幼馴染との距離の詰め方
広晴
幼馴染を口説く
小学校3年生の春、その子は転校してきた。
髪はショートカットで日に焼けていて、男の子のような子だった。
「春日双葉ですっ!よろしくお願いしますっ!」
大きな声で元気よく自己紹介をして、にかっと笑ったその子は、いい奴そうに見えたので、すぐに休み時間に話しかけた。
その子はサッカーとアクションゲームが好きで、すぐに俺たちと仲良くなった。
そんなだったから、その子は女子よりも男子と話す方が気が合って、昼休みはすごい勢いで給食を食べ、先頭に立って外へ駆け出して、男子全員と時間ぎりぎりまで駆けまわっていた。
俺の帰り道の途中あたりに双葉の家はあり、クラスでは唯一帰る方向も同じだったので、放課後にはいろいろ話しながら一緒に帰った。
双葉が来るまで寂しい下校だったので、嬉しくってたくさん話した。
そんな日々が過ぎ、俺たちはすっかり一番の仲良しになっていた。
「彼方!ボクんち寄ってけよ!ばーちゃんがお菓子食わしてくれるって!」
家で仲良しの俺の話をしたところ、招待しろと言われたらしかった。
「おう!行く行く!」
小学3年男子に遠慮などあるわけもない。
普段の帰り道を逸れて丘のてっぺんまで登ると、白い塀が長く続く家があり、やたら立派な門の横に「春日」の表札が下がっていた。
和風の豪邸だったが、そこは小学3年生、「へー」程度の感想でほいほい双葉と共に門をくぐり、優しそうなおばあちゃんに出迎えられた。
「いつも双葉と遊んでくれてありがとうね。お菓子とお茶を準備するから、今日はゆっくり双葉と遊んでいってね。」
とのお言葉に素直に甘え、双葉の部屋に入った俺はその部屋を見て「スゲー!」と叫んだ。
俺の家はこじんまりとしたアパートだったので、姉と同じ部屋に押し込められていたのだが、春日家には双葉個人の部屋があることにまず驚き、その部屋の広さ、また双葉専用の大画面テレビとゲーム機があるのを見た俺は大興奮で双葉を急かしてゲームで対戦した。
はしゃぐ俺を見た双葉もハイテンションで俺と戦い、後からお茶と美味しいお菓子を持ってきたおばあちゃんもニコニコして俺たちが遊ぶ様子を見ていた。
それからもたびたび俺は双葉に誘われ、双葉の家に寄ってゲームで対戦し、互いに腕を磨いた。
他の友達の家に集まることもあったけど、不思議なことに春日家へ呼ばれるのは俺だけだったので何故かと聞いてみた。
「ばーちゃんが、『おうちに呼ぶのは一番の友達だけになさい』って言うんだ。」
とのこと。
後から考えると、何しろあの豪邸だ。
よからぬ連中が友達面して上がり込むのを警戒していたんだろう。
その点、俺はおばあちゃんから合格をもらったらしい。
ともかくそれを聞いた小3の俺は嬉しくって、
「そっかー。じゃあ俺たちは親友ってやつだな、きっと!」
なんて言って、「だな!」ってにかっと笑う双葉と笑いあった。
それから小学校の間はずっとクラスが一緒で、相手が双葉だったからか「いつも女と遊ぶ奴」みたいな頭の悪いからかいもなく、付き合いは続いた。
体育で男女別々に授業があった日だけ、双葉にじっと見られて何だか態度がおかしかったが、すぐに元に戻った。
◆◆◆
中学に上がって初めて俺は気が付いた。
双葉が、すごく可愛いことに。
入学式は一緒に登校しようと約束していたので、うちの母と合流地点へ向かうと、おばあちゃんと中学校の制服を着た双葉が待っていた。
俺はその時、初めて双葉がスカートを履いているのを見た。
すごく似合っていた。可愛いかった。ぶっちゃけ見惚れてフリーズした。口が開いてたと思う。
双葉が女子だってことを俺は思い出した。
「彼方、どうした?」
って聞いて上目遣いで顔を覗き込む双葉は反則的に可愛かったが、我に返った俺は思わず目をそらし、同時に姉の顔と言葉がフラッシュバックした。
『姉の教えその壱!女の子はとにかく褒めろ!優しくしろ!常に褒めるところを探せ!』
それは中学に上がる俺に姉が叩き込んだ鉄則であった。
『その弐』以降は姉を敬えとか、姉に貢げとかの戯言だったのでもう忘れた。
4歳年上の姉は言った。
「阿呆な中坊男子はすぐにクソつまらん意地を張って女の子を傷つける。
彼方がそんなクソガキにならんように、アタシがしつけてやる!
