第6話 『好き』って言ってくるなんて

「今回は、幸仁くんやお猿さんでも作れちゃう☆超絶☆簡単ミラクルお料理を伝授しちゃいま〜す‼︎」


 エプロン姿の雪音が、いつになくハイテンションで拍手をし始めた。何故彼女のテンションがこれ程までに高いのかは、幸仁にさえも理解出来ない程だ。


「…なんだかとてつもなく馬鹿にされている気がするんだが」

「てへっ♡」

「それに、俺までエプロン着る必要あったのか…?別にこんなの無くても…」

「こういうのは、雰囲気が大事なんだよー?…ふふっ、お揃いだね」


 そうやって照れながらも微笑む彼女の姿に、幸仁は目を奪われ、呼吸をすることさえも忘れてしまった。時が止まったようにさえも感じられるが、ふと我に返って目を逸らした。そして、誤魔化すかのように言葉を絞り出す。


「…っ、分かったから料理を教えてくれ…」

「はーいっ。ちなみにこれから作るのは、カルボナーラとポトフの予定なんだけど、苦手な物はあるかな?」

「大丈夫、好きだよ」

「す…っ⁉︎す、好きかぁ…。そっかぁ…良かった良かった。うんうん、カルボナーラもポトフも美味しいもんねー。分かってる分かってる…」

(あんな表情かおで『好き』って言ってくるなんてズルいよぉ…)


 動揺していることを悟られないように、雪音はテキパキと準備を始めた。まず初めに彼女が出したのは、適当な量の水を入れた鍋とフライパンだ。コンロに火をつけ、それぞれを熱し始める。

 最初に彼女が言った通り、作るメニューはとても簡単な物で、手間のかかる下準備は無さそうだった。

 しかし、1つの疑問が幸仁の頭に浮かぶ。


「カルボナーラの麺はどこで茹でるんだ…?」

「このフライパンでやるんだよ。こうすると簡単に茹で汁も使えるし、洗い物も減って楽に出来るでしょ?ただ水の量の調節が難しいかもだけどね」

「なるほど…。コンロを余分に使う必要も無いし、それは良いかもな」

「よし、沸騰したからそろそろ塩を入れようか。ということで、幸仁くんの初仕事だよ」

「お、おう…」

「もー、塩振るだけでそんな緊張してたら、これからが大変だよー?」

「そう言われてもだな…」


 幸仁は、震える手でフライパンの方の湯に塩を振り始める。日頃は何も考えずに行なっている動作のはずだが、隣で雪音に監視されているということを考えると何故か緊張してしまう。ゆっくりと呼吸をし、一振り、もう一振りと続ける。

 『よし、十分だよ幸仁くん』という雪音の声で手を止める。


「そしたら麺を入れて〜、しばらく待つ!その間にポトフの準備も一緒に始めちゃおっか。料理は効率が大事だからね〜。まずは——」


 彼女が話を続ける中、そんなことはそっちのけで、幸仁は手の中に握った塩をじっと見つめ続けた。

(塩…塩か…)

 悪気があったわけではない。気が付くと彼は、その塩を雪音の肩にいくらか振りかけてしまっていた。

 あまりに奇怪な行動に一度は言葉を失う彼女だが、すぐさま彼の手から塩を奪い取った。


「あっ…」


 声を漏らす彼が、どのような意図で自分に塩を振ってきたのか、そんなことは一切理解出来そうになかった。

 キッチンに静寂が訪れ、ボコボコと沸騰した湯が弾ける音だけが響き渡る。ほんの少しの怒りとともに、雪音は言葉を発した。


「——ど、どういうことなのっ⁉︎私のことをこれから美味しく食べようとしちゃったわけ⁉︎」

 

 場面によっては勘違いしてしまいそうな発言。なんとか誤解を解こうとする幸仁だが、焦りと混乱で『あっ、いやっ、ちがっ』という短い台詞を吐き出すので精一杯だった。

 両手と首をぶんぶんと左右に振る仕草も相まってか、雪音は彼が何かを否定したいということに気が付くことが出来た。

 一度落ち着いて話を聞こうと彼女はため息を漏らしてから、優しいトーンでゆっくりと問う。


「…それで、急に塩なんてかけてきて、どうしちゃったの?もしかして体調悪いとか…?」


 このようなときにまで自分の心配をしてくれているという彼女の優しさに胸が痛む。

 体調が悪いとか、気が動転しているとか、そんな理由ではないことは幸仁本人が一番理解している。

 ここまでされて誤魔化すことなど出来るはずもない。幸仁は、素直にその行動の理由を語ることにした。


「その…幽霊に塩をかけたらどうなるのか、ちょっと気になって…ついつい」


 彼の言葉を聞き、雪音は口を『お』の字にしたまましばらく固まった。

 その後に返される反応は怒りだろうか、それとも呆れだろうか、心配する幸仁の動悸は次第に速くなってゆく。

 ぷるぷると小刻みに震える彼を見て、雪音は吹き出してしまった。


「——ぷっ…、ふふふっ、ふふっ…ごめんね、笑っちゃって。そんな子犬みたいな目で震えながら見つめられたら、私も怒れないよ。でも…めっだよ?私は上級幽霊だったから助かったけど、そこら辺の下級幽霊だったら今頃もがき苦しんでただろうからね」

「…う、ごめん」

「分かればよろしい」


 雪音は優しい手で幸仁の頭を撫でた。髪の流れに従うように、つむじから額へと、何度も何度も。最初は驚いたものの、幸仁もいつしかその心地良さを受け入れてしまっていた。

 目を閉じて自分の手を受け入れる彼を愛しく感じる。

 そこで、蓋をしていた鍋が怒り狂ったかのように泡を吹き出し、二人は我に返った。

 慌てて距離を取る二人だが、雪音は何事も無かったかのように振る舞った。


「さ、さぁ…そろそろ幸仁くんの出番だよっ」

「えっと、何をしたら…」

「ここからはスピード勝負だから、ちゃんとついてきてね」


 それからの雪音は、これまでの優しさを感じさせない程にスパルタであった。簡単な料理であったが故に幸仁は救われたのだ。

 完成したものを盛り付け、二人で配膳する。

 雪音に手伝ってもらった部分がほとんどだが、自分も協力して作った料理というだけで、それは幸仁の目にはより一層輝いて見えた。

 いつもと同じ場所に座り、二人は手を合わせる。


「「いただきますっ」」

「美味しいね、幸仁くんっ」

「ほとんど雪音のお陰だけどな…。でも次は一人でも作れそうだ」

「ふふっ、期待してるね」


(少しずつ幸仁くんが料理を覚えたら、いつか私は要らなくなっちゃうのかな?でも仕方ないよね、この同居だっていつまで続けられるのかも分からないし。けど、けど…………上級幽霊ってなんやねんっ——‼︎)

 今更になって、ほんの少し前の自分の発言が恥ずかしくなる雪音であったが、何故か無関係な関西弁が出てしまっていた。

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