エピローグ
あの大戦から、気づけばもう半年が経ったんだな。
大戦の事後処理に、王としての正式な即位式やそれに伴う人事異動やらが終わって、ようやく余裕ができたんで、今これを書いてる。届くかどうか以前に、そもそもお前がまだどこかに存在してるのかすら判らねぇけど、まあ気持ちの問題だ。
しかし、この半年で本当に色々とあったからな。さて、何から書けば良いのやら。
そうだな、まず最初に。グランデルは、今日も平和だ。俺も、お前があれだけ盛大に後継の儀式みてぇなパフォーマンスをしてくれたおかげで、拍子抜けするくらいすんなりと国民に受け入れられたよ。
本当は、もう少し苦労するかと思ってたんだけどな。なんつーか、お前があまりにも雲の上の存在すぎて、逆に誰もお前の代わりなんて求めようとしないんだろうよ。というか、お前という唯一無二の存在に対して代替を求めること自体、畏れ多いことこの上ないって話なのかもしれねぇな。
お前がずっと気にしてた世継ぎに関しては、前々から相談してた通り、一番魔法の才があるマリーのところの次女を、お前の養子として迎える形で王位継承権第一位に据えることになったよ。問題は、どうやって鬼籍に入ったお前の養子にするかだったんだが、それについては、新たに神籍っていう籍を設けることで解決することにした。文字通り、神に連なる存在だけが入れる籍だ。お前以外に使われることはなさそうだから、そんなもん新設してどうするんだって反対を受けるかとも思ったんだが、満場一致で法案として通ったから安心したよ。色々と特例を設けて、今回に限り、神籍にあるお前との養子縁組が成立するってことで調整した。だから、今回だけ名前を貸してくれよ。
それから、円卓の他の国について。何処も未だにちょっとバタバタしてるみてぇだけど、結果的に大きな被害はなかったし、徐々に落ち着いてきてるみたいだ。あれだけの共闘を経ても、北方国と南方国は相変わらず仲が悪ぃし、青の王はなんかやたらとうちを目の敵にしてくるしで、まあ、その辺もいつも通りだな。
そうそう、ロイツェンシュテッド帝国なんだが、今回の件は向こうもある意味被害者だろうってことで、特に円卓の側からあれ以上の制裁を加えたりはしない方向で話が纏まった。寧ろ今は、大打撃を受けた帝国の中枢をサポートする形で、円卓の方で復興の指揮を取ってたりする。その辺は大戦のときに留守番組だった銀と紫と萌木が率先してやってくれてるから、俺はいまいち詳しくは知らねぇんだけどな。まあ、得意魔法的にも紫と萌木は復興向きだし、それこそ銀は円卓の取りまとめを担当するくらいなんだから、任せといて問題ないだろ。
そうだ、この帝国の扱いに関連して、黄の国の第四王妃だった例の彼女も、正式に王妃として葬儀を執り行うことが決まったってよ。いくら帝国に情状酌量の余地があると言っても彼女が間者だった事実は変わらない、って言ってリィンスタット王は最後まで渋ったらしいが、何よりも国民たちの後押しが強かったってことで、結局王の方が折れる形で決定したんだとさ。けど、きっとリィンスタット王、内心ではすごく嬉しかっただろうな。
ああ、そうだ。お前と言うか、お前の恋人にとって重要な話がひとつ。
お前らが燃えて消えたあとな、何がどうなったんだかは判らねぇが、お前らがいた場所に、十にも満たないくらいの子供が一人、膝を抱えてぽつんと座ってたんだよ。それがキョウヤによく似た子供でな。余りにも瓜二つだったんで、兎にも角にも保護すべきかと思ったんだが、まさかの黒の王が、俺が預かるって言って攫ってっちまってな。
何せ俺も体力気力共に限界だったし、他の王もそれどころじゃないってんで、そのときは黒の王に任せることにしたんだが、案の定その後の円卓会議でちょっと揉めてな。
子供を連れ帰った黒の王の話を解読するに、どうやらあの子供は、キョウヤの主人格であるチヨウ・アマガヤらしい。つっても、黒の王はあの通りの喋り方しかしねぇから、いまいち話の詳細までは判らねぇんだけど。えーっと、なんだったかな、確か、
『あの子供はちようで、きょうやに捨てられて、グレイとアレクサンドラとジンがいなくなったからひとりぼっちらしくて、つまりそれは迷子ってことでしょ? それなら俺が任されたから俺が世話するよ。面倒くさいけど、太陽神から直接頼まれた以上、世話しないと怒られそうだし』
みてぇな感じだったかな、多分。
いやぁ、驚きだよな。知らない間に、なんと
あの老王、これまでに見たこともないような食いつきようでさ。それこそ鬼気迫る勢いで、太陽神はどんな方だったのか、どんな姿だったのか、具体的にどんな言葉を貰ったのか、って黒の王を問い詰めたんだが、返ってきた答えが、
『え、なんかよく判んないけど、ぴかぴかしてたよ。まあ太陽だもんね。そりゃ光ってるよね。言葉は、えーっと、なんか迷子がいるから世話よろしくみたいなこと言われたかな。でもいまいち何言いたいんだか判らなかったよ。説明が下手なんだろうね』
だからなぁ。そりゃあもう大激怒よ。いやぁ、今思い出しても笑えるわ。なんつーかほら、銀の国は太陽神信仰に厚い国だからさ、折角憧れの神様の話が聞けると思ったらあれなんだから、ちょっと可哀相だったな。まあ、銀の王本人にそんなこと言ったら怒られそうだから、口が裂けても言えねぇけどよ。
そんなこんなで、結局チヨウ・アマガヤについては、
そういやチヨウと言えば、魂の影響なのか、うちのグレイも随分と気に掛けてるな。何度か黒に行って、遊び相手をしてきたくらいだ。グレイ曰く、黒の王にべったりで、かなり懐いている様子だったとさ。正直懐くような要素ないだろって思うんだが、もしかすると、ひとりぼっちのときに真っ先に手を差し伸べたのが黒の王だったから、なんの疑いもなくそこに依存しちまったのかもな。何にせよ、聞く限りじゃあ、少しずつ子供らしい表情も見られるようになったって話だ。良かったよな。
キョウヤがいなくなったのにチヨウ・アマガヤがなんで残っているのかについては、色々と諸王の間でも憶測が飛び交ってる。今のところ有力なのは、キョウヤごとチヨウまでお前が連れて行っちまったんじゃあ、この世界にあるべき魂のバランスが崩れるからって説かな。俺個人は、この説は割と的を射ているんじゃないかと思ってる。確かめようはないんだけどな。
でも、これじゃあ、チヨウが幼い子供として残った理由は説明できねぇんだよな。なんとなくの情報を照らし合わせた感じ、今のチヨウの姿やら中身やらは、キョウヤが表に出っぱなしになるきっかけになった母親殺しの前後くらいの頃のものだと思うんだが。その辺り、どうもチヨウも記憶があやふたみたいで、いまいちはっきりしないんだ。
ただ、母親殺し以降、チヨウはずっと眠っていた、みたいなことを前にアレクサンドラが言ってたから、もしかすると、中身と肉体が釣り合うようにって、神様が調整したのかもしれないな。まあ、神様ってのがそこまでお人好しかどうかまでは知らねぇけど。
なんか長くなっちまったが、報告すべきことは、大体こんなもんか。
取り敢えず、円卓はこんな感じで今日も安泰だ。お前が心配するようなことは、何もないよ。
あと、これはただの戯言みたいなもんなんだが。概念としての神ってのはさ、人の想いや祈りが形を為して生まれるものだろ? だから、もしかすると、俺たちがお前をそうと信じて祈るのであれば、お前は今も、
そこで、赤の王は筆を置いた。炎を模した装飾が施された上質な便箋に並ぶ文字を改めて眺めて、そのまま暫くの間沈黙する。
そうやって何かを考えるように便箋を見つめたあと、王はひとつ息を吐いた。そして、最後のはやっぱり余計だな、とひとり苦笑を漏らす。
最後の文章が書いてある便箋だけ燃やして捨てて、もう一度書き直すか、と思った赤の王だったが、間が悪いことに、手元にあるこの便箋はこれで最後だった。
最後の一枚だけ別の便箋にする、というのもなんだか格好がつかない。仕方がないから、今度城下街に行ったときにでも買い足して、それから書き直そう、と王が思ったところで、執務室の扉が叩かれた。
「入れ」
書きかけの便箋を机の引き出しにしまいつつそう言えば、その言葉を受けて扉を押し開けたのは、グレイだった。
「休憩中も執務室に籠りっぱなしですか? そんなんじゃあ身体を壊しますよ」
「いや、別に仕事してたわけじゃねぇよ。息抜きをしてたさ」
「それなら良いですけど」
あまり信用していなさそうな秘書官に苦笑しつつ、赤の王は首を傾げる。
「何か用か?」
「ああ、いえ、休憩中に申し訳ないんですけど、例の、ロステアール先王を神として祀るための神殿を建てましょう勢が、城門に押し寄せているそうで。王陛下は休憩中だからと、ガルドゥニクス騎士団長が対応してくれていたみたいなんですが、やはり王陛下のお言葉でないと効力が薄いようです。別に緊急事態でもなんでもないんですが、何度も同じことを説明している騎士団長が不憫なので、行って鎮圧してきてください」
「鎮圧ってお前」
そんな暴徒扱いしなくても、と言った赤の王を、グレイが睨む。
「オレからしたら暴徒みたいなもんですよ。よりにもよってあの先王を神と崇めるなんて、ああ気持ち悪い」
「実際神様だった訳だしなぁ」
「だからなんだって言うんです? まさか、アナタも神殿建てたい派なんですか? オレは断固反対します」
噛みつくように言ったグレイに、赤の王が笑う。
「気持ちは判るが、その話が議題に上がってからずっと主張してるように、俺は反対派だよ。そもそもグランデルには宗教の自由があるからな。国の事業として神殿を建てる訳にはいかねぇ。あいつだって、そんな金があるなら精々民に還元しろって言うだろうしな。それに、神殿なんて大層なもん建てなくても、きっと一人一人の信仰が薄れたりすることはないさ」
「……やっぱり、神殿建てたい一派よりも何よりも、アナタが一番気持ち悪い気がしてきました」
グレイが心底嫌そうな顔をしてそう言ったが、赤の王に気にした素振りはない。秘書官のこういう反応には、慣れているのだ。
「つっても、それだけで国民が納得するとも思えねぇ。皆、何かしらの形を残したいんだよ、多分な。だから、あいつが還った日を記念日として祝日にでもする、ってのが無難な落としどころだろうな」
「はあ、記念日」
「ああ。近い内に炎の御子に関する記念日の話を議会に提案するから、ひとまずはそれで納得してくれ、って感じで説得にかかるか。恐らく議会で反対する奴はいねぇから、ほとんど通ったようなもんだし、今の時点で言っちまっても大丈夫だろ」
「…………やっぱオレ、この国の人間は全員頭がおかしいと思うんですよね」
心底気味が悪いものを見るような目を向けてきた秘書官に、赤の王は適当に肩を竦めて返した。正直王には、何がおかしいのか理解できないのだ。グレイからしたらそれがまた気持ち悪いのだが、言ったところでどうせ伝わりはしない。
「それじゃあ行くか。報告ありがとうな」
そう言った王が立ち上がり、外套を羽織って執務室を出て行く。それに付き従うようにして、グレイも彼の背中を追った。
こうして王の執務室には静寂が訪れたのだったが、少しもしないうちに、再びその扉が開かれた。
入ってきたのは、赤の王だ。
忘れ物を思い出したかのように戻って来た彼は、足早に執務机に向かって、先程の便箋をしまった引き出しに手を掛けた。
これから城門まで行くのだから、どうせならそのついでに新しい便箋を買いに行こう、と思いついたのだ。だが、あの便箋は貰い物であったため、どこで売っているのかまでは判らない。
(城下町の何処だかで売ってるって話は聞いたし、今ある分を持って行って、その辺の店で見せて尋ねれば見つかるだろ)
そんな考えで引き出しを開けた王は、しかし次の瞬間、ぱちぱちと瞬きをした。
暫くそうして呆気に取られたような顔をしていた王の表情が、見る見るうちに柔らかく滲むような温かさを灯し、そして彼は、中身に手を触れることのないまま、ぱたんと引き出しを閉めた。
折角取りに戻ったのにとんだ無駄足だったな、などと胸中で呟きつつ、今度こそ城門へ赴くために、王が再び執務室の扉へ向かう。
短い距離をいつも通りの足取りで進み、部屋の外へ繋がる扉に手を掛けた王は、しかしそこで後方を振り返った。
そして、執務机の椅子に向かって、まるで何か眩しいものを見るときのような目をして笑う。
「せめて書き終わるまで待っててくれたって良いじゃねぇか、馬鹿」
炎の神に愛されし国、グランデル。
尚も続く歴史の、その遥けき昔に、未曽有の危機を救う神の御手として、炎神の御子がその身を遣わされたという。歴代最高の王として君臨せし御子は、その御業を以て大いなる竜すらも退け、世界の暗雲を振り払った。
その栄光は未来永劫翳ることなく、今も尚、陽の輝きが如く謳い継がれている。
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