特に双葉ちゃんを傷つけたら顔の形が変わるくらいに殴る!」
双葉が家に遊びに来ることもあったので、その際に双葉と姉はものすごく仲良くなっていた。
なんなら弟よりも可愛がっていた。
もとより姉には逆らえない。
俺は逸らした目を懸命に戻して褒めるところを探した。
いや、探す必要はなかった。
「可愛い。」
一言目はぽろりとこぼれ出た。
「制服似合ってる。スカート初めて見た。可愛い。」
双葉は大きな目を見開いてびっくりしてから、ちょっと顔を赤くして、
「だろ!」
と言ってにかっと笑った。
いつもどおりの笑顔に、俺は安心した。
同時に姉に深く感謝した。俺は間違えなかったらしい。
母と双葉のおばあちゃんの生暖かい視線は無視した。
中学生初の帰り道に寄った双葉の部屋は、本宅の2階から立派な離れに移っていた。
「中学に上がったお祝いにボクにくれるってさ!スゲーだろ?」
なんちゅうスケールのでかい進学祝いだ。
俺なんか交渉の末、ゲームソフト1本だったというのに。
離れの周りには竹藪があって、俺たちがゲームをしながらギャーギャー喚いてもぜんぜん大丈夫そうだ。おばあちゃん、騒いでごめんなさい。
ともあれ、俺たちは中学生になっても学校帰りに離れで遊ぶ生活が続いた。
時には晩飯をご馳走になることもあった。
2人とも部活には入らずに、離れで2人で過ごすのは心地よかったが、実のところ、俺には心境に変化があった。
入学式の日以来、双葉がすごく可愛い女の子だと気が付いたからだ。
双葉は6年生から俺の姉に言われて髪を伸ばし始めていた。
いまは首にかかるあたりまで伸びているが、手入れをサボっているらしく、時々うちに来た際に姉に怒られていた。
変化はそれくらいで、離れでゲームをしたり、漫画を読んだりと、やってることは小学生のときと変わらないのだが。
髪を伸ばして制服のスカートを履いている双葉は、見間違えることも忘れることもできないくらい「女の子」で、ベッドにうつ伏せで漫画を読んでいる双葉のスカートがめくれているのが目に入ったりして、内心、大いにドキドキしていた。
その一方、『姉の教えその壱』はできるだけ毎日、朝一に実行するように努めた。
入学式から、毎日一緒に登校するようになっていたので、合流時がチャンスだ。
「その髪留め、昨日姉貴にもらってた奴?似合ってるな。」
「だいぶ髪伸びたな。ショートも良かったけど、それも良いな。」
始めは毎日は無理だったが、歯が浮くようなセリフもだんだん恥ずかしがらずに言えるようになってきた。
姉との秘密の特訓の成果だ。
その返事は、
「おう、ありがと!」
「けっこう髪の手入れめんどいんだよなあ。」
といった色気のないものだったが。
なんだかもやもやするうちに中1が終わり、中2の夏休みになった。
2人でプールへ行ったり、クラスの連中と集団で祭りに出かけたりしたが、それ以外の日は大体、春日家の離れだ。
夏らしい薄着、日焼け跡の残る肩、焼けてない部分の肌の白さ。
胸はぺったんこだったが、双葉は離れでは無防備だったので、ときーたま、ショートパンツの隙間から見えるブルーの何かや、胸元から見えるピンクの先端に気が付いて慌てて目を逸らした。
そんな中2の夏休みが終わるあたりで、ガキの俺も色気づいて気が付いた。
(俺、双葉に惚れてる、のか?)
