第5話 なんだか可愛くってさ
「——俺に料理を教えてくれないか?」
幸仁のこの一言から、二人は近くのスーパーへとやって来ていた。冷蔵庫の中の食材もほとんど使い切り、そろそろ買い出しに行かねばならなかったようで、一人で出掛けようとした雪音を案じて幸仁が付いて来たのだ。
どうやら彼女が幽霊であるということを、彼は未だに信じているようだ。
アパートから歩いて十五分の距離にあるスーパーは、雪音曰く近所で一番安くで様々な物が売られている場所のようだ。そのこともあってか、平日の昼間から多くの客が利用している。
幸仁がカートを押し、雪音がそこに必要な物を入れてゆく。
「あ、あったあった。ひぇ〜じゃがいももかなり安いね〜」
「…なぁ、雪音って地縛霊なんじゃなかったのか?アパートから離れて平気なのか?」
「ん…?あぁ〜、そうそう、私地縛霊だよっ。だけど、長年地縛霊やってるとちょっとくらい離れても平気…みたいな?」
「そういうものなのか…?」
「そういうものなのっ。おっ、キャベツも安いじゃ〜ん。らっきー」
彼女は、自分たちの常識が通用する相手ではない。あまり深く考え過ぎるのも無意味だ、と感じた幸仁はそれ以上は追究しないことにする。それでもやはり気になるものは気になるのだが……。
(まさか俺の新生活がこんなことになるなんてなぁ…)
幸仁が小さくため息をつくと、それに気が付いた雪音が、近くにあったスナック菓子を手に取った。
「はいはい、そんなに落ち込むくらい食べたいなら、我慢せずに言ってくれれば良いのに」
「いや、そういうわけじゃ……。嘘です、食べたいですそれ」
「素直でよろしいっ」
ため息をついた理由はまた別のものであるが、やはりじゃがいもチップス(うすしお)には勝てない。
雪音は無意識のうちに幸仁の頭を撫でていた。彼の中性的な顔付きもあってか、どうやら彼女は幸仁を弟のような可愛い存在として認識している部分があるようだ。
『おや、仲の良い
『うちの子もあれだけ仲が良かったらねぇ』
というような声が耳に入り、幸仁は自分の頭を撫でる手を優しく退かした。
「……それくらいで良いだろ」
「ごめんごめん、幸仁くんがなんだか可愛くってさ」
「何言ってんだよ…。俺より雪音の方がずっと可愛いっての…」
頬を赤くしながら振り絞った声はとてもか細く、それが余程緊張しながら発した言葉だということは容易に感じ取れた。
「ふふーん、幸仁くんは天然の女たらしさんだー、だめだよー私以外にそんなこと言っちゃあ」
「いっ、言うわけ無いだろっ!」
「さーて、買い物買い物ーっと」
何事も無いかのように背を向ける雪音だが、その頬や耳は苺のように赤く染められていた。胸の鼓動する音が自分の耳にまで届いてくるようだ。
「私以外には絶対言ったらだめなんだからね…っ」
その小さな声が幸仁に届くことは無かったが、そんな後ろ姿を見ていた彼は、何故雪音がそんなにも耳を赤くしているのか不思議に感じていた。
(どうしたんだ…?)
幸仁は首を傾げるが、その理由をわざわざ問いただす程に気になったわけではないので、あまり触れないことにする。
・ ・ ・
「本当に払ってもらって良かったの…?」
買い物を終え、アパートへと帰る途中に雪音が申し訳なさそうに問い掛けた。
会計の際に彼女も財布を出していたのだが、全て幸仁が支払ったのだ。
「気にしなくて良いって。家事の大半は任せっきりになってるし、昨日と今日に使った食材だって雪音が準備してたやつなんだろ?だから今回くらいは出させてくれって」
「むぅ…。じゃあ今回はそういうことにするけど、次からはちゃんと半分ずつ出そうねっ!」
「……分かったよ。分かったから離れてくれ…」
なんとか幸仁を説得させようと、雪音は彼が荷物を持っているのとは反対の左腕に強く抱きついていた。正直男としてはかなり嬉しいシチュエーションではあるが、緊張や動揺を隠しきれそうになかった為、彼はそれを拒んだ。
しかし、雪音のその行動は無意識のもので、彼に指摘されてからすぐさま距離を取って胸を隠した。
「…幸仁くんのえっちっ」
「いや!今のは俺のせいじゃないだろっ‼︎昨日の昼だって、俺はなんも悪くないのにビンタされたし‼︎」
「…っ‼︎そ、それは悪かったわよ…。謝るから、その…昨日見たのは全部忘れて…?」
「……いや、それは無理だ!」
「どうしてよ⁉︎」
「——それは…!こんな美少女の全裸を忘れるのはもったいないからだ‼︎」
「んんんんっ…!べーっだ!ふんっ、幸仁くんなんて知らなーい!一人で先に帰っちゃうもんねー!」
雪音は、幸仁に向けて舌を出して小走りで距離を取る。先に帰るとは言った彼女だが、実際そのようなことはせず、彼の数メートル先を歩くという状態になっていた。
しかし、アパートまでの道中、『ほんとに幸仁くんはスケベなんだから。どうしてもって言うなら、許してあげないこともないこともないかもしれないけど。でも私にも心の準備ってものが必要なわけだし?幸仁くんがド級のスケベなのもちゃんと理解してるけども?それでもやっぱり——』と文句を漏らしていた。
雪音の中での自分の評価はその程度なのか、とため息を漏らす幸仁のことを案じ、彼女は振り返った。
「——けどね、幸仁くんと一緒に居ると凄く楽しいの。私今まで一人ぼっちのことが多かったからさ、だから幸仁くんと一緒に過ごす今が幸せなの。……あっ、でもスケベなことばっかりしちゃだめだからねーっ。流石の雪音ちゃんも怒っちゃうよ?」
「ほとんどが不可抗力だが…一応気を付けとくよ」
「それだけ?言うことはそれだけじゃないでしょ?」
「…っ、俺も…俺も楽しい、からさ。その、雪音と一緒に暮らすの…」
「ふふっ、ありがと。そう言ってもらえると嬉しいな。あれ、照れてるの?」
「う、うるさい!さっさと帰るぞ!」
「んもー、素直じゃないなぁ…」
そう言って、そっぽを向いて早足になる幸仁の頬を雪音は
まだ少し肌寒い季節だが、二人で過ごす時間は何故か心が温かくなるように感じられた——。
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