第18話 理玖side

不穏な噂を私が知ったのは噂がかなり広がってからだった。噂がどこから始まったのか調べているがまだ掴めていない。

 『呪い』を使って茉里が愛莉を亡き者にしたという信じられない内容だった。今時、『呪い』で人が殺せると信じている人は少ない。それなのにどうしてこんなにも広がったのか。それには理由があった。茉里が私と婚約したことで一気に広がったようだ。私と愛莉の婚約の話は婚約式が終わるまではごく身内のものしか知らないはずだった。だが愛莉の母親は内緒の話だと言って、かなりの人に話していたらしい。


『姉が妹を妬んで呪いで殺した』


妹を妬んでも殺しまでするとは思えないからと広がらなかった噂が、妹の婚約者を奪うために呪い殺したのではないかとなると瞬く間に広がったようだ。愛情のもつれの話が好きな女性が多すぎる。




「どうしてカーサが茉里の手を握ったんだ? それって私の役目だよね」


「理玖様が慰めないから私が慰めただけです。もっとしっかりしてください。馬車の中でずっと黙ってるようでは茉里様の心を掴めませんよ」


 私だって抱きしめて慰めたかったさ。でもあの場にはカーサがいた。茉里は恥ずかしがりやだから、嫌がると思って手が出せなかったのに、そのカーサにいい所を取られてしまった。カーサが茉里を慰めているのを見て、どれだけ邪魔をしたかったか。だがカーサに手を握られて嬉しそうにしている茉里を見ていると何もできなかった。


「茉里は寝たか?」


「はい。疲れたようでベッドに入るとすぐに寝息が聞こえてきました」


神経が高ぶって眠れないのではないかと心配していたのでホッとした。自分の妹を呪い殺したと噂されていると知ってどれだけ傷付いたことだろう。噂を流した犯人は必ず見つけ出して彼女と同じ苦しみを味あわせてやる。


「その茉里様のことですが、耳に入れておきたい事があります」


「なんだ?」


「茉里様は非常に賢い方です。彼女は商業ギルドを通して仕事をしています」


「仕事だと? 何故仕事をする必要がある?」


「それとなく尋ねると、食事を抜かれた時に食べるものを買うために始めたと言っておられました」


調査したところ幼い時から食事を抜かれる事があったようだからお金を稼ごうとしたのも無理もない。


「苦労したのだな。もっと早く出会っていればいくらでも助ける事ができたのに」


「私もその話を聞いたときは大変だったとしか思わなかったのですが、どうもおかしいのです」


「何がおかしいのだ?」


「今もたくさんの仕事を受けているのです。理玖様と結婚されるのだからお金の苦労など心配されなくて良いと言ったのですが、頼まれると断れないからだと言って仕事をしています」


「断れないだけではないのか?」


「もしかしたらですが、家出するつもりなのではないでしょうか」


「私のもとから逃げるということか?」


「元々、成人したら家を出るつもりでお金を稼いでいたのではないかと思います。お菓子やお酒をあげて仲良くなった長くからいるメイドに聞いたのですが、庶民の暮らし方やひと月でどのくらいお金がかかるのか聞いてきた時期があったそうですが、それは三年も前の話だと言ってました」


「三年も前から家を出ることを考えていたということか……成人すれば自由にいき方を選べるからな」


あの扱いでは無理もない。特に母親は茉里を憎んでいるのではないか。頬を叩くのに思いっきり叩いていたあの姿は危険な気がした。


「だが私との結婚が決まっても家出を考えているのは解せない。私はそれほど嫌われているのか?」


確かに出会った頃は嫌味ばかり言っていたから嫌われても仕方がない。だが最近は劇場や博物館にもデートをしているし、彼女はいつも笑顔で私と話している。不満があるようには思えなかった。まさか他に好きな男がいるのか? 祖父江伯爵のことは誤解だと言っていたが、やはり彼と一緒になりたかったのだろうか。それとも平民が相手なのか?


「嫌われてはないと思いますよ。ただ茉里様は愛莉様のことが気になっているのだと思います」


「愛莉は死んだ。もう私と茉里の邪魔は出来ないのに気になるのか?」


「茉里様は愛莉様にコンプレックスを抱いてます。家族の愛は全部愛莉様に向けられていたわけですから。ですから一度ゆっくり話し合われた方がいいですよ。理玖様が愛莉様をどう思っていたのか。茉里様をどう思っているのか」


できれば自分の勘違いでおこった諸々を知られたくなかった。だがこのままでは茉里は遠くへ行ってしまうかもしれない。


「わかった。話をしてみよう。だが逃げられないように警備を増やした方がいいな。それと伯爵家からの荷物は当分渡さないように。お金がなければ逃げることは出来ない。結婚してから渡せばいいでしょう」


「そんなことをして嫌われてしまいますよ」


「話はするが、万が一を考えてのことだ」


カーサが呆れたようにため息を吐いたが、やめるつもりはない。

愛莉を殺したの犯人が見つかっていないのだから命の危険もあるのだ。警備を増やすのはそのためだと説得すれば良い。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る