確かに双葉は可愛い。
最近の髪型はショートボブ。日に焼けてて背は低め、目がでかくて、細くてすんなり伸びた手足。
運動が得意だが、意外と趣味はインドア寄り。
屈託なく笑う顔は、少なくとも俺から見たら学校で一番の美少女だ。
だが待て。
ゲラゲラ大口開けて笑って、胡坐かいてゲームして、協力プレイを2人でやり遂げたらぐいぐい肩とか組んでくるちょっといい匂いのする女だぞ。
漫画読んで笑ったり泣いたりして、2人でジブリの映画見て感動し過ぎて顔ぐちゃぐちゃになって、恥ずかしくて俺の背中に顔押し付けて隠して、「顔見んなー!」って抱き着いたままじたばたして、俺のTシャツの背中をべしょべしょにした女だぞ。
そういやあんときの帰り、おばあちゃんから謎の圧が出てて、双葉が慌てて状況を説明するまで怖かったっけ。
やっと意味が分かった。中2の男女が二人きりで長時間過ごした後、孫娘が泣きながら出てきたんだもんな。
結論。
可愛いやないかい。
いやいや待て待て。お、落ち着け。よく考えよう。
シミュレーションだ。
仮に、これが恋とかではなくて、俺の勘違いだったとしよう。
その場合、当然俺たちは友達のままだ。
双葉は可愛いからこれから恋人だってできる。
そうするとだ。
双葉の一番は、俺ではなくなり、そのクソ野郎が一番になるわけで。
離れに来るのも、そいつになって。
俺はもう行けなくて。
恋人だから、双葉はそのクソ雑魚野郎と二人きりで、離れで・・・。
・・・。
・・・。
アアアアアアアアァッァッァッァーーーーーーーー!
無理!!!!
絶対、許せん!!!
双葉の一番は俺だ!!!!
双葉の初めては全部俺がもらう!!!!
誰にも渡さーーーーん!!!!
はあはあはあ。
(うん。俺は双葉に、もうどうしようもなく、惚れてる。)
しかし同時に考えた。
(俺はたぶん、男と認識されてない。)
幼馴染の弊害という奴だろう。
互いに親友と思ってたし、俺も周りにそう言っていた。
朝一の誉め言葉に対する対応からも、あまり気持ちを動かせてるようには見えない。
ここから自然と距離が縮まるのは難しいと感じる。
現在、まだ双葉は恋愛ごとには興味が無さそうだし、周囲の男どももようやくエロに目覚め始めたばかり。
だが姉の薫陶と少女漫画により、女の子が早熟なのはすでに叩き込まれていた。
つまり安心していれば、どっかの誰かにかっさらわれる。
姉のおかげで早めにスタートを切ることができた俺は幸運かもしれない。
そう前向きに考えた俺は、アプローチを始めることを決意した。
◆◆◆
2学期が始まってすぐの月曜日の放課後。
いつもの通り離れでゲームで対戦する俺たち。
攻撃の手は休めずに双葉に話しかける。
「双葉ー。」
「なんだー。」
「愛してるぞー。」
がしゃん。
双葉の手からコントローラーが落ちた。
手が止まった隙に、赤い配管工が緑のトカゲを場外へはじき出す。
「なっ!ななっ!!あいっ・・・!? はぁっ!? おまっ!
・・・て、ああー! 彼方、てめっ、汚ねーぞ!」
「クハハ、勝負は非情なのだ。」
「こ、こんにゃろう! もう一回だこのアホ彼方ーーー!」
「その勝負、受けてやろう。」
ガチャガチャ、ビシッビシッ。ホホーウ。ヨッシヨッシ。
「双葉ー。」
「なんだよっ。もう同じ手はくわねーぞ!」
「結婚しようぜー。」
「うっ!? ぐっ!ぐぬぬっ!」
俺の『口撃』をこらえた双葉がそのラウンドは取った。
「どうだ!ボクの勝ちだ!ザマミロこんちくしょう!」
「ククク。いつまで耐えられるかな?」
双葉の顔が赤くて涙目だ。可愛い。
始まる第3ラウンド。
「双葉ー。」
「なっなんだよっ!」
「子供は何人欲しいー?」
「こどっ?!」
その日の対戦は俺が勝ち越した。
双葉にリアルで何度も蹴られたが、だいぶ弱々しくてむしろご褒美だ。
真っ赤になって「怒ってるぞ!」って顔して玄関まで見送ってくれるのがすげー可愛かった。
手汗がものすごかったのは双葉にバレなかった。
◆◆◆
翌日、通学路のいつもの合流地点で双葉を待つ。
双葉はいつも来るのが早いので、今日は早めに待つことにした。
「・・・む、彼方。今日は早いな。」
昨日の対戦中のやり取りを根に持っているようで、ちょっとしかめっつらだ。可愛い。
「おはよう双葉。今日はリップを塗ってるのか?なんか色っぽくて良いな。」
いつもならここまでだが、今日はさらに追撃を掛ける。
何気ない風を装って双葉の手を取り、手を繋いで歩き出す。
転校してきてすぐの頃に繋いだことがあるような気がするが、当時は駆けずり回っていたから、久しぶりだ。
手ちっちゃい。指細い。柔らかい。
双葉があわあわして顔が真っ赤になっている。
まだだ!まだ終わらんぞ!
姉ちゃんの少女漫画直伝!
手を引いて軽く肩をぶつけ、耳に顔を寄せる。
「今度の土曜、2人でデートしようぜ。その時には別のスカート姿も見せてよ。俺だけに。」
「かかか彼方っ?! で、でー?! おまっ、そのっ!」
「嫌か?」
「あっ、ぐぅ・・・嫌じゃない。」
ぷいっと顔を背ける双葉。
耳まで真っ赤だ。
俺もきっとそうだ。
いよっしゃあああああ!
順調に意識させてやったるぜええ!
◆◆◆
その日も学校帰りは離れに寄った。
双葉は漫画を読みながらチラチラとこちらを伺っている。
・・・これは難しいことになった、かもしれない。
意識させることには成功したが、同時に警戒されている気もする。
これは良くない。
ゲームしてテンション上がってハグとかまたして欲しい。
悩んだ俺は、今日は大人しく漫画を読んで帰った。
見送る双葉はジト目だった。可愛い。
笑いながら「また明日」と言って春日家を出た。
帰り道、俺はコンビニに寄って献上品を手に入れた。
「姉上、ハーゲンダッツ様をお納めください。」
「苦しゅうない。で、何の用?」
「双葉を口説いて俺の彼女にしたいので手伝ってください。」
自覚した俺にプライドなど不要。
ビシっと正座から土下座へ移行。
「ほう。我が弟ながら、意気やよし。」
学習机の椅子に座って肘をつき、俺を睥睨する姉の顔が、なんとなく原哲夫先生の画風に見える。
た、頼もしーい!聖帝十字陵とか作れそう!
姉に促された俺は説明した。
このまま見過ごすと地獄を見ることに脳内シミュレーションで気づいたこと、および昨日今日のアプローチ結果と今日の放課後の様子を語って聞かせた。
隣の部屋で父と母も聞き耳を立てている気配がしたが、構わぬ。
双葉をこの手にするためなら、いかなる恥も犠牲も俺は厭わぬ!
「まずは貴様を褒めよう。
やんわりと好意を伝え、意識を向けさせたその手腕、なかなかのものよ。
このタイミングで我に相談してきた判断も悪くない。」
お、姉から珍しくお褒めの言葉が出た。
「押す手を緩めた判断は間違っておらぬ。
だが陥りがちな誤りは引くことよ。引いてはならぬ。
だが押しすぎてもならぬ。
双葉ちゃんは男女の機微にまだまだ疎い。
今は混乱しておるはず。
故に必要なのは『勘違いではなく好かれてる。けど無理強いはしないようにしてくれてる。優しい!』という力加減よ。」
「な、なるほど。」
「姉の教えは守っておるか?」
「その壱は、双葉には毎朝必ず。他の女子には時々。」
「良い。双葉ちゃんへはその頻度をもう少しだけ増やせ。それだけでよい。
ただし、他の女子とは明確に差をつけよ。」
「他の女子とはあまり関わらないほうが良いと?」
「それは悪手よ。他の女子にもきちんと優しくせよ。ただし線を引け。
本命が誰か、傍目に見ても分かるようにせよ。
そして『彼方は双葉ちゃんを大切にしている。』という認識をクラスメイトに植え付けるのだ。
それが他の男子への牽制となり、コイバナ好きなお節介女子による援護射撃が期待できる。
他の女子にも優しくするのは、お節介女子を味方につけるためよ。
世論を味方につけるのだ。」
ニヤリ、と姉が嗤う。
「あなたが俺の姉で良かった。」
俺もニヤリと嗤う。
「ひとまずの本命は週末のデートよ。貴様の私服を出せ。コーディネートしてやる。
父の服も選択肢に入れよう。」
隣の部屋からふすま越しに父と母が動きだした気配がする。
我が家は挙国一致の体制となった。
◆◆◆
学校では我が家の聖帝こと姉の教えの通りに振舞った。
愛を語らせたら当家随一の知将だ。彼氏いないけど。
休憩時間はまめに双葉に話しかけ、昼休みはそれぞれの同性の友人と一緒に過ごす。
双葉の友人付き合いも尊重し、同時に女子同士のコミュニケーションによる情報拡散を進める狙いだ。
また、他の女子への気配りも忘れないように、アホな中坊男子がサボりがちな、日直の黒板消しや授業の用具運びを手伝ったりするが、あくまで最優先は双葉だ。
一緒に登校し、一緒に下校する。たまに手も繋ぐ。
帰りに離れに寄るのも変わらないが、あからさまなアプローチは避け、目が合うたびに微笑みかけるに留める。
ぷいっと目を逸らして赤くなる双葉可愛い。
そして、土曜日を迎えた。
◆◆◆
金曜日の帰りに伝えておいた通り、午前中、時間通りに春日家へ迎えに行った。
コーディネートは姉と母任せ。黒の綿パン、白Tシャツの上に父のシックなグレーのパーカー。背伸びし過ぎない感じだそうだ。分からん。
父の整髪料で髪も整えたが、ちょっとクリームみたいなのを塗ってさっと撫でただけな感じ。
今日は絶対に髪に触るなと言われた。分からん。
おばあちゃんから本宅のリビングへ案内され、双葉を待つ間、お茶をご馳走になる。
「今日は特にかっこいいわねえ、彼方君。」
「ありがとうございます。双葉に恥をかかせたくなくて、家族に相談しました。」
「あらまあ。それでデートコースは決まってるの?」
「大まかですが。選択肢を出して、双葉と話して決めようと思ってます。」
「うふふ、初デート、頑張ってね。」
「はい。」
「彼方!待たせてごめん!」
リビングへ駆け込んできた双葉は、深い緑の長袖トップス、白黒ストライプの膝下スカートで、手には小さなバッグを持っていた。可愛い。
髪は片側だけ編みこまれていて、赤い細いリボンが絡まっている。可愛い。
「ごめんなさいね彼方君。昨日遅くまで離れの明かりが点いてたのよ。双葉ったら遅くまで何をしてたのかしらねえ。」
「お、おばあちゃん!しー!」
「双葉。服、すごく似合ってる。可愛い。髪型もすごく可愛い。控えめに言って天使。」
「てんしっ?! か、彼方も!その、髪も服も、似合ってる。・・・かっこぃぃ・・・。」
だんだん小声になって真っ赤になって俯くの可愛い。
「お似合いのカップルよ。気を付けて行ってらっしゃい。」
おばあちゃんに見送られて、俺たちは外へ出て駅へ向かって歩く。
お似合いのカップル!
