第25話 理玖side
結婚式の夜、さあこれからって時に王宮から呼び出しがあった。
真理亜王女の我儘にも困ったものだが、結婚式を終えたばかりの私を呼ばない選択肢がなかったのか、王女付きの人たちに尋ねたいものだ。王宮に急いで顔を出すと、やはり重要な用事ではなかった。明日からは三日間、休みをもらっているがこれもどうなることか不安だ。いっそのこと新婚旅行に行けばよかった。三日ではなくひと月くらい休んでも良かったのではないだろうか。
いや、今からでも遅くはない。真理亜王女の婚約が本決まりになれば私の仕事も落ち着くから、休みを申請しよう。そして茉里と新婚旅行に行くのだ。彼女はきっと旅行になど行ったことはないだろうから、喜ぶに違いない。
私は屋敷に帰る馬車の中で、どこに行くのがいいか考えていた。茉里と一緒に考えたい気もするが、秘密にしていて驚かしたい気もある。船の旅行もいいなぁ。馬車で長い旅をするより喜ぶ気もする。そうなるとひと月では短い気もする。どうせなら二ヶ月休んで色々な国を旅するのもいいのではないだろうか。茉里にいろんな世界を見せたい。
茉里に出会うまでの私は、結婚とは政略でするものだと思っていた。女性は皆同じだから、うるさくまとわりつかない女性なら誰でもいいとさえ思っていた。
でも今は違う。茉里にならまとわりついてもらいたいし、彼女の喜ぶ顔を見るだけで幸せを感じる。色褪せていた世界が茉里によって色鮮やかになった。
茉里を愛莉だと勘違いして婚約した時はどうなることかと思ったが、時間はかかったがなんとか結婚することができた。茉里の気持ちがまだ私にないことは知っているが、結婚したのだから徐々に好きになってもらえると思っている。
松平賢一の存在をカーサから聞いた時、どうして私が茉里の幼なじみになれなかったのかと彼に嫉妬した。私が彼と同じ立場だったら、もっと茉里を助けることができたのにと思うと悔しくて仕方がない。
松平が愛莉のことを盲目的に愛していることはすぐにわかった。うまく行けば彼と愛莉の駆け落ちで婚約解消できないかとさえ思った。だが愛莉は松平のことを都合のいい時だけ利用できる男としか考えていなかったようだ。
子爵家では自分にはふさわしくないと、自分のことは棚に上げてそんなことを言ったらしい。これは松平家のメイドの証言だ。ペラペラとよく喋るメイドで、茉里が幼い頃から時々、松平家でおやつを食べていたことも話してくれた。
「うちのお坊ちゃんは優しいからねぇ」とそのメイドは何度も言っていたそうだ。だが本当に優しいのだろうか。おやつを与えるのは彼の気分次第なのだ。彼がいない時は当然、おやつはない。茉里にとってはそれでも松平に優しくされたことはいい思い出のようだが、私からすればただの偽善者にしか見えない。松平はそれ以上のことはしようとしなかった。いくらでも茉里を助けることができたのに何もしなかった。愛莉との未来を考えていた松平は桜庭子爵の機嫌を損なうことはしたくなかったのだろう。せいぜい誰にも見つからないようにおやつを施しただけ。それも彼の気分に左右される行いだ。松平は優しかったわけではない。自分の良心が痛むから、そして茉里が愛莉の姉だからほんの少しだけの施しを与えたに過ぎない。
寝室に入ると寝息が聞こえた。不思議な気分でそれを見る。茉里が私のベッドに眠っている。
「茉里?」
ぐっすり眠っているのはわかっていたが、起こしたくなった。彼女の翠の瞳が見たい。でも残念ながら何度読んでも目を覚ますことはなかった。初夜なのに花嫁の方が眠ってしまって何もできないことになるとは思ってもいなかった。王宮に呼び出されたとはいえ、普通の花嫁は眠ることさえできないものではないのか。こんなにぐっすり眠るなんて……。
まあ、いいか。まだ話もしていないのだ。結婚したのだから時間はいくらでもある。
ベッドの中に入り茉里の身体を抱きしめる。茉里は寝ぼけているのか「…ん? なんか暖かい」と言ってすり寄ってくる。まるで猫のような彼女をさらに抱き寄せて目を瞑る。
「やっと手に入れた。絶対に逃さないからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます