第24話

 朝目が覚めた時、違和感を感じた。

 なんか暖かい気がしたのだ。この時期は寒さで眼が覚めることもあるのに暖かいと感じる、いつもと違う感覚に眼が覚めてしまった。

 ぼんやりとした視界に入って来たのは、理玖様のアップの顔だった。

 ドクンと心臓が鼓動を打つ。どうして理玖様がわたしのベッドにいるのか、目の前に顔があるのか理解するのに時間がかかった。人と寝るのは初めてのことだ。母様とだって寝たことはない。

 人ってこんなに暖かいのか。理玖様の体温はわたしよりも高いのか、冷え性気味のわたしには丁度いい。

 そうかぁ、夫婦になったんだ。この大きなベッドの意味を考えてなかったわけじゃないけど不思議な感じがする。もしかして一生この人とこうやってベッドで一緒に寝るのだろうか。結婚したのだから当たり前のことなんだけど、全く考えていなかった。

 わたしの両親の寝室は別々だ。だからなんとなくそういうものだと思っていた。そう言えばわたしが結婚する前まで使用していた寝室はどうなったのだろう。

 あっ、そうか。ここは理玖様の寝室なんだ。わたしが寝ていたからそのまま一緒に眠ってしまったけど、本当はわたしは今まで通りあっちの寝室で眠らないといけなかったのではなかろうか。  

 これは理玖様が起きてしまう前に、逃げ出したほうが良さそう。

 だけどこれが意外と難しい。彼の腕が離れないのだ。力を入れると起こしてしまう気がするからもぞもぞと動いて外すしかない。でもそんな努力は無駄に終わった。


「何してるんだ?」


 頭の上から声がした。結局起こしてしまった。


「…おはようございます」


「おはよう。まだ起きるには早いよ。あんまり早く起きだすとカーサに怒られるよ」


 そうなんだよね。子爵家では自分のことは自分でしないといけなかったし、起きるのが少しでも遅れると朝ごはんが食べれなくなるからなるべく早く起きていた。でもここではそれは禁止。侍女より早く起きると彼女たちはもっと早く起きないといけなくなる。だからわたしたちは侍女が紅茶を持って起こしに来るまで寝ていないといけないのだ。

 初めてこの伯爵家に来た時に、わたしはカーサが起こしに来る前に起きて着替えまでして彼女を待っていた。これは子爵家ではいつものことだし、子爵家で一緒に生活したことのあるカーサだって知っていたのに伯爵家では駄目ですと言われた。着替えも侍女の助けなしで着替えてはいけないそうだ。


「でも、ここに二人でいたらカーサがびっくりします」


「えっ? どうして驚くんだい? ここは私たちの寝室なんだから、二人でいるのは当たり前のことだろう」


「わたしたちの寝室?」


「そうだよ、昨日結婚したのを忘れたのかい?」


「両親は別々の寝室で寝ていたわ」


「子爵家ではそうでも伯爵家では一緒の寝室を使うんだ。右の扉は君の部屋につながっている。左の扉は私の部屋だ」


「昨日まで使っていた部屋は? ドレスとか置いてあるのに」


「あの部屋は客間だから、もう荷物は移している。君は今日から伯爵夫人なんだよ」


 伯爵夫人。わたしで大丈夫かしら。理玖様と結婚すれば当然伯爵夫人になる。わかっていたけど、頭がついていかない。

 そ、それに少し密着しすぎだと思う。なんか理玖様が近すぎて考えがうまくまとまらない。


「理玖様、近すぎます」


「様はいらない。理玖と呼んでくれ。あなたでもいいよ」


「…それは、まだハードルが高いです」


「夫婦になったのに様は変だろう」


「では理玖さんと呼ばさせていただきます」


 理玖さんは仕方がないなって感じで息をついた。でも身体に回されている手をどける気は全くないのか、カーサが現れるまで離してくれなかった。


 ノックの音がして理玖さんが返事をするとカーサがワゴンを押して入って来た。

 ワゴンの上には紅茶と新聞がある。新聞は理玖さんが読むためのものだ。


「旦那様、奥様、おはようございます」


「「おはようカーサ」」


 なんとか理玖さんの腕の中から抜け出して朝の挨拶をする。髪の毛もぐしゃぐしゃな気がする。

 これからは毎日がこうなのだろうか。嬉しいような心臓がもたないような複雑な気持ちだ。

 理玖さんとカーサは当たり前のような顔をしている。

 なんだかあたふたしているのってわたしだけなの? それとも理玖さんは貴族の顔をして内心を隠しているだけなのかしら。彼をそっと見るけど、やっぱり普段と変わらないみたいだった。

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