第4話 朔夜、初めての戦い
「俺があの悪魔を倒す。だから、蜘蛛男の相手を頼む」
「
ザックはにやっと笑って、心底楽しそうな顔で蜘蛛男の方に向かっていった。彼の背中を見送った後、俺は拳を握り、少し離れたところにいる紺悪魔の方に目を向ける。どうやらザックとの会話が紺悪魔の耳にも届いていたようで、彼は俺を睨みつけながら吐き捨てた。
「人間が、俺を倒す……? 言ってくれるじゃないか。眷属を従えたとて、簡単に悪魔を倒せると思うなよ?」
「簡単なんて思ってない。でも、絶対にお前を倒す」
俺は銀狼の柄を両手で握りしめ、紺悪魔の方に向けて戦闘態勢に入った。対する紺悪魔は、左手から死神が持っているような形の大きな鎌を召喚して構えた。
「手負いでどこまでやれるか見ものだな……。行くぞ」
そう告げてたったの一歩で俺の目の前で来て鎌を俺の首を目掛けて振るう。俺は咄嗟に剣で受け止めた、つもりだった。
「い……っ」
瞬間首に痛みが走った。俺は首を押さえ、鎌を剣で押しのけてばっと後ろに下がって紺悪魔から距離を取った。ぴりつくような痛みがある首から手を離すと、手が赤く染まっていた。
俺は確かに鎌を受け止めて避けたはずだ。なのに、首が切れたってことは、あの鎌の先が伸びた? いや、そんなことあるわけないか……? でももしそうだとすれば……。
「考えている暇があるくらいなら、攻撃の一つや二つしてきたらどうだ?」
俺の心を読んだ紺悪魔は攻撃の手を止めず、俺に向かってくる。もう一度攻撃を避けると同時に鎌の謎を確かめようとして再び受け止めると、ひゅっと何かが伸びてきた。ばっと離れようとしたその時、手首と足首に何かが巻きついて身動きが取れなくなり、左脚を鎌で引き裂かれた。
「うぁっ……!」
何で……? 避けようと思ったら動けなくなった。一体何が巻きついて……。そう思って手に目をやると、透明な糸の束が見えた。その先がどこに繋がっているのかを辿ると、紺悪魔が持っている鎌に続いていた。鎌をよく見ると、何かが蠢いている。何だあれ。
【蜘蛛だろ?】
そう俺に伝える声が頭の中に響いた。どこかで聞いた声だ。
【おいおい、もう忘れたのかよ、クソ人間】
「……もしかして、ジルヴェル?」
【……てめぇの周り蜘蛛の糸が張り巡らされてんぞ】
そう言われて初めてじっと目を凝らして周りを見てみると、体に透明な糸が巻きついているのが分かる。これのせいで動けなくなっていたらしい。この糸さえなければ俺は動けるってことだよな、どうするか……。そう考えていると、紺悪魔が上から目線で告げる。
「ふん、鎌の種明かしが分かったところで、人間が俺に勝てるとは思えない。それに、その剣……落ちこぼれの銀狼だろう?」
「落ちこぼれ……?」
「ほう? ザックはどうやらお前に何も説明せずにそいつを渡したらしい。あいつの眷属の中で一番出来が悪いんだよ、銀狼は」
出来が悪い? 試練を受けた俺にはよく分かる、ジルヴェルは強かった。出来が悪いというのは何かの間違いじゃないのか?
【おい、代われ】
え、代わるってどうやって……? そう思った瞬間、体から力が抜け、ふわっと浮くような感覚に陥った。自分の体を動かそうと思っても何もできなくなった代わりに、体は俺の意志とは関係なく動き始める。
「けっ、初めての同調としちゃまあまあか」
俺の体なのに、俺じゃない声が発せられる。なんとなくそうなんじゃないかとは思うが……。
「紺悪魔如きが、こいつはともかく、俺様を侮辱したこと、後悔させてやるよ」
「ほう? 体は生意気な口を聞いたあの人間だが、その銀色の髪と深紅の瞳……銀狼か」
やっぱり、ジルヴェルが俺の体を使ってる!?