お世辞でもうれしいなあ!
「ゲーセンデートのつもりだったけど、どっか行きたいとこある?」
「か、彼方にまかせるっ。」
「おっけー。んじゃまずゲーセンね。離れんなよー。」
双葉の手を引いて歩く。
平気そうなふりをしているが、俺も双葉も顔が真っ赤だ。
電車に乗って繁華街へ移動。席は埋まってたので立ったままだったが、2駅だからすぐに着く。
移動中、周囲の目線がたまにこちらへ向けられてる気がする。
どうだ可愛いだろう、俺の彼女(予定)は!
休日のゲーセンは混んでいた。
手前はクレーンゲーム類とプリントシール機がずらり、奥からはリズムゲーの音が聞こえてくる。
俺は時々クラスの男連中と来たことがあったが、双葉はどうだろう。
音がうるさいので双葉の耳元に口を近づけて話す。
「双葉はゲーセンは来たことある?」
「ふへぇっ!?」
耳に少し息がかかったようで、双葉の背筋がピンと伸びる。
「あ、悪い。音がでかくてこうしないと聞こえづらいから、勘弁な。」
聞こえづらいから仕方がないよね!(心のゲス顔)
「あ、う、うん。そうだよね。うるさいもんね。えと、な、無いよ。女子はこういうとこあんまり来ないし、それ以外はいつも彼方と一緒だし。」
「おう、そっか。じゃあ、クレーンゲームでも眺めてみようぜ。気になる景品があったらやってみよう。」
「う、うん。」
顔を近づけて話すのに慣れない双葉だったが、すぐに色とりどりの様々な景品に目を奪われる。
「うわー!いろいろあるねえ!あ!ヨ〇シーのぬいぐるみ!かわいー!」
「ホントだ。狙ってみるか?(お前の方が可愛いよ!)」
「やるやる!えーとこのボタンでこうか!ふむふむ!」
操作説明を一生懸命読む双葉。
500円を入れて6回プレイするも、なかなか取れない。
「もー!力弱すぎるよ!なんでー?!」
「簡単に取られたらゲーセンも儲からないしなあ。どれ交代だ双葉。」
「むー。」
とはいえ、俺も上手いわけじゃない。
聞きかじったコツを頼りにクレーンで押すようにして少し動かすことができたが、2本のバーに挟まって動かなくなってしまった。
「これじゃ取れないよー!?」
「そうだなここは裏技だ。店員さーん!」
近くで掃除していた女性の店員さんにお願いして、ハマったぬいぐるみを動かしてもらう。
取りやすい位置に動かしてもらったおかげで、さらに追加500円で緑のトカゲをお迎えできた。
「やったー!彼方ありがと!」
「取れて良かったわー。他も見てみようぜ!」
「うん!」
その後、たこやきタイプで豪運を発揮した双葉が、500円で黄色い電気ネズミも追加でゲットし、ほくほく顔だ。
さらに奥の方へも回って、リズムゲームやガンシューティングゲームなど、双葉が興味を持ったゲームは大体やった。
双葉はおおはしゃぎのニッコニコだ。
連れてきて良かった。
「楽しー! ・・・あ、ボクばっかりやりたいの言っちゃってごめんね。彼方は欲しいのとかある?」
「んーそうだな・・・。あ、あれ、今日の記念にどうだ?」
俺はプリントシール機を指さす。
「あれ写真撮るやつ?彼方は撮ったことあるの?」
「いや、無い。野郎同士で撮るのもアホ臭いからな。今日の双葉と一緒に撮りたい。」
「あ、う、うん。じゃあ、あの、撮ろうか。」
ぬいぐるみで顔を隠す双葉の手を引いて、ビニールの垂れをくぐって中へ入る。
中は狭いので自然、くっつかざるを得ない。仕方がないのだ。(心のゲス顔その2)
「これ押して、3回撮れるんだな、よし、行くぞ双葉!」
「お、おう!ばっちこい!」
カシャリ!
