第3話 私の胸…変じゃないよね…?
「もうっ、まったく幸仁くんったら!ほんっとにスケベさんなんだからっ!」
幸仁に胸を触られた雪音は、怒りと驚きのあまり二度目のビンタを彼に放った後、その場から逃げるかのように風呂に入って行った。
湯船に髪が浸からぬように頭にタオルを巻くのは、生前からの癖のようなものだろうか。入浴剤で薄いピンク色になった湯船に肩まで浸かる。
そして、視線を下ろした先にある自分の胸に触れて不安を漏らす。
「私の胸…変じゃないよね…?………って、違う違う!なんで私がこんな心配しなくちゃなんないの!こっちは被害者なんだから!」
顔を左右に振って、消えない雑念を頭の中から追い払う。リラックスして頭の中を整理する為に風呂場へと逃げ込んだはずが、この様子では無意味になってしまう。一度深呼吸をして、今日の出来事を振り返ってみる。
(初めて男の人に裸を見られて…その人と暮らすことになって…一緒にご飯を食べたら美味しいって言ってくれた…。私も、久しぶりに誰かと一緒に食べるご飯は美味しいなって感じた…。嬉しかったし、楽しいなって感じたけど…けど…)
それでも、雪音の中で小さな悩みの種が生まれていた。
「——どうして幽霊だなんて嘘ついたんだろ⁉︎結構無理やり誤魔化したところもあったけど、幸仁くん、もしかして気付いてたのかな⁉︎幽霊のフリしてる変な人って思われてないかな⁉︎」
雪音は自らの過ちに頭を抱えた。
(でもあのままだったら、どっちかがこの部屋から出て行かないといけなくなってただろうし…。どうするのが正解だったんだろ…。実は幽霊じゃないなんて言ったら怒るかな…?)
「あぁ〜もうっ!考えるのやーめたっ!今は何も問題は起きてない、それで良い!何かあったら、そのとき考えれば良いんだから!」
二人ならきっと上手くいくはずだ、と心のどこかで信じて雪音は風呂から出た。
なんだか軽快な音楽が聞こえてくる。服を着て髪を乾かし終えた彼女がリビングへと戻ると、幸仁がそこでテレビゲームを楽しんでいた。
「……だめーっ!後で一緒にしようと思ってたの!幸仁くん一人でやっちゃだめーっ!」
彼がプレイしていたのは、『スーパーマイコ兄弟2』という物で、世界的に大人気なソフトの最新作であり、雪音が今まで楽しみにしていた物である。絶妙な難易度に設定されており、子どもから大人まで幅広い年齢層に支持されているベストセラーだ。
画面の右上には、1-2と表示されている。ほとんど攻略されていないようだが、それでもこれ以上楽しみを奪われまいと雪音はすぐさま幸仁からコントローラーを奪い上げた。
「早くお風呂に入ってきて!出たら一緒にやるの!良い⁉︎」
「あっ、おう、ごめん…」
「謝らなくて良いからっ。早くお風呂入って早く戻って来てねっ」
雪音は、幸仁の背中を押して無理やり脱衣所まで連れて行った。そうすれば、あとは彼が戻るまでなんとか時間を潰すだけだ。
リビングに戻った彼女は大切なことを思い出し、タンスの一番下の段を開けた。そこから彼女が取り出したのは、黒のブラジャーだった。
「いつまたスケベな幸仁くんに触られるか分からないから、ちゃんと守っとかないとねっ」
四十分程してから幸仁の足音が近づいて来ることに気が付いた雪音は、視線を漫画のページから彼の方へと向けた。
丁度一冊読み終えたところで戻って来た為、ナイスタイミングだったと言えるだろうが、早く『スーパーマイコ兄弟2』がしたくて堪らなかった彼女からすると、大好物な餌を目の前にしてお預けされているような状態であった。
「もーっ遅いよー。早く一緒にやろうよ!……って、どうして服着てないの⁉︎」
「いや、服の準備もしてないのに雪音さんが無理やり連れて行くから…」
「そ、そっか!ごめんね!目のやり場に困るから早く服着てくれないかな⁉︎」
