第21話

今日、わたしは妹の婚約者だった人と結婚する。

 ウエディングドレスを着て鏡に映る自分を見るとため息しかでない。

 迎えが来るまで座っているようにと言われて座っているが、さすがに退屈だ。そのせいか理玖様と出会ってからのことを思い出していた。

 あの日理玖様が何を話そうとしていたのか、わたしはまだ聞いていない。あの時は婚約解消の話だと思っていた。でも突然、王宮から呼び出しがあり隣国に真理亜王女のお供として理玖様が選ばれ旅立ったせいで有耶無耶になってしまった。

真理亜王女はマルティア王国の第一王女でわたしより一つ年下だと聞いている。舞踏会にもあまり出なかったわたしは真理亜王女のこともあまり知らなかった。彼女のお供として理玖様が旅立ってから、メイドたちの噂で初めて真理亜王女の婚約者候補の筆頭が理玖様だったことを知った。家柄も申し分なく、誰もが一緒になると思っていたのに突然理玖様がわたしとの婚約を発表した。(本当はその前に愛莉と婚約をしていたけど婚約式をしていないことと理玖様本人が愛莉との婚約については全く触れないのでなかったことになっている)

 この婚約発表で社交界に激震が走った。愛莉は有名だったけれど姉のわたしについて知っている人はいないから、真理亜王女との婚約を受けずに選んだわたしがどれほどの美女なのか噂になっているらしい。

 その真理亜王女は隣国の王子とこの度ご婚約されることになった。今回の旅の目的は婚約することになる二人の初顔合わせのためだった。これは急に決まったことではなく、三ヶ月前には決まっていたそうだ。だから本来は真理亜王女のお供は違う人だったのだが、その人物が大怪我をしたために急遽、理玖様が一緒に旅立つことになった。

 わたしは真理亜王女を見たことがない。噂ではとても美しい人だと聞いている。理玖様はどうして愛莉を選んだのだろう。普通は素行調査をしてから婚約を申し込むのに、それをしなかったのは何故だろう。素行調査をしていれば男性関係が派手だったという愛莉と婚約したとは思えない。


「一目惚れだったのかしら……」


 独り言のつもりで呟いた。


「一目惚れって誰のことだ?」


 突然後ろから声をかけられてビクッとしたとした。一月ぶりの再会だった。理玖様はホワイトテールコートにフレアパンツのタキシードに身を包んでいる。

理玖様は少し顔がやつれて見える。二日前に隣国から戻られたが、昨夜遅くまで屋敷には帰って来れなかったとカーサが言っていた。かなり疲れているようだ。


「いえ、なんでもないです。それより顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」


「ふん、心配そうなフリはちょっと遅くないか」


 理玖様の嫌味は久しぶりに聞く。ちょっと懐かしくて笑ってしまったら、さらに機嫌が悪くなった。


「何かありましたか?」


「手紙ひとつよこさない薄情な婚約者は君だけだという話だ」


 手紙? 理玖様からだって手紙は届いていない。


「住所もわからないのに送ったりできないわ」


「返信の封筒を入れてただろう。まさか一通も返事がこないとは思わなかった」


「返信用? 手紙なんて一通も受け取ってないわ」


 わたしが首を傾げると理玖様は訝しそうな顔になった。


「王女の嫌がらせか……結婚前に連れ出すだけでは許せなかったか」


「嫌がらせですか?」


「ああ。真理亜王女は他国に嫁ぎたくないと言ってたから、私を許せないのだろう」


「王女は理玖様と結婚したかったのですか?」


「いや、別に私と結婚したかったわけではない。この国から離れたくなかっただけだ。だが元々、隣国に嫁ぐことは決まっていたんだ。私との縁談の話は周りが噂していただけだ」


 それでも王女は理玖様と結婚したかったんだと思う。でなければこんな可愛い意地悪はしないだろう。


「ふふふ…」


「何故笑う?」


「いえ、王女がとても可愛らしい方だと思って」


 わたしがそういうと理玖様は目を瞬いた。


「そうくるとは思わなかったな。君は変わっているな。普通は怒るだろ」


 確かに結婚前の婚約者を連れ回し、手紙も隠されたら怒るのかな。でもわたしは怒る気にならない。真理亜王女の気持ちがわかるから。初恋は実らないものだ。でも王女の初恋はなんだかとても微笑ましい気がするのだった。


「そうだ。外に君の隣に住んでいる松平賢一という男が結婚のお祝いに来ているがどうする?」


「え? 賢一さんが? 愛莉が死んでから会えなかったのよ。彼、元気そうだった?」


 賢一さんとは愛莉が死んでから会っていない。会いに行っても、部屋に閉じこもっていた。そのうちにわたしの方が訪ねて行くことができなくなったせいで、彼と会うのは本当に久しぶりだ。


「前を知らないからわからないが、結婚の祝いに来たにしては暗い顔だったな」


「賢一さんは幼なじみなの。母様に食事を抜かれた時に助けてくれてたのよ。会いたいわ」


 理玖様は少し嫌そうな顔をしただけで、反対をするつもりは初めからなかったらしい。

 カーサと一緒に賢一さんが入って来た。彼はわたしの好きなフリージアの花で作られたブーケを持っている。理玖様は用事があるのか彼と入れ違いに出て行った。

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