第5話 蜘蛛男との決着
朔夜対紺悪魔が戦うその一方で、俺、ザックは紺悪魔の主である人間、いや、蜘蛛の化け物に変貌した人間と対峙していた。戦っている朔夜の近くには行かせないようにと気を遣いながら戦っているせいもあってか、この蜘蛛男が倒れてくれない。ほぼ操られながら動いている化け物は時々、言葉を発しながら俺に攻撃を仕掛けてくるので、避けてはこちらから攻撃の繰り返しだ。
「なかなかしぶとい奴だな、てめぇはよぉ」
「死ネ、死ネ……アク、魔ノ書……」
「言葉も通じねぇか。下級契約者めが」
さて、どう料理してやるか。とりあえず、ハウルを召喚するか。
「さぁて、相棒。仕事の時間だぜ?」
俺は両手を合わせて、ゆっくり離していくと同時に漆黒の大剣を召喚する。すると、頭の中で声が響く。
【仕事と言うからには相応の相手なのだろうな、相棒】
「いーや、残念ながらクソ雑魚だ。付き合ってくれ、ハウル」
【はぁ……。やる気がまるで出ないのだが……致し方ない、付き合うとしよう】
俺の大剣に宿る眷属であるハウルが溜息をつきながら返事をすると、大剣に禍々しい気が纏わり付く。それを見た蜘蛛男が再び
「強イ……ホ、シイ……寄越セ」
「欲しい、ねぇ。てめぇでもこれを手に入れられるぜ。俺と契約すれば、の話だけどな。ま、てめぇみたいな下級野郎がこの俺様を使役できる訳がねぇけど」
「ヨ、コセ…………。寄越セェェェエエエエエエエ!!」
そう言って、俺に向けて何本もの蜘蛛の糸を飛ばしてくる男。俺はそれらをひょいっと軽く跳躍して避ける。
「コントロールくそだな。どこに向かって飛ばしてんだ?」
「フハッ、ハハハッ」
「……あ?」
何を笑ってやがる、と気づいた時にはもう遅かった。次の瞬間、片言だった言葉が急にはっきりした言葉へと変わる。
「
「……っ!?」
言葉と同時に、張り巡らされていた蜘蛛の糸がものすごいスピードで動き、繭のようなものが作り上げられ、俺はその中に閉じ込められてしまった。
「へぇ、やるじゃねぇか、化け物野郎」
内側から繭を叩いてみると、割と頑丈なようでコンコンと音がする。何も仕掛けはなさそうだが、用心しとくに越したことはねぇか。とりあえず、様子見だな。
「モラウ……俺ノ、モノ……」
外の様子が全く分からない以上、下手に手が出せないでいると、繭の壁に何かが突き刺さり、ぐらっと揺れた。今度は何だと思っていると、頭の中でハウルが伝えてくる。
【相棒、気をつけろ。上だ】
言われた通りに見上げると、棘のようなものが見え、その先から紫色の液体がぽたぽたと滴り落ちている。落ちた先を見ると、繭の底にその雫が当たり、霧になって紫色のそれが充満し始める。
「……ちっ」
毒の霧か。遅効性なのか速効性なのかも分かんねぇこの状況じゃ、とっととここから出る以外ねぇな。そう思った俺はハウルに問いかける。
「ハウル、外に出られそうか?」
【繭自体には魔力は感じられない。外の魔力も大したことはない】
「
俺は大剣の柄を握り直すと、大剣を片手一振りで繭を引き裂いた。こんな簡単に破られるとは思っていなかったのか、蜘蛛男の顔に動揺が見られる。さらに追い打ちをかけるように、俺は一歩で蜘蛛男に近づいて、下半身にある八本の足の先を全て切り裂いた。緑色の血液が切られた部分から吹き出す。蜘蛛男はずしゃっと倒れ込み、俺を絶望と恐怖で満ちた顔で見つめてくる。その表情がたまらなくてぞくぞくする。絶望する顔は何度見ても快感だ。
「おいおい、これで終わりか? やっぱ雑魚は雑魚なんだな。俺に傷一つも付けられもしねぇとは」
「ア……ガ…………ガガ……」
「まだやるか? もう逝きてぇなら逝かせてやるぜ?」
俺は大剣を一回転させてから構えたその時、いきなり蜘蛛男から魔力が消え去り、化け物から人間の体に戻った。同調していたことで、俺が蜘蛛の足として切った物は、人間の足に変わり果てていた。
眷属の力が途切れたということは、朔夜が紺悪魔を倒したってことか。ま、紺悪魔の魔力を感じるってことは生きてはいるようだが……。初めてにしちゃすげぇ働きぶりだ。
俺は動くこともできない男に近寄って様子を見る。流血が酷い、こりゃもうダメだな。そう思った俺は、しゃがんで男に声をかける。
「おい、言い残すことがあるなら聞いてやる」
「……あ、悪魔の……書……のため……」
「もう無理だろ。何を捧げるつもりだ」
「まだ、一つ……残っ……てる……」
そう言って、彼は震える手を胸の中心で微かに脈打つそれに置いた。
「ふん、死んだとしても悪魔の書が欲しい、か。その心意気だけは褒めてやるよ」
「殺、すなら……早く、しろ…よ……」
「ああ、楽にしてやるぜ。いい夢見ろよ……っ!」
そう言って、俺は大剣を男の心臓を目掛けて思いきり刺した。
* * * * *
紺悪魔と決着をつけた俺は、ジルヴェルに体を返してもらい、ザックの様子を伺う。どうやらあちらも終わったようで、俺はザックの方に駆け寄りながら声をかけた。
「あ、ザック! そっちは大丈…………」
「おー、片付いたぜ」
ザックの姿と彼の目の前の惨劇を見て、俺は固まる。返り血を浴びているのに平然とした顔と、べったりと血が付いた大剣。そして、ザックの前には、人間の体と、そこから切り離されたであろう首が転がっていた。全身の血が逆立って、俺はやっとのことで一言発した。
「こ、これ……は……?」
「あー、眷属に飲まれて自我も失ってた。んで、大分力削いだ後に、朔夜が紺悪魔を止めてくれたおかげで、こいつから眷属の力が離れた。だが、眷属に対価を取られすぎたせいで、もうこいつの時間は僅かしか残ってなかった。それに、紺悪魔に願いを叶えてもらうためには命を捧げるしかねぇ。どっちみち死ぬ運命なら、楽にした方がこいつのためだと思ったから殺してやった」
「…………っ、で、でも……」
殺す必要はなかったんじゃないのか?
彼を救える方法はあったんじゃないのか?
そんなことばかりが頭を過ぎる。俺の考えを読んだのだろう、ザックが溜息をつきながら話し始めた。
「紺悪魔が生きてるとは思ったが、その考えがあったからか。言うのはこれで最後だ。殺らなきゃ殺られるのはてめぇだ。てめぇがいるのは“
ザックの言っていることを頭では理解しているのに、納得できない自分がいる。どうしてか「後悔」という感情が生まれてしまう。そんな俺の様子に気づいて、再びザックが溜息をつく。
「甘ちゃんだとは思ってたが、ここまでとはな。殺すことに躊躇いがある主人なんて初めてだぜ」
「ご、ごめん」
「……まあいい。てめぇはまだ悪魔がどういうものかを理解しきってないお子ちゃまだ。とりあえず、部屋に戻るぞ。全部話してやる。悪魔と魔界、そして、悪魔の書についてな」
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