今の俺は魂みたいな形で存在しており、ジルヴェルが引っ込むまで俺はこのまま動けないらしい。最悪だ、死にたくねぇから大事にしてくれよ俺の体。魔剣に宿る主である銀狼のジルヴェルに体を乗っ取られて傍観者と化した俺は、ジルヴェルが勝ってくれる事をただ祈るしかない。
「かかって来いよ。ま、雑魚が俺様に当たる攻撃をするとは思えねぇけどな」
ジルヴェルが紺悪魔を挑発するので、彼の何かがブチッと切れる音がした。大変ご立腹だ。やばい、心配だ、俺の命が。体を乗っ取られているので、ジルヴェルに再度確認する。
【本当に大丈夫なんだよな……?】
「あ? 心配しねぇでもあんな下級悪魔、しかも眷属が虫けらな野郎にこの俺様が負けるかよってんだ」
【さっきからジルヴェル、下級下級って言ってるけど、関係あるの?】
「悪魔が上級だとその道具や武器に宿る眷属の力は悪魔と同等になる。俺様は一応クソ黒悪魔の眷属だからな、紺悪魔如きに負けたりしねぇ」
凄え自信、と思うと同時に何故かジルヴェルなら負けないと思えた。彼には絶対的強さがあって、それは紺悪魔の反応を見れば明らかだった。ジルヴェルのことを下に見てはいるが、自分よりもランクが上の悪魔の眷属なのだ、不安が感じ取れるような目をしている。まあ、ジルヴェルが自信に満ちすぎてて心配いらないっていうのもありそうだけど。
俺がそんな事を考えているとジルヴェルが手から何かを出し始めた。それはだんだん大きくなって手を囲んだ。青白い炎だ。しかし、不思議なことに俺の手は焼けておらず、熱さは感じていないようだ。
すごいと思った後、不意に紺悪魔の方を見ると、鎌から先程の禍々しさが和らぎ、力が弱まっている気がした。しかも、紺悪魔も後ずさりしようとしているような……。不審に思った俺に対してジルヴェルは見下すように笑ってまた紺悪魔を挑発する。
「なんだなんだ、蜘蛛様は炎が苦手なのか? 剣が戦う気が無いのなら俺様の勝ちだな。弱い者は死ぬに限るからな、気持ち良く逝かせてやんよ」
「クソが……。俺はまだやれる。……怯むな、俺がついてる」
紺悪魔は眷属が宿る鎌に必死に声をかけるが、変化は無い。眷属である蜘蛛は相当火が苦手らしい。苦手なものを突き付けられるなどたとえ動物でも嫌だろう。ほんと性格悪いな。って待てよ、「逝かせてやる」って言った?
【ジルヴェル、その悪魔、殺すつもりか……?】
「は? ったりめぇだろ。何言ってんだ」
【こ、殺しちゃ駄目だ!】
俺がそう伝えると、ジルヴェルが顔に青筋を作って告げる。
「はぁ? お前今何つった? 殺すな、だと?」
【……っ、うん、殺すなって言った】
ジルヴェルからの威圧感が凄くて怯んでしまいそうになるが、ここで引いたらいけない気がした。
何でかは分からない。殺したくない。
絶対に後悔してしまう気がするから。
魂みたいな形の俺でも、俺が口に出して言っていない心のうちも話さなくても分かるらしい。ジルヴェルは舌打ちをしてぼやく。
「…………ちっ、何で俺様がこんなクソ野郎を主にしちまったのか……」
【ご、ごめん……】
「ふん、まあいい。主と認めたからにはてめぇの命令は絶対だ。けど、手加減したって俺様が勝つからなっ……と!!」
そう言うとジルヴェルが攻撃した。手に持っていた炎の玉を紺悪魔に投げ付けたのだ。しかも鎌に向かって、だ。しかし、俺の言いつけ通りに加減をしているせいで避けるのは容易く、楽々と交わされてしまう。
「くっ、てめぇが殺すなとか言わなきゃもう俺様の勝ちで終わってんのに……っ!」
【それはごめんなさいね!】
文句を言いながらもジルヴェルは忠実に俺の言いつけを守っている。死なせないようにするのはジルヴェルを含め、魔界の者にとっては不得意分野らしい。加減をしようと思っても魔界の者は基本的に悪をベースにしていて殺戮・暗殺などの能力が長けているので死なせないようにするのが凄く難しいとジルヴェルが話してくれる。敵はこちらを殺す気で攻撃してきているのに、こちらは殺しちゃいけないという枷がついているのだ、どう考えても分が悪い。
「おい、クソ人間野郎。重症ならいいよな?」
【……究極死ななければいい。殺すな】
「ったく、マジでこんなのを何で認めちまったんだろう、なっ!!」
同じことを2回も言った。ちょっとショックだぞ!? と思いながら見ていると、ジルヴェルは再び手に炎を出し、それを細い円状にして幾つも纏う。手に一つずつ、残りは彼の周りに浮いている状態だ。
「その
ジルヴェルが言うと周りにあった円状の炎が一斉に鎌に向かっていた。紺悪魔は
一つ二つと紺悪魔と鎌に当たって切り裂く。鎌の刃には傷が付き、取り巻いている蜘蛛から切れた体から血が噴き出す。主の紺悪魔も切れた腕や脚から血が流れて滴っている。頬にも当たったらしく、一筋血が流れている。
紺悪魔の息は上がっており、肩で呼吸していた。鎌の方も纏わり付いていた邪気が緩んでいる。ジルヴェルはその様子を見てニヤリと笑みを浮かべた。
「この程度の攻撃で根を上げるたぁ、よくも俺様に向かって殺すと言えたもんだよな、下級野郎。さて、そろそろお寝んねの時間だ」
ジルヴェルは目を閉じてブツブツと何かを唱えて始める。足元に円陣ができて青白い光が彼を囲む。そして唱え終わると同時に目を開いて叫ぶ。
「……
途端に紺悪魔の周りに白い炎の檻が出来上がった。
「下級悪魔、その檻から出ようと思うんじゃねぇぞ。檻に触れた瞬間、てめぇは消し炭になる。触れねぇように少し大きめに作った俺様に感謝しろよ?」
「くっ………」
俺たちの勝利だ。
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