第45話

「は? 仮面? まさか仮面舞踏会なのか?」


 受け付けで渡されたのは仮面だった。最近の流行だとカーサが言っていた。でも今日の夜会が仮面舞踏会だとは聞いていない。


「茉里、帰ろう。嫌な予感がする」


「そうね、仮面だと誰かわからないから参加しても意味がなさそうね。でも主催者である侯爵様には挨拶をした方がいいのではないかしら」


「そうだな。あいつは仮面をしていても目立つからすぐに見つかるだろう」


 中に入る前に仮面をつける。仮面は安っぽいものではなくしっかりとした作りだった。理玖さんって仮面していてもかっこいいのがわかるわ。

 ホールの中はとても広い。さすが侯爵家、お金をかけている。ホールの隅に用意されている食事も初めて見るような食べ物が置かれている。これからの参考のために見せてもらうことにする。


「仕方がないな。挨拶してくるからここを絶対に離れないで」


「ふふふ、仮面をしているから理玖さんしかわからないから大丈夫よ」


 理玖さんはどこに侯爵様がいるのかわかっているのか、迷うそぶりもなく一直線に歩いているから。仮面をしていても存在感がある理玖さんは途中で何度も声をかけられる。無視することができない相手ばかりなのか、その度に足を止めて挨拶をしている。


「当分は帰って来れそうにないわ。でもゆっくり眺めることができるから良かったかも」


 いずれは夜会を主催しなければならない。カーサがいれば大丈夫だとは思うけど、自分も考えが言えるくらいになりたい。そのためにもじっくり観察させてもらう。仮面をしているとせっかく勉強したけど、誰が誰か全くわからないと。でも仮面はともかくドレスで大体の地位はわかってくる。上級貴族の方々のドレスはレースがとても繊細だわ。生地も最高級品だって遠くからでもわかる。それに刺繍が素晴らしい。一糸乱れずってこういうことかしら。


 用意されている食事はどれも美味しいものばかり。来て早々から食事に手を付けたのはわたしだけだけどかまうものですか。どうせ仮面もしているのだから無礼講のようなものだ。


「あら、このタルトチーズを使っているのね。癖があるから食べる人を限定しているチーズだけど、このタルトなら万人受けしそう」


 スイーツにたどり着くまでに、結構食べてしまっているのにデザートはまだまだ入りそう。これでコルセットがもう少しゆるかったっらいいのに。立食式の夜会でよかった。座ったらこれほどは食べれない。


「本当に。この侯爵家のタルトにはいつも脱帽させられるのよ」


「まあ、いつもタルトの中身が違うのですね。ここの料理人はたくさんのレシピを持っているみたい、羨ましいですわ」


「ええ、本当に。わたしも少しでも盗めないかと思ってるけど、料理人でないからさっぱりなの」


 自分だけのレシピを公表する料理人は少ない。自分たちも努力して探し当てたのだから自分で探せってことなんだと思う。


「そうですね、わたしもチーズを使っているのはわかるけど、他はわかりませんわ」


 わたしの他にも料理に興味がある人がいて良かった。なんだかわたしだけが浮いているようで、内心では困っていたのだ。


「貴女はよくいらっしゃるの?」


「いえ、侯爵様の夜会は初めてです」


「そう、わたしは何度か。いつもはもう少し後でいただいているのよ。今日は先に貴女が食べていらしたから、遠慮なく食べれるわ」


 仮面からはわかりにくいけど、この方はわたしよりずっと歳が上のようだ。

 なんだか素敵な奥様って感じだ。わたしもいつかはこんな風になれるのかしら。

 仮面ということもあり、自己紹介はしなかった。

 それでも彼女の知識は素晴らしく、とても参考になる話ばかり。夜会で用意した食事やデザートはほとんど残ってしまうけど、だからと言って少量しか出さなければ、お金に困っているのではないかという噂が流れその噂のせいで破産してしまった家もあるそうだ。

 たとえ余ってもたくさん用意する方がいいみたい。残りは使用人に与えれば喜ばれるそうだ。


「まだ結婚したばかりでしょう?」


「わかりますか?」


「ええ、一生懸命に学ぼうとしているところが、初々しいもの。私だって結婚したばかりの頃は貴女みたいに頑張っていたことを思い出したわ」


「そうですか。でも今も勉強しているではないですか。こうしてどんな食事か確かめているのは旦那さまのためなのでしょう?」


 私がそう指摘すると驚いた顔をされた。自覚されていなかったのね。その後もずっと彼女の知り合いが呼びに来られるまで二人で話していた。

 彼女の旦那様ってどんな方かしら。目で追っていたけど、理玖さんの姿を見た途端にわからなくなった。二人も目で追うのは無理なのね。

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