第40話
使用人にも注意するように言われたが、実家にいる時と違って誰もがわたしに親切で笑顔で接してくれるので疑うことが難しい。
「ねえ、カーサ。カーサもそう思うでしょ」
わたしがカーサに尋ねると、彼女は困った顔をした。
「私のことも信じすぎては駄目です。使用人を上手に使うのも奥様の仕事の一つです」
わたしは結結婚して日が短いこともあって、仕事らしい仕事をしていない。でもこれからはこの屋敷全般を取り仕切ることになる。カーサが一から教えてくれることになっているけれど、わたしにできるのか心配だ。女主人の仕事は絶えず先回りして物事を考えなけれならない。使用人や借地人のことはわたしに任されることになる。今は新婚だからお茶会の誘いや舞踏会への招待状もあまり来ないが、落ち着けばたくさんくる事はわかっている。それに行くにしても断るにしても全てに目を通し返事を書く仕事もある。そしてパーティーの打ち合わせや帳簿の点検、使用人たちへの申し渡し、料理人と料理の打ち合わせをするのもわたしの仕事だ。これだけのことを母様もやっていたのかと思うと頭が下がる思いだった。明け方近くまでパーティーに出席して昼頃に顔を合わせていたので、昼まで眠っているとばかり思っていた。実際は昼頃まで部屋でこれだけの仕事をこなしていたのだ。
「わたしにできるかしら」
伯爵家の仕事でさえ手があまりそうだ。それなのに公爵家を継ぐことになったらさらに仕事の量は増えるだろう。
「大丈夫です。奥様には旦那様がついてます。それに自分だけでこなそうとするより、使用人を上手に使うことを覚えましょう」
使用人を使うより自分でした方が、気を使うこともなく楽だと思ってたけどそれでは過労で倒れると言われてしまった。わたしが考えていたより女主人の仕事は大変らしい。
「旦那様は奥様以外の妻は娶るつもりがないと言っておられます。正直に言うと奥様にとってそれがいいことかどうかわかりません」
「え? それはわたし以外の妻がいた方がいいと言うことなの?」
ショックだった。カーサはわたしの味方だと思っていたのに、理玖さんに他の妻がいた方がいいと言われるなんて。
「そうです。女主人の仕事はたくさんの妻がいると言う想定で多いのです。二人いれば分担できます。一人が王都のお屋敷を管理し、もう一人が領地にあるお屋敷を管理すればいいのですから」
わたしは目が回る思いだった。わたしはこのお屋敷だけしか考えていなかった。子爵家にも小さいが領地があるけど管理人に任せられるくらいの規模だ。だから母様一人で十分だったけど、伯爵家や公爵家は規模が違う。わたしは理玖さんに他の妻がいるなんて我慢できないけど、それは我が儘なのかもしれない。
一夫多妻制なんてと思っていたけど、それには理由があったのだ。男性だけ優遇されていると思っていたけど、女性のためにも必要な制度なのか。
そこで少しだけもう一人の妻を考えて見た。なぜか愛莉が浮かんだ。愛莉がもう一人の妻だったら、当然王都住むのは愛莉になるだろう。理玖さんは王宮で働いているから社交シーズン以外もほとんどを王都で過ごす必要がある。わたしは領地にいてたまには帰って来るだけの理玖さんを迎えることになる。それはとても楽な生活かもしれない。大好きな本を読む時間もたくさん取れそうだ。でも、それはきっと寂しい生活だ。愛莉は死んでしまったけど、愛莉に似た社交が上手い妻がいたらわたしなんか相手にならない思い知らされた気分になり落ち込んだ。
「まあ、どうされたのですか? 私はその方が楽ですよと言っただけです。旦那様は奥様以外の妻を持つことなんて考えていませんよ。それにはもし持つことになったとしても、奥様の害になるような人物を選ぶことはありません。旦那様は奥様を側から離すことはないですよ」
わたしがあまりにも落ち込んだせいで、カーサは慌てて慰めてくれた。一夫多妻制のあるこの国では当たり前のことなので、わたしの落ち込みように驚いたようだ。ふう、もっと慣れないといけないのよね。今はわたし一人だけと言ってくれているけど、歳をとれば考えも変わるかもしれない。その時に慌てて騒がないようにしないと恥をかくことになる。
そういえば祖父江伯爵には二人の妻がいた。嫉妬深いそうだけどうまくやっているようだ。それなのにわたしを三番目の妻にしてどうするつもりだったのだろう。二人の妻が長い間に築いたところに新参者が現れて揉めないわけがない。
理玖さんの奥さんになれて本当に良かったなと思う。わたしには後から入り揉める存在になるのは無理だ。きっと使用人だって長い間一緒にいた彼女たちの味方になる。想像しただけでぶるっと震えがくる。
「カーサ、わたし頑張るわ。使用人を上手に使うなんて無理とか思ってたけどお義母さまにも習って仕切れるようになってみせます」
お義母さまも一人だけで公爵家を取り仕切っている。公爵家なのに二人目の妻はいない。理玖さんしか跡取りがいないのに、お義父さまは他の妻を娶らなかったのだ。そしてお義母さまはそれに十分だった応えている。
「奥様、私も微力ながら手伝わさせてくださいませ」
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