第22話

「茉里、結婚おめでとう」


 賢一さんは少し痩せたようだ。それでもわたしのお祝いに駆けつけてくれた。


「ありがとう。賢一さんにおめでとうって言ってもらうのはずっと先だと思っていたわ」


「そうだね。私より先に結婚するとは思わなかったかな」


 賢一さんは人柄も良く、子爵家とはいえ財産もあるから本来ならとっくに結婚していてもおかしくない。彼が愛莉を思っていなければの話だ。賢一さんは愛莉の男性関係を知っていたのだろうか。きっと気付いていなかったと思う。もし知っていたら耐えられなかったかもしれない。だって彼は本気で愛莉を愛していたのだから。


「賢一さんは大丈夫? 少し痩せたようだけど」


「愛莉が死んでから何もしたくなくてね。一時期は息をするのさえ面倒だった。でも最近は少し元気が出て来たんだ。いつまでも愛莉を思っていても仕方がないからね」


 少し冷たい声だったけど、賢一さんが立ち直れたようで安心した。息をするのが面倒だなんて怖すぎる。本当ならわたしが助けてあげないといけなかったのに結局なにもできなかった。

 賢一さんには一方的に助けてもらうばかりだった。わたしたち姉妹は迷惑ばかりかけていたのかもしれない。


「それにしても綺麗だね。そのウエディングドレスは君によく似合っている。いつも愛莉のお下がりばかりだった君がやっと幸せになれる時が来て安心したよ」


「でも愛莉だったらもっと綺麗だったわ。輝くような髪をしてたもの」


「愛莉はどんな髪をしていても似合っていた。あのピンクの髪を見たときはびっくりしたけど、とても似合っていた。ウエディングドレスの白とピンクの髪は彼女にしか似合わなかっただろうな」


「そうね。最後に見たのがあのピンクの髪……、賢一さんはどうして知ってるの?」


「何をだい?」


「愛莉が髪をピンクに染めてたことを何故知ってるの?」


 愛莉の髪がピンクだったのは亡くなった日だけ。一日しかきかない魔法だって言ってた。それなのにどうして賢一さんが知っているの?


「私は愛莉のことはなんでも知っているんだよ」


 賢一さんの笑顔を怖く思う日が来るなんて思っていなかった。


「か、カーサ、理玖様を呼んで来て!」


 カーサは理玖様を呼ぶために出て行ったが、外にいた警備の人が代わりに入って来た。


「私は君に何もしないよ」


「賢一さんが愛莉を殺したの?」


「私だけのものになってもらうために必要だったんだ。何度も頼んだのに婚約を解消しようとはしなかった」


「それだけのことで?」


「それだけじゃない。愛莉は父親と同じような年齢の祖父江伯爵や他にもたくさん男がいた。ずっと我慢してた。いつか私だけのものになってくれると信じていたのに、結婚相手にさえ選んでくれなかった」


「でも……」


「子爵家では相手にならないって言われたよ。せめて伯爵家くらいでないとって。知ってたかい? 愛莉は花嫁教育に嫌気がさして婚約を解消しようとしていたんだ。彼女が次に狙ってたのは祖父江伯爵の三番目の妻の座だった。わたしの花嫁ではなくね。あの日、ピンクの髪をした愛莉がわたしのところに来てそう言ったよ。今夜、祖父江伯爵と会うことになっているから、妻にしてもらえるように頼むつもりだってね。彼は浮気を嫌うからもう会えないと言われた」


「それで馬車に細工したの?」


「馬車に細工? 私がしたのは彼女を呪ったことだ。君が呪ったと噂になっているだろ? 君には悪いことをした。君に罪を押し付けるつもりじゃなかったんだ」


 賢一さんの目は遠くを見ているようだ。


「呪いだなんて……、 呪いなんて効くわけないでしょ」


「そう、呪いで人が殺せるなんて半信半疑だった。だがもう彼女が他の男のものになるのを見ていたくなかったんだ…うっ、うっ、うぐあぁーーーぁ」


「死んだからって愛莉があなたのものになるわけではないのに…」


 わたしは賢一さんの泣き顔を初めて見た。腹の底から嘆いている。先ほどまでの彼は冷たい顔だった。でも本心では後悔していたのだ。愛する女性を呪いで殺してしまったことを…。


「…まさか本当に死んでしまうなんて、もう愛莉に会えないなんて……うっ…」


「君が殺したんじゃないよ。だが愛莉は本当に死んだから、もう会うことはできない」


 いつの間にか部屋に戻って来た理玖様がわたしに縋って泣いていた賢一さんを引き剥がしながら言った。そうだよね。賢一さんは呪っただけ。車輪に細工したのは彼ではない。

 でもそれならいったい誰が愛莉を殺したの?

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