃがみ込んでしまった。


「…………」

「………………」


 そしてそのまま沈黙が続く。俺はその沈黙に耐えきれず口を開いた。


「あ、あの——」

「いつもは転ばないの!」

「へっ?」


 そのままの状態で俺の言葉を遮るように放たれた先輩の発言に、思わず首を傾げてしまった。


「転んだことも高二になってからは一桁しかないし……それに今は誰もいないと思ってたから気が抜けてて……それで」

「そんな必死に弁明しなくても大丈夫ですよ。転ぶことなんで誰にでもありますし」


 しゃがみ込んで必死に弁明している先輩の姿がとても微笑ましくて笑ってしまいそうになったのを抑えつつ、先輩に声をかける。


「ほんと?」

「そ、そうですよ。俺も転んだこと全然ありますし!」

「それならよかった!」


 先輩はチラリと目線だけをこちらに向けて、訊いてくる。

 その姿にドキリと胸が高まりつつも、先輩を励ましていると、元に戻ったようで先輩は立ち上がった。


「ごめんね。またみっともない姿見せちゃって」

「大丈夫ですよ。それより怪我とかしてませんか?」

「うん。ちょっと擦りむいちゃったけど、血も出てないから大丈夫」

「それならよかったです」


 あそこまで盛大に転んでちょっと擦りむいただけというのも、すごい気がするけど。体が丈夫なのだろうか。


「あっ! そうだ由崎君。一つお願いがあるんだけど良いかな?」

「はい? 何ですか?」

「今からスーパーに行こうと思ってるんだけど着いてきてくれないかな?」

「急ですね。何かあるんですか」

「うん。今日沢山買い物をしようと思ってて。由崎君に用事があったら無理しなくても良いんだけど」

「全然行きますよ」

「ありがとう!」


 先輩は俺の手を両手で掴んで感謝の言葉を伝えてくる。

 その拍子に先輩の髪が揺れ良い匂いがほんのりと香ってくる。


(良い匂いだし、ち、近いしなんだこれ……)


 心の中でそんな事を思いつつ、顔を上の方に向ける。 

 こんなに近くで先輩の顔を見てたら死んでしまう。


「早速行きますか」

「うん! そうだね」


 そのまま先輩に手を握られ家から一番近いスーパーへと向かった。

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