プリントシール機にあるまじき掛け声かも知れないが勢いが大事だ!
「次、2回目だ!もう少し寄れ双葉!」
「お、おう!」
カシャリ!
「3回目!」
「おうよ!」
グイっと双葉の肩を寄せて、互いの頬をくっつける。
カシャリ!
「ふひゃわひゃあ!?」
双葉が騒いでるが、俺は平常心だ。クールだクール。
頬はすぐ離れたが、肩を組んでるし狭いからあまり距離は離れてない。
「ふー。結構、緊張するもんだなあ。あ、なんか書き込みとかできるみたいだけど、どうする双葉?」
「にゃにが!?!?」
「や、シールへの書き込みどうする?」
「知らないよ!好きにしなよ!」
「んーとじゃあ、『初デート記念』っと。『盛る』のは分からんからこのままで。よしOK。」
目をぐるぐるさせてる双葉の手を引いて外へ出て、出来上がったシールを半分こにして渡す。
表情が硬く、2人の距離が遠めな1枚目。
肩を寄せていい感じの2枚目。
頬をくっつけて、緊張と驚きで互いに変顔になってる3枚目。
「かーなーたー!!」
「ハハッ!いーなこれ!」
「没収だー!」
「絶対にごめんだね!我が家の家宝にして額に入れて飾るわ!」
「やめ、止めろぅ!」
ゲーセンの一画でわちゃわちゃする俺らは、完全にバカップルに見えてたに違いない。
周りのお客さんにも迷惑だったはずだが、ニヤニヤ生暖かく見られてた気もする。
「・・・もうあのゲーセン行けないじゃん・・・。」
「いやー。店員さんも笑ってたし大丈夫じゃないか?」
「恥ずかしいんだよ!彼方のせいで!」
「俺は楽しかったぞー。双葉は楽しくなかったか?」
「・・・楽しかったけど・・・。」
「そか、良かった。じゃあどっかで昼飯食って、その後どうしようか?」
「・・・ちょっと疲れちゃったから、お家でのんびりしたい。だめ?」
「いいや?またいつでも来れるだろ?昼もなんか買って帰って離れで食べるか?」
「・・・ん・・・。うん。ごめんね彼方。」
俺は双葉の頭をそっと撫でる。
「また来ようぜ。」
「・・・うん!」
結局その日の昼飯はテイクアウトのハンバーガーで、えらく早く帰ってきた俺たちを、おばあちゃんがちょっと呆れて出迎えてくれた。
それからいつも通りな感じで離れで昼飯を食べ、漫画を読んでるうちに双葉は船を漕いで寝てしまった。
昨日遅かったって言ってたし、ゲーセンであんだけはしゃいだしなあ。
俺は眠る双葉を抱えて部屋の隅のベッドへ移してやる。
ぐっすり眠り続ける双葉にけしからんことをしたい欲求がむくむくともたげてくるが、必死でそれを我慢する。静まれー静まれー。
眠る双葉は無防備で、すごく可愛い。
ベッドの脇に腰を下ろし、端にもたれて可愛い寝顔を見つめる。
寝顔を見たって言って後から怒られるかもしれんが、けしからんところを触るのも見るのも、必死で我慢したんだ。これくらいはご褒美をくれ。
「好きだよ。双葉。」
言葉がこぼれる。
今日一日の双葉を思い出す。
好きって気持ちが溢れて溺れそうだ。
絶対、俺以上に双葉を好きな奴はいない。
「愛してる。」
さすがに俺も疲れた。瞼が重い。
俺もゆっくりと眠りに落ちていった。
「ボクのほうが愛してるよ。彼方のばーか。」
<終>
幼馴染との距離の詰め方 広晴 @JouleGr
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます