第46話
理玖さんは仮面をつけていても目立っていた。彼が誰かわかるらしく声をかけられてなかなかこちらに来ることが出来ない。
(あっ、また女の人に声をかけられてる)
自分の旦那がモテるってどうなんだろう。嬉しい? 嬉しくはない。彼は簡単に浮気をするような人ではないと思うから心配はしていない。でもなんかモヤモヤする。これってなんだろう。
「遅くなってすまない」
理玖さんは一人ではなかった。仮面で顔は見えないけど、華やかな男の人と一緒だった。
「紹介するよ。茉里、彼が豪徳寺昌幸だ。昌幸、私の妻の茉里だ」
仮面があるから紹介されても次にあってもわたしのことはわからないのではないか。でも彼のことはきっとわかる。彼の髪はとても珍しいローズピンクだった。こんなに綺麗に染めることは難しいから地毛で間違いないだろう。
「ふーん、君が理玖の奥さんか。仮面で顔が見えないのが残念だな」
ジロジロと見られている。こう言う視線は苦手だ。
「だったらどうして仮面舞踏会なんかにしたんだ。私は聞いてないぞ」
理玖さんがわたしの前に来て、見えないように庇ってくれる。
「ふー、君も妻ができたんだからわかるだろう。奥さんが決めた事に逆らうことなどできないさ」
「ふん、お前がそんなに愛妻家だとは思わなかった。とにかく挨拶はしたから帰るからな」
「おいおい、それは困る。せめて君の両親が来るまでは帰らないでくれよ」
慌てて止めに入る豪徳寺侯爵。その慌てぶりには笑ってしまいそうになる。豪徳寺侯爵がお義父さんとお義母さんを苦手にしていることはカーサから聞いていたけど、これほどとは。
理玖さんは困ったような顔になっている。わたしの事を心配しているだけなのなら、少しくらいは大丈夫だと伝える。仮面でわかりにくいとはいえ、祖父江伯爵はわかると思う。
「わかった。両親が来るまではいるよ」
「ああ、良かった。料理には自信があるから、料理でも食べててくれ」
そう言って去って行く。主催者だから忙しいのだろう。
「どう? 勉強になった?」
「はい、とても勉強になりました。このタルトは絶品です」
理玖さんはわたしが勧めるとタルトを口にした。
「本当だ。これは甘すぎなくて甘いのが苦手な者でも食べれそうだ」
「そうでしょう? それにとても食べやすいわ」
他にもオススメの料理を二人で食べる。そんなわたしたちに視線が集まっていた事には気付かなかった。その中に祖父江伯爵がいた事にも。
「舞踏会でこんなに食べたのは初めてだな」
理玖さんの言葉にわたしは青くなる。もしかして非常識だったかしら。そういえば周りにあまり人がいない。
「も、もしかして非常識だった?」
「大丈夫だよ。みんな挨拶に忙しいだけだから.....そろそろ両親が来るだろうし、化粧を直して来るといい。部屋の前で待ってるから心配しないで」
沢山食事をしたせいで、化粧が崩れているらしい。女性があまり食事をしないのは化粧が崩れるのを防ぐためとコルセットのせいね。
化粧を直す部屋に入ると誰もいないのでホッとした。紅はすっかり剥がれている。仮面をとって化粧を急いで直す。理玖さんをあまり待たせたくない。
ガチャと音がした。誰か入って来た。
先ほど会った女性だった。先ほどと違って顔色が悪い気がする。
「どうかしましたか?」
声をかけたのは女性が部屋にあるソファに倒れ込んだからだ。仮面も取れている。
「ええ、なんだか......気分が悪いの」
胸を押さえて呻きながら、絞り出すように声を出している。
「まあ、大丈夫ですか?」
「はぁ、主人を....主人を呼んで来てくれるかしら」
「ご主人ですか?」
ここに来て彼女が何者か聞いていない事に気付いた。
「ええ、薬を預けているの」
「すみませんがどなたでしょう」
「そういえば、名前を言ってなかったわね。わたしくしの名前は祖父江可憐です」
それだけ言うのがやっとだったみたいだ。まさか彼女が祖父江伯爵の奥さんだったなんて。急いで扉のところに立っている理玖さんのところに行く。
「なんだって、今入っていった女性が祖父江伯爵の第一夫人だったのか。わかった祖父江伯爵を探してくれるように頼んでこよう。医術の先生もいないか聞いてみるよ。茉里はこの部屋から絶対に出ないように」
「わかってます」
理玖さんは心配そうだったけど、ここにいるくらいのことはわたしでもできる。
「本当にそうならいいんだが....じゃあ、すぐに戻って来るから」
部屋に戻ると祖父江伯爵夫人は苦しんでいた。容態が急変したようだ。
わたしでは何も出来ないのはわかっていたけど、それでも彼女の手助けをしたくて彼女に近付いた。
その途端、チクッとしたと思ったら急激に眠気が襲って来た。えっ? なんで?
薄れていく意識の中で笑い声が聞こえた気がした。
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