第39話
「好きになった女性と踊ったのは君が初めてだ」
理玖さんの言葉にわたしの胸きゅんとなった。まさかこんな切り返しがあるとは思わなかった。理玖さんはわたしをからかっているのかもしれない。わたしの赤くなった顔を見て微笑んでいるのを見てそう思った。
わたしは理玖さん以外の男性は賢一さんとしか話らしい話をした事がない。気のきいた話も出来ない。それでも理玖さんはいつも楽しそうに聞いてくれる。最近は理玖さんずっとこうして暮らしていけたらいいなって思うようになった。もう逃げ出そうなんて考えは無くなった。
でもそんなわたしを嘲笑うかのように、祖父江伯爵の存在が大きく影を落としている。そうだった。今日こそは祖父江伯爵のことを話さなくてはならない。
「そ、祖父江伯爵のことなんですが」
祖父江伯爵の名を出すと理玖さんは真剣な顔になった。
「ああ、祖父江伯爵がどうかしたか?」
「わたしは祖父江伯爵のこと苦手なんです。初めて会った時から嫌な目で見られて怖かったんです。母様に今日聞かされて初めてそのわけがわかりました。彼はわたしの後に伯母さんを見てたんですね」
「茉里と初めて会った時も、祖父江伯爵は君を尾行してたんだな」
あの時理玖さんが現れなかったら、どうなっていたんだろう。あの時の祖父江伯爵はいつもより怖いものを感じた。とにかく逃げなければいけないと強く思ったのだ。
「あの時は理玖さんが助けてくれて、ホッとしました」
「そうか? なんか怒ってなかったか?」
「それは理玖さんが嫌味なことばかり言うからです。ドレスのこととか男を誘うような真似をするからだとか言われたでしょ?」
「まさか妹のお下がりを着ているとは思わなかったからな。好きで胸を強調する服を着ているのかと思ったんだ。あれは言い過ぎだったよ。すまない」
理玖さんに素直に謝られて驚いた。彼はあの日の自分の発言を後悔していた。
わたしはあの日の無礼な理玖さんに惹かれた。ただ助けられただけだったらあれほど理玖さんのことを思い出したりしなかっただろうと思う。理玖さんが愛莉の婚約者になった時あれほど驚いたのも、自分が彼のことを気にしていたからだ。賢一さん以外の男性意識したのは初めてで、それが恋だと気付くには時間がかかってしまったけれどわたしは初めて会った時から彼に惹かれていたのだ。
「君の母親に言われて目が覚めたよ。植物園のあの場所で一人になることは誰にもわからないことで、君が祖父江伯爵と二人で会うことを計画できるはずないのに嫉妬で酷い言い方をしてしまった」
「嫉妬、ですか?」
「ああ、嫉妬だ。冷静に考えられなかった....って、なんか嬉しそうな顔だな」
「ふふ、だって嫉妬してくれるなんて、なんか嬉しいです」
わたしが嬉しそうに言うと理玖さんが呆れた表情でわたしを見たが、顔が緩むのを止めることはできなかった。
「だが、君とわたしが植物園に行くことを祖父江伯爵が知っていたことは間違いない。この屋敷内の誰かが祖父江伯爵に知らせたのではないかと考えている」
「えっ! まさかそんなことはないです」
理玖さんの言葉はわたしの緩んだ表情を一瞬で引き締めさせた。この屋敷の使用人の誰かが祖父江伯爵と繋がっている? みんなわたしにとてもよくしてくれているのに。考えられない。
「私だって疑いたくはない。この屋敷の使用人は、長く勤めているものばかりだからな」
「伯爵になった時からではないのですか?」
「公爵家からついてきてくれた者ばかりだ」
理玖さんについて来てくれた人の中に裏切者がいるとは、ますます思えない。絶対に違うと思う。
「理玖さん、大丈夫です。絶対に何か違う方法で知ったんですよ」
わたしが励ますように言うと首を振った。
「茉里は疑っていた方がいい。一番狙われているのは茉里だ。カーサ以外の者には気を付けてくれ」
カーサのことは信じているという理玖さんの言葉に少しだけホッとした。
「わたしは出来るなら誰も疑いたくないわ。でも理玖さんが言うなら気をつけるわ」
「ああ、そうしてくれ。祖父江伯爵の執着は君が結婚すればおさまると思っていたが、さらに深まったようだ。噂まで使うくらいだ。次は何をしてくるか想像もつかない」
理玖さんの言葉にわたしはぶるっと震えた。祖父江伯爵はまだわたしを諦めないのだろうか。この噂で最後にしてほしい。でも母様や理玖さんが言うように簡単に諦めるようには思えない。
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