「そう言う割にはガン見するじゃないか…」
「あっ…これはその〜、えっと…ついつい…」
流石に下半身はタオルを巻いて隠しているが、そうまじまじと見られては、男である幸仁でも多少の恥ずかしさを感じてしまう。
彼が指摘してから雪音が背を向けたことを確認すると、今日持って来た段ボールの中から適当な服を探した。
幸仁の裸を見てしまわぬように体育座りで背中を向けて強く目を閉じる雪音だが、その分聴覚が研ぎ澄まされたように感じる。布が肌と擦れる音が、彼女の心臓の鼓動を速くする。
(ううぅ…こんなのでドキドキしちゃうなんて、どっちが本当のスケベなのか分かんないよ…)
「……終わったぞ」
耳元で囁かれ、彼女は背筋をピンと伸ばして『ひゃい…っ!』と情けない声を漏らしてしまった。それを誤魔化すように小さく咳払いをすると、彼女は用意してあったコントローラーを一つ渡した。
「はい、幸仁くんは2Pね。その…今夜は寝かせないから…」
「お、おう……」
かなりベタな
決して勘違いをすることは無いが、相手がかなりの美少女である為に、どうしても多少は動揺してしまう。なんとか声を振り絞って返した言葉は『お、おう……』であった。
雪音はそんなことを一切気にしていない様子で鼻歌混じりでステージを選び始めるが、よくよく考えると、男女がこのような時間に同じ部屋で過ごすということはそういうことなのではないのだろうか、ととんでもない煩悩を抱えてしまう幸仁であった。
しかし、実際にはそのような色気のある展開は一切無く——
「幸仁くん、そこジャンプだよ!アイテム取って!」
「ここか⁉︎本当にここで合ってるのか⁉︎…うわっ!罠に引っかかったぞ⁉︎俺の残機があと1しか残ってないぞ…っ!」
「あ、ごめーん、間違えちゃった」
「雪音っ!攻撃が来るから避けろ!」
「うわーっ!私の残機も残り1だぁ…」
「大丈夫だ雪音…諦めなければまだまだ希望はある…!俺たち二人でボスを倒すんだ!」
などというやり取りを交わしている。
二人がゲームを始めたのは午後八時頃であったが、気が付くと時計の針は十二時半を指していた。既に日付は変わっており、真っ暗になった外から冷たい風が流れ込んで来る。
そしてしばらくすると、二人はコントローラーを地面に置いて顔を見合わせた。
「………っ、やった〜!ボス攻略〜‼︎」
「やったな!俺たちで姫を救ったんだ!」
ハイタッチをして喜びを共有する。出会ったばかりだとは感じられない程に、心の距離が近くなったように思えた。
そんなことをしていると、『今夜は寝かせないから』と発言したはずの雪音が、大きく口を開けてあくびを漏らした。
「ふわぁ〜あ…。そろそろ寝よっか…」
「……寝るって…どこで?」
「ん?どこってあそこだよ、寝室」
雪音は眠たい眼を擦りながら寝室を
「幽霊って…寝るのか?」
幸仁の言葉で一気に目を覚ます。
(そうだった…!私は幽霊だって設定なんだった!というか年頃の男女が一緒に寝るってもうそういうことだよね…⁉︎でも心の準備が出来てないと言うかなんと言うか…!)
そんなことより、まずは幽霊であるという設定を守る為になんとか誤魔化すことにする。
「そっ、そりゃあそうだよ〜。幽霊だって眠くなるもん」
「…………そっか、じゃあ俺はここで寝るから。雪音さんは寝室を使ってくれ」
「う、うん、ありがと…」
そう答えて寝室の扉を開けるが、彼女は羞恥心よりも幸仁に対する申し訳ないという感情が勝った。その感情が、彼女の手を止める。
(私が嘘をついて一緒に住んでるせいで、幸仁くんはリビングで寝るんだよね…)
「…ねぇ、やっぱり二人で一緒に寝ない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます