第19話
わたしは上級貴族というのを理解していなかった。これほど息がつまる生活をしているとは。とにかくメイドの数が多い。メイドの種類があんなにたくさんあることをわたしは知らなかった。
わたし付きのレディーズメイドであるカーサ。ハウスメイド、ランドリーメイド、キッチンメイドと多くのメイドが伯爵家には存在する。そのメイドの下にもメイドが存在するようでため息をつきたくなった。わたしが万が一ここの女主人になれば彼女たちのトップに立つわけで、ハウスキーパーがすべての管理を引き受けていると言っても最終的な判断は自分が下さなければならない。
絶対に無理だ。キビキビと動く伯爵家のメイドは子爵家のメイドとは比べ物にならない。その彼女たちにわたしが命令するなんてできるとは思えない。
「カーサ、ここにはたくさんの使用人がいるのね」
わたしは与えられた部屋の窓から外を眺めている。カーサに紹介されたフットマンやメイドは多すぎて名前ををほとんど覚えられなかった。
「ここの使用人は辞める人がいないので変わりませんから、住んでいるうちに覚えますよ」
カーサが安心させるように言ってくれたけど問題はそこではない。伯爵家に死角がないことが問題なのだ。これでは抜け出すなんて無理だわ。どこを歩いていても人がいるなんて……。それに門のところには門衛がいる。このお屋敷から出入りするには門衛のチェックが必ずある。塀の高さはわたしの背の倍はありそうなくらい高いし抜け穴もなさそうだ。我が家の塀にはたくさんの抜け穴があり、そこから賢一さんのところに抜け出していたことを思い出すとため息しか出ない。同じ貴族でもこんなに違うのね。
「それにしても庭師が多すぎないかしら。ここから数えただけでも十人はいるわ」
「茉里様のためですわ。結婚までに素敵な庭にするようにと理玖様が手配されたのです。理玖様は男性なのであまり庭には興味がなく殺風景だったのですが、奥様に『そんなことでは花嫁に逃げられるわよ』と言われて急遽手配されたようです」
わたしのためにわざわざしてくれているのに庭なんてどうでもいいとは言えない。
それよりも大事なことがある。
「わたしの荷物は子爵家から届いたかしら。それに着の身着のままで来たから一度帰って荷造りをしたいわ」
商業ギルドのカードは見つからない場所に隠してあるけど、手の届く場所にないと不安だ。何かあってもお金があればなんとかなる。幼い頃よく食事がもらえないことがあった。こっそりパンを持って来てくれていたメイドは見つかってしまったのか直ぐに解雇された。そのこともあってわたしに優しくしてくれるメイドはいなくなった。子爵家のメイドになって一番初めに教えられるのは、わたしに優しくしないことだとメイドの誰かが言っていた。
「なんでも用意しますから大丈夫ですよ。荷物は結婚式が終わってから取りに行くことに決まったそうです」
「で、でも結婚式まで二ヶ月もあるわ。着るものにも困るし…」
「大丈夫ですよ。今日にでも店の人が来てくれることになってます。ドレスも新しいのができたそうですよ」
元々わたしはあまりドレスを持っていない。ほとんどが愛莉のお下がりだったので、結婚するにあたって理玖様が用意してくれている。申し訳なさそうにしていると、未婚女性と既婚女性ではドレスも変わるから気にしなくていいですよとカーサが言ってくれた。でもわたしが気にしていたのは、家出を実行した場合に新しく作ったドレスがどうなるのか不安になったからだ。ここまで用意されているのに家出をしてもいいのだろうか。未来に希望がないからって、わたしが逃げ出したら理玖様はどうなるのだろう。愛のない結婚をするよりは彼のためだと思うのはわたしのわがままかもしれない。
わたしはその日初めてお金を気にしない買い物というのを経験した。愛莉は可愛い下着をたくさん持っていたけど、わたしは飾りのない地味な下着しか与えてもらったことがなかった。下着の専門店の人が並べた下着の中にはわたしが持っていた下着はなかった。レースで縁取られた下着はどれもが可愛く、リボンまでついている。わたしが一つ選ぶ間にカーサはたくさん選んでいる。カーサって下着が好きなのかしらと思っているとどれもがわたしのための下着だった。そんなにたくさんいらないわと言うと、結婚したら毎日違う柄の下着を使うものですと言われてしまった。本当にそうなのか聞く相手もいないので、カーサに言われるまま買うことになってしまった。
下着の次は靴屋さん。オーダーメイドでも頼んでいるけど、今回は持って来てくれた中から選ぶ。たくさんありすぎて選ぶことのできないわたしの代わりにカーサが選んでくれた。わたしが選ぶよりカーサが選んだ方が間違いがない。
最終的にわたしが履いて痛くないか歩きやすいかで決めていく。
そのほかにも普段着のドレスや帽子、カバンに靴下、日傘まであらゆるものを三日間かけて選んだ。カーサやハウスメイドが届けられた荷物を嬉しそうにといている。
「あとは宝石ですね。髪飾りやネックレス等は理玖様が選ばれるでしょう」
「宝石だなんて怖くてつけられないわ」
子爵家の宝石のほとんどは模造品というかクズ石のような宝石で作られていた。それもわたしがつけたことはない。でも理玖様が選ぶ宝石はきっと本物に違いない。わたしは婚約の証にいただいたわたしの瞳の色と同じのエメラルドの宝石でできた指輪を見る。宝石が大きすぎて怖いくらいだ。この指輪を見た母様の顔は忘れられない。さすがに取り上げられることはなかったが、いつか盗まれるのではないかと疑ってしまうくらい物欲しそうな目だった。
「慣れですわ。初めは怖がっていたその指輪も今では気にならないでしょ?」
確かに初めはとても怖くて、重い気がしたけど最近はつけていることを忘れている。美味しい食事にふかふかのベッド。慣れてしまっていいのかしら。このままでは庶民として生活していけなくなってしまうかも。
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