第31話
兄様は母様を悪く思わないで欲しいと言ったけれど、わたしは母様を悪く思ったことなどない。ただ悲しかっただけ。
「兄様は母様に会いに来て欲しいと言うけど、母様はわたしの顔を見たくないと思う。この間はっきり言われたの。わたしが愛莉を殺したのかとまで言われたわ。伯母さんにそっくりだって……だから兄様は間違っていると思う」
「母様がそんなことを? そんなはずはない。母様はずっと茉里のことを心配していた。伯爵家では肩身の狭い思いをしていないかって…何も持たせてあげられなかったって言ってるのに。どうしてそんなことを言ったんだ?」
兄様の話では母様はわたしを心配しているいい母親だ。どっちが本当の母様なの? でも理玖さんと挨拶に行った時の母様はいつもの母様だった。ううん、いつもよりわたしを嫌っていた。二度と実家には帰ってくるなって言われているようだった。
「兄様は伯母さんのことを知っていますか?」
「少しだけしか知らない。母様には馬車で亡くなったお姉さんがいたってことだけだ。どうしてそんなことを聞くんだ?」
わたしは母様に言われたことを兄様に話した。最後まで黙って聞いていた兄様は首を傾げた。
「伯母さんが茉里とそっくりだって話は初めて聞いたな。父様も関わっているのか。だが何もかも伯母さんに奪われたって話だけど、最後には全てを手に入れたのは母様なんだよな」
そう言われるとそうなのかな。でも母様は本当に全てを手に入れたのだろうか。全てを手に入れた人はもっと幸せな顔をしている。小さい頃に見た母様はとても幸せそうに笑っていた。
「でも今の母様は本心から笑ってないと思う。邪魔をする人がいなくなって全てを手に入れても幸せにはなれないのかな」
「うーん、さっぱりわからん。愛莉が亡くなって祖父江伯爵と三千院伯爵の両方からお前に縁談があった時に母様は絶対に三千院伯爵だって譲らなかったんだ。実は前にも祖父江伯爵から縁談の申し込みがあったのを知ってるか?」
「兄様が断ったって聞いたけど…」
「本当はいい話だと思ってたんだ。祖父江伯爵はもう二人妻がいるしだいぶ年上になるけど伯爵家だしそんなに悪い話ではないだろ?」
「え? でも、兄様が反対したって?」
「本当は反対したのは母様なんだ。祖父江伯爵だけは駄目だって言って譲らなかった。三千院伯爵と一緒になったいまなら、祖父江伯爵との縁談を進めなくて良かったって思うけど、あの時は母様はお前を結婚させない気かと思ったよ」
母様はわたしが祖父江伯爵を嫌っていたのを知っていたのかしら。でも母様はわたしと祖父江伯爵が一緒のところを見たことはないはずだ。わたしは祖父江伯爵とは数回会っただけで、その数回とも母様は愛莉と一緒だったからわたしのそばにはいなかった。だからわたしが祖父江伯爵を嫌っていることに気付かれていたとは思えない。
「母様は祖父江伯爵が嫌いなのかしら」
「年齢も同じくらいだから、私たちの知らない因縁があるのかもしれないな」
兄様に言われて気付いてしまった。祖父江伯爵とはそれほど年齢が離れているのだ。
母様は祖父江伯爵のことで何か知っているのかもしれない。だからわたしとの縁談を反対したのかも。だとしたらわたしはそれほどには母様に嫌われていないのかな。
「まあいい。母様の真意は私が探ってみよう」
「兄様はわたしのことを嫌っていたでしょう? どうして急に仲直りをしようとするの?」
兄様はあまり社交界に興味がないことは知っている。だから伯爵家と縁続きになったことを利用したいと考えているとは思えない。
「別に嫌っていたわけではない。ただ、あのドレスはないだろ。一言私に言ってくれば新しいドレスくらい用意するのに、お前はどれだけ嫌味を言っても助けを求めてこなかった。父様だって愛莉を可愛がっていたけど、お前のことだって嫌っていたわけではない」
「そうだね。いじめられてたわけじゃない。ただ何もしてくれなかっただけ。父様はわたしの視線を受け止めてくれなかっただけ」
いまならわかる。きっと伯母さんのことが関係あるんだと思う。わたしが伯母さんに似ていることでわたしを娘として可愛がることができなかったのだろう。
「今までは愛莉に縛られていた。魅了の瞳の話を三千院伯爵から聞いてわかったことがある。それほど強い魅了ではなかったって話だけど、みんな少なからず影響を受けてたんだ。私たちだけではなく、お前もだ。だからって私たちのしたことを許せとは言えないけど、歩み寄れないかなと思っている」
兄様が帰った後、わたしは考えていた。どうして兄様が急に訪ねてきたのか。父様も兄様も母様もわたしのことを嫌っていないと言ってた。全ての原因は愛莉だったと。でも愛莉がいなっくなった後も変わらなかったのに、今更言われても信じることなんて出来ない。
兄様は本心から家族として仲良くしたいと思ってるの? 信じてまた裏切られたら?
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