第4話 とにかく一緒に寝るの!
「それって…寝室で一緒にってことか…?」
布団を敷いている途中だった
「そんなに気にしなくても、俺はここで大丈夫だって。布団さえ敷ければどこでも寝れるからさ」
「だめ…幸仁くんもちゃんと寝室で寝るの。ここは幸仁くんの部屋でもあるんだから、リビングで寝させるわけにはいかないよ」
「会ったばっかりの男と一緒に寝るなんて嫌だろ?昼間のこともあるし…」
「幸仁くんは悪い人じゃないって分かってるし、嫌じゃないもん。…それに、リビングで寝てたら怖い幽霊が出るかもしれないよ?」
「いや、それは既に目の前に居るんだが…」
「もー!とにかく一緒に寝るの!おいで!」
「あっ、おいっ!」
気が付けば雪音は、無理やり幸仁を寝室まで引きづり込んでいた。その後は勢いで彼を同じ布団に入れたのだが、ふと冷静になると、自分の求めていた姿とは大きく違っていることに気が付いた。
隣を見るとそこには、こちらに背中を向けて寝ている幸仁が居る。
(どうしてこんなことに…。私は、ただ寝室で一緒に寝るつもりだったのに、まさか同じ布団で寝ることになるなんて…!とにかく落ち着こう…)
そして、雪音は心のどこかでずっと気にしていたことを口にする。
「——幸仁くんはさ、この部屋が使えなくなったら困る?」
この部屋の契約者が二人居て、それが手違いだったということを知られたら、恐らくどちらか片方が出て行くことになるだろう。このことに関しては、雪音や幸仁には非が無いことである為、どちらかが譲るべきであるというような答えも出しづらい。
このような優良物件を逃してしまうのが惜しいと感じるのは、幸仁だけでなく雪音も同じである。その為に自分は幽霊であると咄嗟に嘘をついたのだが、それがバレてしまうのも時間の問題だろうと彼女は一抹の不安を感じていた。
「え…?まぁ確かに困るな…。大学にも近いし家賃も安いし…ここら辺には、もう空き部屋は無さそうだったからな」
「そっか、そうだよね…」
「……ん?そんな心配しなくても、ここが事故物件だからって俺は気にしないぞ。確かにそんな説明が一切されなかったことには、多少は怒りを感じるが…雪音さんは悪霊でもなんでもないからな。一緒に居て楽しい幽霊なら、出て行く必要も無いだろ」
「…そっか、ありがと。そういえばさ、私のこと『雪音さん』って呼ぶんだね。ゲームしてるときは雪音って呼んでたのに」
「…っ!あれは集中してたし…なんか咄嗟に出てただけで…」
「他の女の子もさん付けなんだ?」
「人によるけど…クラスメイトの女子は呼び捨てだったな…」
「じゃあ私のことも呼び捨てで良いよ。だってさ、私たちルームメイトみたいなもんじゃん。クラスメイト以上だよ?なんだかさ、他人みたいで寂しいじゃん」
「はぁ……ゆ、雪音。これで良いんだろ?あー、もうこんな時間だから早く寝ないとなー、おやすみー」
「うん、おやすみ」
雪音は、自分と一緒に暮らすということを認めてくれているという幸仁の気持ちを知れて安心した。しかし、それは人間同士としてではなく、人間と幽霊としての話だ。
(……なんだか、今更私は幽霊じゃないなんて打ち明けられない雰囲気になったなぁ)
一難去ってまた一難。小さな悩みが一つ増えた彼女であった。
考えるべきことはまだまだあるが、この静寂の夜の睡魔に襲われ、彼女はそっと瞼を閉じた。
・ ・ ・
午前七時を過ぎた頃。窓から差し込む光によって目を覚まし、見慣れない天井に違和感を覚える。
(そっか…引っ越ししたんだった…)
雪音は、隣で眠る幸仁を起こさぬように静かに上半身を起こした。
すーすー、という寝息を漏らしながら眠る幸仁の表情はとても幼く見え、なんだか微笑ましく思える。
「よし、朝ご飯の準備しないとねっ」
洗顔や着替え等の身支度を終えた雪音は、朝食を作る材料の確認の為に、冷蔵庫を開けて中を覗く。
(う〜ん…まさか二人で暮らすことになるとは思ってなかったしなぁ、あんまり買い溜めてないんだよねぇ)
当然彼女は、幸仁との同棲生活が始まるということは一切予想しておらず、準備していた食材はあまり多くないようだった。
「幸仁くんがどれだけ食べるのかも分からないし…。取り敢えず朝は簡単なものでも良いかな…?」
幸仁がいつ起きてくるのかも分からない為、ゆっくりと準備を始めることにした。雪音がしばらく冷蔵庫の前で『朝はパン派かな…?ご飯派かなぁ…?』と五分程度悩んでいたということは秘密だ。
しばらくして朝食の準備が終わりそうな頃、寝室の扉がガラガラ、と開く音が聞こえた。そこに立っていたのは、寝癖だらけの幸仁だった。瞳も普段の半分程度しか開いていないことから察するに、彼はかなり朝には弱いようだ。
「あっ、幸仁くんおはよー」
「んー」
「ちゃんと眠れた?狭くなかった?」
「んー」
「そろそろ準備できるから、顔洗っておいで」
「んー」
寝惚け眼を擦りながら、幸仁は全ての質問に対して『んー』と返事をした。そんな姿を見て何か思い浮かんだ雪音は、彼にとある質問を投げかけた。
「……幸仁くんは私のこと好き?」
「んー」
「お嫁さんにしたいくらい好き?」
「んー」
「……っ!そっかそっか、そんなに私のこと好きかぁ、コマッタナー…あはは」
雪音は、赤く染まった頬を両手で隠してしゃがみ込んだ。
(ふざけて聞いてみただけなのに、なんでこんな恥ずかしいの…⁉︎寝ぼけてるって分かってても、あの可愛さは反則だよ…‼︎)
雪音に言われた通り、洗面所で顔を洗っていた幸仁だが、そこでふと何かを思い出した。
(なんか先やばい質問されてた気がする‼︎………んだけど、何言われたのか忘れちゃったな…)
寝ぼけていたせいで、肝心なところを何も覚えていない男である。
それにしても、こうして二人で過ごすということに違和感を抱かなくなってしまった。人間の環境に対する適応能力というのは恐ろしいものだ。
しかし、当然のことながら幽霊との同居はこれが初めてである幸仁は、雪音に対しての好奇心はまだまだ溢れ出る一方であった。
リビングに戻り、配膳を手伝って、共に食事を取り始める。
(…雪音が幽霊だなんて、信じられないなぁ。こうやって見ると、本当に普通の女の子なのに…。というかこうやってちゃんと見ると本当に可愛いんだよな…。どうして自殺を選んだんだろうか…)
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